第19話:選択の証明
夜だった。
静かすぎる夜。
風は吹いている。
だが。
一定だった。
音も。
温度も。
何も変わらない。
クロエは、一人で街を歩いていた。
壊れていない世界。
傷のない空。
誰も苦しまない場所。
空を見上げる。
綺麗すぎる月。
ノイズもない。
揺らぎもない。
「……気持ち悪ぃ」
小さく呟く。
その時。
「眠れないのか」
背後から声。
エル。
静かな瞳。
穏やかな表情。
ノイズのない輪郭。
クロエは振り返る。
長い沈黙。
そして。
「なぁ」
エル。
「なんだ」
クロエが目を細める。
「お前さ」
「こんな落ち着いた奴だったっけ」
エルは少し黙る。
「この世界は安定している」
「誰も失わない」
「誰も壊れない」
静かな声。
「理想的な世界だ」
クロエは、自分の手を見る。
欠けていない指先。
削れていない輪郭。
痛みもない。
軽い。
あまりにも。
「……楽だよ」
小さく呟く。
その瞬間。
空間の奥から、声が落ちる。
「ならば受け入れろ」
レグルス。
姿は見えない。
だが。
世界そのものから響いてくる。
「固定は救済だ」
沈黙。
クロエは空を見る。
綺麗な空。
争いはない。
痛みもない。
誰も壊れない。
理想みたいな世界。
その時。
遠くの電線。
そこに。
梟がいる。
月明かりの中。
ただ、クロエを見ている。
不思議と。
その姿だけが、この世界に馴染んでいなかった。
クロエが、小さく笑う。
「……やっぱ違う」
エル。
「何がだ」
クロエが顔を上げる。
「お前」
一歩、近づく。
「そんな楽そうな顔しない」
その瞬間。
エルの表情が、ほんのわずかに止まる。
ノイズ。
一瞬だけ。
瞳の奥に、微かな揺らぎ。
まるで。
本当のエルが、奥で苦しんでいるみたいに。
クロエが拳を握る。
「痛くても」
小さなヒビ。
「迷っても」
世界が軋む。
「間違っても」
空が割れる。
クロエが笑う。
少し泣きそうな顔で。
「私達、自分で選んでたろ」
その瞬間。
世界全体に、亀裂が走る。
レグルスの声が、初めて揺れる。
「なぜ拒絶する」
空間が崩れる。
街の輪郭がノイズになる。
エルの姿も、揺らぐ。
遠くの電線。
そこにいた梟が、初めて羽を広げる。
次の瞬間。
梟の輪郭に、“人”の影が重なる。
長い髪。
静かな瞳。
ノクティス。
クロエと、一瞬だけ目が合う。
まるで。
“答えを確認する”みたいに。
クロエが前を見る。
エルが、静かに立っている。
優しいまま。
壊れないまま。
だから。
クロエは首を振る。
「こんなの」
一歩、踏み出す。
「エルじゃない」
その瞬間。
エルの表情が、初めて崩れる。
ノイズ。
世界が砕ける。
レグルスの声。
「選択は、破滅を生む」
クロエが叫ぶ。
「それでも!」
崩壊。
光。
落下。
最後に。
クロエは、笑った。
「選ぶよ」
「壊れても」
「私達の世界を」
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