第30話:観測者へ届く声
静寂。
世界が、止まっていた。
風も。
音も。
崩壊しかけた瓦礫さえ、空中で静止している。
クロエだけが、息を荒くしていた。
目の前。
浮かぶエル。
その瞳は、どこも見ていない。
なのに。
“全部を見ている”。
クロエが震える声を出す。
「……エル?」
返事はない。
代わりに。
空の巨大な瞳が、ゆっくり瞬く。
その瞬間。
エルの周囲に、無数の映像が広がる。
違う未来。
違う世界。
壊れた街。
笑うクロエ。
死んだクロエ。
独りのセレナ。
停止した世界。
観測されなかった、全ての可能性。
エルの声が響く。
「観測は継続される」
「全ての可能性は記録される」
「選択は、収束する」
声が重い。
冷たい。
まるで、機械みたいだった。
クロエが叫ぶ。
「ふざけんな!!」
世界が揺れる。
ノイズ。
クロエが、エルを睨む。
「返せよ!!」
「そいつは、そういう喋り方しねぇんだよ!!」
沈黙。
巨大な瞳が、クロエを見る。
圧力。
存在そのものを、押し潰される感覚。
だが。
クロエは退かない。
黒い羽が広がる。
傷だらけの腕。
崩れかけた身体。
それでも。
前へ出る。
ノクティスが静かに言う。
「近づくな」
クロエ。
「うるせぇ!」
「こいつ、置いてけるわけないだろ!」
その瞬間。
エルの瞳が、わずかに揺れる。
本当に、ほんの少しだけ。
セレナが気づく。
「……今」
ノクスも目を細める。
「残ってるな」
クロエが、さらに踏み込む。
空間圧力で、身体が軋む。
それでも止まらない。
クロエが叫ぶ。
「お前、言ってたろ!!」
エルの瞳が揺れる。
クロエ。
「“選べ”って!!」
ノイズ。
空が揺れる。
巨大な瞳が、初めて微かに歪む。
クロエは、震える手を伸ばす。
「なら!!」
「お前も戻ってこいよ!!」
その瞬間。
エルの周囲のノイズが、激しく暴走する。
無数の未来。
無数の世界。
全部が、一斉に流れ込む。
クロエの脳裏に、知らない記憶が走る。
エルが消えた未来。
世界が止まった未来。
誰も選ばなかった未来。
苦痛。
絶望。
終わり。
クロエが歯を食いしばる。
「っ……ぁ……!」
倒れそうになる。
だが。
その手だけは、離さない。
そして。
エルの口が、わずかに動く。
小さく。
本当に小さく。
「……クロエ」
世界が、揺れた。
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