第31話:手を離さなかった理由
世界が、揺れていた。
裂けた空。
崩れる境界。
止まりかけた時間。
その中心で。
クロエだけが、エルの手を掴んでいる。
ノイズが走る。
視界が割れる。
無数の未来が、頭の中へ流れ込む。
苦痛。
絶望。
壊れた世界。
選ばれなかった結末。
クロエの呼吸が乱れる。
それでも。
手だけは、離さない。
エルの瞳が揺れる。
ほんの少し。
機械みたいだった視線に、微かな感情が戻る。
「……なぜ」
小さな声。
クロエが顔を上げる。
エル。
「なぜ、切り離さない」
声が不安定だった。
観測側。
エル本人。
複数の意識が、混ざっている。
クロエが笑う。
ボロボロのまま。
泣きそうな顔で。
「知らねぇよ」
ノイズ。
空間が軋む。
クロエ。
「でも」
「お前、ずっと一人で抱えてたろ」
その瞬間。
エルの瞳が、大きく揺れる。
世界中に、ノイズが走る。
巨大な瞳が、初めて明確に反応する。
ノクティスが目を細める。
「……感情干渉」
ノクスが笑う。
「効くんだな、それ」
エルの周囲に、無数の未来が映る。
独りで崩壊するエル。
誰にも知られず消えるエル。
観測に呑まれるエル。
全部。
“クロエがいなかった未来”。
クロエが歯を食いしばる。
「ざけんな……」
「そんなの、選ばせるかよ」
その瞬間。
エルの手が、微かに動く。
掴み返す。
本当に、少しだけ。
セレナが息を呑む。
「戻っている……?」
だが。
次の瞬間。
巨大な瞳が、ゆっくり開く。
空間圧力。
圧倒的な観測負荷。
クロエの身体に、ヒビが走る。
血。
黒い羽が、砕け落ちる。
それでも。
クロエは笑った。
「いってぇ……」
エルの瞳が揺れる。
クロエ。
「でも」
一歩、前へ出る。
「お前のが、もっと痛そうだ」
その瞬間。
世界が、大きく脈動する。
エルの周囲のノイズが、急激に変化する。
観測側が、揺らいでいた。
巨大な瞳の奥で、初めて感情のない揺れが走る。
ノクティスが、静かに呟く。
「……観測が乱れた」
レグルスが反応する。
「ありえない」
ノクスが笑う。
「だから言っただろ」
黒い羽が舞う。
「選択は、止まらねぇんだよ」
そして。
エルが、ゆっくり顔を上げる。
ノイズだらけの瞳。
その奥で。
確かに、“エル本人”がこちらを見ていた。
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