第22話:理解できないもの
静寂。
レグルスの動きが、止まっている。
「……理解していない」
小さく、その言葉を繰り返す。
エルは動かない。
ノイズ混じりの輪郭。
曖昧な存在。
だが。
その瞳だけは、真っ直ぐレグルスを見ていた。
レグルスが問う。
「選択とは、誤差だ」
「不完全性だ」
「破滅へ向かう揺らぎだ」
静かな声。
「なぜ必要とする」
クロエが笑う。
「まだ分かってなかったのかよ」
レグルスの視線が向く。
クロエは、崩れかけた左腕を押さえながら立つ。
痛みで、呼吸も浅い。
それでも。
笑う。
「決まってないから、進めるんだろ」
レグルス。
「非効率だ」
セレナが前へ出る。
「効率だけなら、世界はとっくに止まっている」
白と黒の羽。
揺らぐ境界。
セレナの瞳が、静かに細くなる。
「迷うから、変われる」
「壊れるから、選び直せる」
レグルスが沈黙する。
その瞬間。
空間固定が、わずかに乱れる。
クロエが気づく。
「……揺らいだ」
エルが解析する。
「固定演算、遅延発生」
「原因――」
一瞬、ノイズ。
「自己矛盾」
空気が変わる。
レグルスの瞳が、微かに揺れる。
「……矛盾?」
エル。
「お前は固定を望む」
「だが現在、選択による変化へ対応している」
「それは、変化を前提としている」
沈黙。
クロエが、ニヤッと笑う。
「つまり?」
エル。
「既に、揺らいでいる」
その瞬間。
レグルスの周囲に、ノイズが走る。
固定空間に、亀裂。
レグルスが、初めて苦しそうに顔を歪める。
「……ありえない」
クロエが踏み込む。
「あるんだよ」
拳を振るう。
レグルスが防ぐ。
だが。
完全ではない。
衝撃。
固定空間が砕ける。
空が割れる。
レグルスが後退する。
初めて。
一歩。
クロエが目を見開く。
「……押した」
セレナも驚く。
「あのレグルスを……?」
だが。
次の瞬間。
空間全体が、大きく脈動する。
嫌な気配。
エルのノイズが、急激に強くなる。
「警告」
「固定崩壊域、拡大」
クロエが顔をしかめる。
「なんだそれ」
エル。
「レグルスの固定が崩壊した場合」
「周囲空間も、未確定化する」
セレナが察する。
「……世界ごと崩れるのか」
エル。
「可能性、高」
沈黙。
クロエが、乾いた笑みを浮かべる。
「最後まで面倒だな、お前」
レグルスが、ゆっくり顔を上げる。
瞳の奥。
初めて、“恐怖”が混ざる。
「……停止しなければ」
ノイズ。
「全てが、崩れる」
遠く。
崩れた高層ビル。
その頂上に、梟が止まっている。
動かない。
まるで、世界の終わりを待っているみたいに。
クロエが、一瞬だけ視線を向ける。
「……見てるだけかよ」
返事はない。
だが。
梟の片目が、微かにノイズを帯びる。
次の瞬間。
エルのノイズが、わずかに同期する。
セレナが目を細める。
「……繋がっている?」
その瞬間。
梟の輪郭に、一瞬だけ人影が重なる。
長い髪。
静かな瞳。
ノクティス。
そして。
小さく。
誰にも届かないほど小さく。
「……ようやくか」
風が吹く。
世界が、さらに揺らぎ始めていた。
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