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黒翼契約譚《レイヴン・クロニクル》 ~終わりを選び、未来を奪い返せ~  作者:
第三章:観測外領域 ― 選択の代償

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第21話:揺らぎの隙間

空間が、軋む。


レグルスの周囲では、厳格に固定されていた世界に微かなノイズが混ざり始めている。

かつては決して存在しなかった、わずかな“誤差”だ。


クロエが口元を緩めて笑みを浮かべる。

「見えてきたじゃん」


レグルスは答えず、ただ静かにこちらを見据えている。

感情の読み取れない瞳の奥に、だが確かなほんの少しの揺らぎが生まれていた。


セレナが低い声で呟く。

「……迷っているのか」


その瞬間、周囲の圧力が急激に高まる。

空間が強固に固定され、宙に舞う瓦礫も、流れる風も、

すべてが凍りつくように止まった。

クロエの足元も一瞬動きを封じられかけるが、以前ほどの絶対的な拘束力はない。


クロエは躊躇なく前へ踏み込む。

「遅い!」


鋭く放たれた拳が、レグルスの頬をかすめて通り過ぎる。確定された領域の中で、初めて攻撃が届いた瞬間だった。


レグルスの瞳が大きく揺れ、困惑を帯びた声が漏れる。

「……なぜだ」


クロエは挑むように笑う。

「選んだからだろ」


次の瞬間、レグルスの周囲に無数の光線が走り、固定の法則が再び演算し直される。

空間そのものが組み替えられ、世界の構造が書き換えられていく。


「来るぞ!」

セレナが鋭く叫んだ。


目の前の道が忽然と消え、空間が折り重なり、上下の感覚さえ逆転する。


クロエは舌打ちをする。

「やりたい放題かよ……!」


エルの瞳にも不穏なノイズが走り、冷静な報告の声が響く。

「領域の再固定を確認。このままでは、まだ定まっていない部分がすべて圧縮されてしまう」


セレナはレグルスの姿を見つめ、言葉を吐く。

「あいつ……戦うたびに、状況を学習している」


レグルスの落ち着いた声が空間に響き渡る。

「排除するだけでは不十分。

揺らぎそのものを、完全に閉ざす」


その言葉と同時に、クロエの左腕が内側から大きく崩れ始める。


「っ……!」


指先から砕け、かき消えるようにノイズが散っていく。


レグルスはその様子を見て、事実を告げる。

「不安定な存在だ。もうじき、形を保つ限界を迎える」


クロエは苦痛に顔を歪めながらも、なお笑みを絶やさない。

「だったら、その前に殴り倒すまでだ」


再び踏み込もうとした矢先、視界が不自然にずれ、

一瞬だけ別の光景が浮かび上がった。

静かで穏やかな部屋、そこには笑顔のエルがいて、争いも苦痛も存在しない、理想的な世界の残り香が漂っている。


クロエの動きが、わずかに止まりかける。


レグルスが静かに誘うように言う。

「戻ることもできる。何も苦しむことのない、安らかな場所へ」


沈黙が流れ、クロエの瞳がかすかに揺らぐ。

ほんの一瞬、心が引き寄せられかけたその時――


「見るな」


低く鋭い声が響き、セレナがクロエの前に立ちはだかった。白と黒の大きな翼が広がり、目の前に映る幻想を遮る。


「それは与えられた偽物だ。“お前自身が選んだもの”ではない」


空間が激しく揺れ、幸福な世界の映像はノイズとなって崩れ去っていく。


クロエは大きく息を吐き、肩の力を抜く。

「……助かった」


セレナは淡々と言い放つ。

「今のは貸しだからな」


クロエはまた楽しげに笑う。

「なんだか、返すのに随分と値が高そうな貸しだな」


その時、ずっと後ろにいたエルがゆっくりと前へ歩み出る。体の輪郭にはノイズが混ざり、以前よりも存在感が薄れているにもかかわらず、その瞳だけははっきりとレグルスを捉えて離さない。


「観測結果を更新する」


レグルスは眉をひそめる。

「……何だと?」


エルの声が響く。

静かで、だがどこかこの世界の枠を超えたような、不思議な響きを帯びていた。

「お前はまだ、選択というものの意味を、本当には理解していない」


空気がぴたりと止まり、レグルスの瞳が、この戦いで初めて激しく大きく揺れ動いた。

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