容姿端麗な令嬢に宿る「凄み」㈡
三途の川の『奪衣婆』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?
エバは講義を聴きながら、自らを突き落とした犯人の魂の重さを想像した。勉叔父の強欲、香々美の嫉妬、そして犬飼の異常な執着。彼らの罪がどの地獄に相当するのか、奪衣婆であるエバの目にはすでに明確な答えが出ていた。
九十分の講義が終わり、学生たちが次々と教室を出ていく中、エバはゆっくりと鞄にノートと筆記用具をしまっていた。夕子は次の講義が別のキャンパス棟であるため、「また後でね!」と元気に手を振って先に出て行っている。
「菱倉さん。少し時間はありますか?」
不意に頭上から声をかけられ、エバが顔を上げると、そこにはチョークの粉を指先から軽く払いながら、興味深そうにこちらを見下ろしている油江颯が立っていた。
「油江教授。私に何かご用でしょうか?」
エバは席から立ち上がり、完璧なカーテシーを思わせる優雅な動作で軽く頭を下げた。その流れるような所作と、隙のない美しさに、油江の鋭い瞳がわずかに見開かれる。
「退院おめでとうございます。驚異的な回復力だと、大学でも専らの噂ですよ。でも、私が驚いているのはあなたの肉体的な回復力だけではありません。……雰囲気が、随分と変わりましたね」
油江は、まるで貴重な心理学の検体を観察するかのように、エバの全身をじろじろと見回した。その無遠慮な視線に、エバは内心で軽く舌打ちをしながらも、表面上は涼しげな微笑みを崩さなかった。
「そうですか? 死の淵から生還したことで、少しだけ人生に対する価値観が変わったのかもしれませんわ。人間、いつどこで悪意に突き落とされるかわからないと学びましたから」
「悪意に突き落とされる、ですか。興味深い表現ですね」
油江はエバの言葉の端を捉え、口角を面白そうに吊り上げた。
「以前のあなたは、どこか怯えた小鳥のような、周囲の期待に押し潰されそうな脆さを抱えていました。私の犯罪心理学の講義でも、凄惨な事件の事例が出ると、痛ましそうに目を伏せていた。……しかし、今日のあなたは違った。サイコパスの冷酷さや、犯罪者の自己中心的な欲求について解説している間、あなたは一度も目を伏せなかった。それどころか、まるで犯罪者の心理をさらに高い場所から冷徹に見下ろし、裁きを下す裁判官のような、絶対的な強者の目をしていた。……容姿端麗な令嬢の皮を被ってはいますが、その奥に宿る『凄み』は、只者のそれではありませんよ」
(……この男、なんて鋭い観察眼を持っているの。単なる人間界の学者だと思っていたけれど、魂の波長の変化まで正確に読み取っているわ)
エバは油江の洞察力に舌を巻きながらも、奪衣婆としての異能の目を静かに発動させた。善人と悪人を見分け、罪の重さを量る彼女の目が、油江の魂の奥底を透かして見る。
油江の魂には、勉叔父たちのようなドロドロとした金銭欲や権力欲の腐臭は一切なかった。あるのは、純粋で強烈な「知的好奇心」と、物事の深淵を覗き込もうとする「探求心」の眩い光だけであった。彼は悪人ではない。しかし、底知れぬ知性を持つ、非常に厄介で危険な相手であることは間違いなかった。
「買い被りですわ、教授。私はただ、自分の身に起きた不条理な出来事に対して、もう二度と泣き寝入りはしないと心に誓っただけです」
「素晴らしい覚悟だ。もしよければ、私の研究室に出入りしている『犯罪心理研究サークル』に顔を出してみませんか? あなたのその新しい視点と、鋭い洞察力は、我々の研究にとても有益な刺激をもたらしてくれそうだ。それに……あなたが屋上から転落した『事故』の真相についても、心理学的なアプローチから何か協力できることがあるかもしれません」
油江が、意味深な言葉と共に一歩距離を詰めてくる。長身の彼が顔を近づけてくると、上質なコロンの香りと、大人の男特有の色気がエバの鼻腔をくすぐった。
ドキン、とエバの胸がまたしても非合理的な音を立てて跳ねる。真喜に向けた時とはまた違う、知的な刺激と危険な駆け引きに対する、心臓の奇妙な高鳴りであった。
(くっ……またこの人間の肉体のバグが! 特定の人間に対して紅顔するなんて、奪衣婆としてのプライドが許さないわ!)
「……ご厚意には感謝いたしますわ、教授。前向きに検討させていただきます」
エバは顔が赤くなるのを必死に自制し、冷ややかな態度を装って油江に背を向けた。油江は逃げるように立ち去るエバの背中を、まるで面白い玩具を見つけた子どものような、熱を帯びた瞳で見送っていた。
油江との興味深くも精神を消耗する会話を終え、エバが次の講義が行われる棟へと続く渡り廊下を歩いていると、前方に華やかな、しかしひどく刺々(とげとげ)しいオーラを放つ女子学生の集団が現れた。
その集団の中心に立ち、周囲を睥睨しているのは、朱鳥女子大学の学生会長であり、学長・忌部義人の娘でもある忌部薫子である。彼女は学長の娘という絶対的な支配特権を欲しいままにしており、キャンパス内では誰も逆らうことのできない女王として君臨していた。そして、その薫子の隣には、新子の従姉である小嶽香々美が、虎の威を借る狐のように、勝ち誇ったような、それでいてどこか新子を恐れるような歪な笑みを浮かべて寄り添っていた。
「あら、誰かと思ったら、奇跡の生還を果たした菱倉新子さんじゃないの」
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




