第40話:もう一人の観測者
静止。
クロエの呼吸が止まる。
背後。
確かに、声がした。
聞き間違えるはずがない。
自分自身の声。
クロエはゆっくり振り向く。
誰もいない。
だが。
空間が微かに揺れていた。
ノイズ。
波紋のように、黒い揺らぎが広がる。
セレナが警戒する。
「クロエ、離れろ」
ノクスも、珍しく笑っていない。
「……嫌な感じしかしねぇ」
エルの瞳が揺れる。
「観測反応、発生」
「しかし――」
ノイズ。
「識別不能」
その瞬間。
クロエの正面で、黒いノイズが人型を作り始めた。
輪郭。
髪。
羽。
小柄な silhouette。
クロエの瞳が揺れる。
「……は?」
現れる。
もう一人。
“クロエ”。
だが。
違う。
決定的に。
瞳だ。
右目も左目も。
完全な黒。
光がない。
底の見えない、観測の闇。
セレナが息を呑む。
「何だ……それは」
“クロエ”が静かにこちらを見る。
そして。
小さく笑った。
「やっと来た」
クロエが後退する。
「……誰だよ、お前」
返事はすぐだった。
「お前だよ」
空気が凍る。
ノクスが舌打ちする。
「ふざけた答えしやがって」
だが。
ノクティスだけは黙っていた。
その瞳が、僅かに細くなる。
“クロエ”は、ゆっくり周囲を見渡した。
セレナ。
エル。
ノクス。
そして。
ノクティスで、視線が止まる。
長い沈黙。
すると。
“クロエ”が、初めて感情を混ぜた。
「……まだいたんだ」
ノクティスが静かに答える。
「お前こそ」
クロエが目を見開く。
「知ってんのか!?」
次の瞬間。
未観測領域全体が、大きく脈動する。
空間の奥。
無数の“目”が、ゆっくり開いていく。
一つじゃない。
何百。
何千。
観測している。
こちらを。
“クロエ”が、静かに呟く。
「時間がない」
その黒い瞳が、真っ直ぐクロエを見る。
「――世界は、もう観測されすぎた」
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