第23話:揺らぎの臨界で
空が、軋む。
固定されたはずの空間に、無数のヒビが走っていた。
紫の空。
崩れた街。
その全てが、微かに揺れている。
レグルスが立つ。
だが。
その輪郭は、もう完全ではない。
ノイズ。
固定演算が、断続的に乱れている。
「……停止」
低い声。
「停止しなければならない」
クロエが笑う。
ボロボロのまま。
崩れかけた左腕を押さえながら。
それでも。
前を向く。
「まだ言ってんのかよ」
レグルスの視線が向く。
その瞳の奥。
初めて、“迷い”が混ざっていた。
セレナが静かに言う。
「固定が揺らいでいる」
エルが解析する。
「自己矛盾増幅中」
「現在、固定維持率――」
ノイズ。
「低下継続」
空間が、脈動する。
そのたびに。
街の輪郭が、崩れては戻る。
空が割れる。
重力が揺らぐ。
世界そのものが、“決まりきれなく”なっていた。
クロエが顔をしかめる。
「うわ……最悪」
次の瞬間。
ビルの一角が、突然ノイズ化する。
形が崩れる。
存在が、砂みたいにほどけていく。
セレナが目を細める。
「未確定化が始まってる……!」
レグルスが低く呟く。
「だから言った」
「選択は、破滅を生む」
クロエが睨み返す。
「だったら!」
踏み込む。
「止まれば良かったのかよ!」
衝突。
拳と固定空間がぶつかる。
だが。
今度は、空間の方が耐えきれない。
砕ける。
レグルスが、初めて大きく後退する。
その瞬間。
世界全体が、大きく揺れた。
空間断裂。
ノイズ。
未確定化。
あらゆる境界が、崩れ始める。
エルのノイズが強まる。
「警告」
「臨界点接近」
クロエが叫ぶ。
「だから何の臨界だよ!」
エル。
「世界構造維持限界」
沈黙。
セレナの顔色が変わる。
「……このままだと」
エル。
「全領域崩壊の可能性」
空気が止まる。
その時。
空の上。
黒い影が横切る。
クロエが反応する。
「……っ?」
一羽の鴉。
漆黒の羽。
崩れ始めた空を、悠々と滑空している。
レグルスが、初めて視線を向ける。
「……観測外」
鴉は答えない。
ただ。
楽しむみたいに、崩壊する世界を見下ろしている。
次の瞬間。
空間が、揺れる。
鴉の輪郭が、ノイズ混じりに崩れていく。
羽がほどける。
黒が、形を変える。
そして。
“人”になる。
短い黒髪。
鋭い瞳。
獰猛な笑み。
クロエが固まる。
「……は?」
見覚えがない。
だが。
空気だけは、知っている。
次の瞬間。
クロエが目を見開く。
「……まさか」
男が笑う。
「随分遅かったな」
クロエが叫ぶ。
「お前!どこ行ってたんだよ!!」
男――ノクスが、楽しそうに目を細める。
「随分な言い方だな」
「ちゃんと見てただろ」
クロエが顔をしかめる。
「見てただけじゃねぇか!」
ノクスが肩をすくめる。
「簡単に介入したら、面白くないだろ」
その態度に。
クロエが呆れたみたいに笑う。
「……マジでお前さぁ」
だが。
その声には、わずかな安堵が混ざっていた。
レグルスの瞳が揺れる。
「……なぜ存在できる」
ノクスが視線を向ける。
その目には、わずかな愉悦。
「今さら気づいたのか?」
一歩、踏み出す。
その瞬間。
世界のノイズが、一瞬だけ静止する。
ノクスが笑う。
「だから言ったろ」
「止まった世界は、つまらない」
風が吹く。
揺らぎは、さらに加速していく。
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