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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第一章 お嬢様は元・死者の案内人

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容姿端麗な令嬢に宿る「凄み」㈠

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 朱鳥女子大学のキャンパスは、歴史の重みを感じさせる赤煉瓦の重厚な校舎と、春のうららかな陽光を複雑な色彩に乱反射させる精緻(せいち)なステンドグラスの窓が特徴的な、荘厳かつ優美な造りとなっていた。床は磨き上げられた大理石で覆われ、廊下を歩くたびに学生たちの履くヒールの音が、格式高い教会の礼拝堂のように心地よく反響する。周囲には手入れの行き届いた西洋庭園が広がり、季節の花々が咲き乱れるその光景は、まさに俗世から切り離された令嬢たちのためのサンクチュアリ(聖域)であった。

 文学部心理学科の専門講義が行われる大教室は、すり鉢状に座席が配置され、数百人の学生を余裕で収容できる広さを持っている。黒板の代わりに巨大な最新式のスクリーンが設置され、教壇には一本のチョークの粉も落ちていない。極めて清潔でシステマチック(秩序的)な環境は、どこか冥界の無機質な閻魔庁の会議室をエバに想起させた。

 エバは、大教室の中央付近の座席に腰を下ろし、退屈そうに頬杖をつきながら教壇を見下ろしていた。隣の席では、親友の大崎夕子が真剣な表情でノートを開き、色とりどりのペンを並べて講義の準備をしている。幼なじみの太田真喜は他学部の学生であるため、この講義にはいない。真喜の姿がないことに、エバの胸の奥底でほんのわずかな安堵と、それに相反する微かな寂しさが入り交じった奇妙な感情が渦巻いていた。特定の人間に対して「寂しい」と感じるなど、冥界のエリート官吏であった彼女にとっては到底考えられない、不可解で制御不能なバグである。

 やがて、開始のチャイムが鳴り響き、教室のざわめきが波が引くようにスッと静まった。

 教壇に現れたのは、若き犯罪心理学教授、油江颯(ゆごうそう)であった。

 三十歳という若さで名門女子大の教授職に就いた彼は、キャンパス内で最も注目を集める存在の一人である。無造作にセットされた少し長めの黒髪と、知性の奥に獲物を狙う鷹のような鋭さを隠し持った眼差し。そして、大学教授という堅苦しい肩書きとは裏腹に、体にフィットした細身のダークスーツを少し着崩した独特のスタイルは、女子学生たちから絶大な、そして熱狂的な人気を集めていた。彼が教壇に立つだけで、教室中の空気が微かに上気し、あちこちから熱っぽい視線が注がれるのがわかる。


「さて、時間ですね。今日取り上げるのは、異常心理学におけるパーソナリティ障害、特に犯罪心理と密接に関わる『サイコパス』と『ソシオパス』の明確な差異についてです」


 油江のよく通る、低く落ち着いたバリトンボイスが、静まり返った大教室の隅々にまで響き渡る。その声には、単なる学術的な解説を超えた、人間の心の深淵を覗き込むような奇妙な引力があった。


「皆さんも言葉自体は聞いたことがあるでしょう。サイコパス、すなわち精神病質者は、先天的な脳の構造的要因が原因とされています。彼らの最大の特徴は、極端な冷酷さ、徹底したエゴイズム、そして何より他者に対する『共感』や『罪悪感』の完全な欠如です。彼らは他者を単なる道具やチェスの駒のように操作したり、平気で嘘をついたりして、自己の利益を最優先する傾向があります」


 油江はスクリーンに脳の断面図と心理テストのデータを映し出しながら、ゆっくりと教室を見渡した。


「一方で、ソシオパス、社会病質者と呼ばれる人々は、後天的な要因……つまり、育った環境や過去のトラウマに起因して形成されます。彼らは衝動的で感情の起伏が激しく、特定の人物に対しては執着や歪んだ愛情を示すこともありますが、社会のルールや他者の権利を平然と踏みにじる点においては共通しています。犯罪の動機は一つではなく、欲求不満、生育歴、精神的な問題など、多様な要因が複雑に絡み合っているのです」


 その言葉を聞きながら、エバはノートにペンを走らせるふりをしつつ、内心で冷ややかに、しかし強い興味を持って油江の講義を分析していた。


(なるほど。人間界の学問というのは、魂の歪みや罪の重さを、脳の構造や生育環境といった物理的、後天的な要因のせいにしたがるのね。確かに理にかなっている部分もあるけれど、冥界の裁きはもっと絶対的で容赦がないわ)


 エバは、三途の川のほとりで数え切れないほどの亡者の衣服を剥ぎ取ってきた、自らの果てしない記憶を反芻(はんすう)した。

 剥ぎ取った衣類は(かたわら)の懸衣翁に渡し、衣領樹に掛けられて罪の軽重が判断される。その衣には、亡者の生前の「記憶」と「欲望」が、文字通り染み付いているのだ。金銭や経済的利益を得たいという強欲から詐欺や窃盗、強盗を働いた者。権力欲や自己顕示欲、傲慢さから他者を踏みにじった者。嫉妬や猜疑心から人を脅迫し、利用した者。相手を支配したいという異常な欲求からストーカー行為やDVに走った者。

 人間界では「サイコパス」や「ソシオパス」という病名を与えられ、場合によっては情状酌量の余地が与えられるのかもしれない。しかし、閻魔大王が統治する冥府の裁判において、そのような言い訳は一切通用しない。

 いたずらに生き物の命を絶ち、自己の利益のみを追求した極端なエゴイストは、懺悔しなければ必ず「等活地獄」に落ちる。殺生のうえに盗みを重ねれば「黒縄(こくじょう)地獄」。さらに淫らな行いを繰り返せば「衆合地獄」。他人に悪事を働くように仕向けた者は「叫喚地獄」。そして、父母や聖者を殺害するほどの究極の悪業を積んだ者は、最も苦しみが深い最下層の世界「阿鼻地獄」、別名「無間地獄」へと堕ちるのである。そこでは、灼熱や氷結など、絶え間ない責め苦を永遠に近い長期間受け続け、死んでもすぐに肉体が再生して何度でも同じ苦痛が繰り返されるのだ。


(天使養成校の教えの通りよ。宇宙の調和を乱す最大の要因は『不確かさ』であり、人間の個人的な感情や欲望は、その最たるもの。絶対的な『善』の天秤の前では、彼らの言い訳など無意味なノイズに過ぎないわ)

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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