第29話:未選択観測体
ノイズが、溢れる。
エルの輪郭が、安定しない。
崩れる。
戻る。
また崩れる。
まるで、複数の存在が重なっているみたいに。
クロエが叫ぶ。
「エル!!」
返事はない。
エルは、空を見上げている。
巨大な瞳。
その視線と、完全に重なっていた。
エルの口が動く。
「……観測接続」
声が違う。
低い。
重い。
複数人が、同時に喋っているみたいな声。
クロエの表情が強張る。
「おい……」
セレナも構える。
空気が変わっていた。
今そこにいるのは、“エルだけ”じゃない。
ノクティスが静かに言う。
「未選択観測が、外側と同期を始めている」
クロエが即座に叫ぶ。
「だから分かるように言え!!」
ノクスが代わりに答える。
「エルは元々、選ばれなかった可能性の集合体だ」
「つまり、境界の外と最も近い」
その瞬間。
エルの背後に、無数の影が浮かぶ。
違う未来。
違う結末。
死んだクロエ。
壊れたセレナ。
停止した世界。
笑わないエル。
全部。
“ありえた可能性”。
クロエが息を呑む。
「……これ全部」
エルの声が重なる。
「未採用記録」
ノイズ。
「観測残滓」
「排棄世界群」
空間が揺れる。
巨大な瞳が、さらに開く。
まるで。
エルを通して、世界へ侵入しようとしているみたいに。
ノクティスが前へ出る。
白い観測線が展開される。
「接続を切断する」
その瞬間。
エルの瞳が、ゆっくりノクティスへ向く。
ぞわり、と。
空気が震える。
エルが呟く。
「……監視個体」
「識別確認」
クロエが凍る。
違う。
これは、いつものエルじゃない。
ノクスが小さく舌打ちする。
「深く繋がりすぎたか」
次の瞬間。
エルの周囲から、膨大なノイズが吹き荒れる。
街が揺れる。
空間が歪む。
クロエが吹き飛ばされる。
「っ!!」
セレナが咄嗟に支える。
エルが、ゆっくり浮かび上がる。
無数の声。
無数の視線。
無数の可能性。
その中心で。
エルだけが、静かに立っていた。
そして。
巨大な瞳と、完全に重なる。
次の瞬間。
エルの口から、別の声が落ちる。
「――観測継続を確認」
世界が、止まる。
クロエの背筋に、冷たいものが走る。
エルが、こちらを見る。
その瞳には、何も映っていなかった。
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