第17話:固定された幸福
崩れた空間。
未確定の風。
レグルスは、動かない。
揺らぎの中心。
それでも。
そこだけが、“確定”している。
クロエが息を吐く。
欠けた指先。
輪郭は、まだ曖昧だ。
だが。
止まる気はない。
「……行くぞ」
セレナが羽を広げる。
白に混ざる黒。
侵食は、さらに深い。
エルのノイズが揺れる。
「戦闘領域、維持」
「ただし、安定率低下」
クロエが笑う。
「十分」
踏み込む。
未確定の軌道。
レグルスの固定を、ずらす。
セレナが境界を重ねる。
エルが観測補助を展開。
三つの力が、同時にぶつかる。
だが。
レグルスは揺れない。
「無意味だ」
その声と同時。
空間が、止まる。
クロエの足。
セレナの羽。
エルの演算。
すべてが、“途中”で固定される。
クロエの目が開く。
「……またか!」
動けない。
結果だけが、成立している。
レグルスが一歩近づく。
「選択は、誤差を生む」
「誤差は、苦痛を生む」
静かな声。
「ならば、固定されるべきだ」
セレナが睨む。
「それは、生きているとは言わない」
レグルス。
「否定」
「停止こそ、完成だ」
次の瞬間。
圧が、落ちる。
世界が白く染まる。
クロエの意識が沈む。
風が吹いている。
暖かい。
静かだった。
クロエが、目を開ける。
青空。
揺らぎのない街。
壊れていない世界。
「……は?」
遠くで笑い声。
車の音。
普通の景色。
クロエがゆっくり立ち上がる。
身体が軽い。
痛みがない。
欠けた指先。
それも、戻っている。
クロエが手を見る。
綺麗だった。
何も、削れていない。
なのに。
少しだけ。
落ち着かない。
「……軽すぎる」
その時。
「起きたか」
振り向く。
エルがいる。
ノイズはない。
輪郭も、揺れない。
穏やかな目。
自然な表情。
クロエが固まる。
「……エル?」
エルが小さく笑う。
「そんな顔をするな」
「約束の時間に遅れる」
自然すぎる声。
クロエの胸に、小さな違和感が落ちる。
だが。
それを言葉にできない。
エルが手を差し出す。
「行くぞ」
「セレナ達が待っている」
クロエは、その手を見る。
暖かい。
確かに、そこにある。
なのに。
どこか。
“軽い”。
クロエは、小さく眉をひそめた。
街を歩く。
誰も争っていない。
誰も迷っていない。
静かで。
穏やかで。
綺麗すぎる世界。
その時。
前方に、人影。
「遅いぞ」
ノクス。
短い黒髪。
気怠そうに手を上げる。
その隣。
梟が止まっている。
静かな瞳。
ノクティス。
クロエが目を細める。
次の瞬間。
ほんの一瞬だけ。
ノクスとノクティスの輪郭が、重なる。
まるで。
“同じ存在”みたいに。
クロエの足が止まる。
「……なんだ、今の」
だが。
誰も反応しない。
エルだけが静かに言う。
「安定した世界だ」
「矛盾は存在しない」
その言葉が。
なぜか。
ひどく、冷たく聞こえた。
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