第12話:勝つために、削るもの
静かだった。
崩壊の余波も、ここまでは届いていない。
だが――
クロエは、エルを見ている。
「……減ってる」
エルの輪郭。
ところどころ、欠けていた。
セレナが言う。
「進行しているな」
エルが応じる。
「肯定」
わずかな間。
「存在維持、限界値に接近」
クロエが顔をしかめる。
「それ、どれくらい?」
エルは答えない。
いや――
「……比較不能」
クロエが目を閉じた。
「そっか」
沈黙。
セレナが口を開く。
「結論は出ている」
クロエが視線を向ける。
「現状では勝てない」
はっきりと言う。
クロエは否定しない。
「うん」
短く、頷く。
エルが補足する。
「敵性存在:レグルス」
「選択固定能力により、全分岐を単一化」
「対抗不可」
クロエが笑う。
「じゃあさ」
顔を上げる。
「どうやったら勝てる?」
沈黙。
エルが、わずかに処理を走らせる。
「……仮説提示」
セレナが見る。
エルが続けた。
「選択を“増やす”のではなく」
「選択そのものを“歪める”必要あり」
クロエが眉をひそめる。
「歪める?」
エルが頷く。
「固定対象外の状態を作る」
セレナが低く言う。
「観測外か」
エルが肯定する。
「ただし――」
一瞬、ノイズが走る。
「成功率、低」
クロエが笑った。
「まあだよね」
だが。
その目は、止まらない。
「他は?」
エルが答える。
「もう一つ」
間。
「存在密度の低下」
セレナが眉を寄せる。
「……何だと」
エルが静かに言う。
「個体の“確定性”を下げる」
「レグルスの固定対象から外れる可能性あり」
クロエが理解する。
「……つまり」
自分の手を見る。
欠けた指先。
「もっと削れってこと?」
沈黙。
エルは否定しない。
「……肯定」
空気が、重くなる。
セレナが低く言う。
「それは、死に近い」
クロエが笑う。
「もう半分くらいそんなもんじゃん」
軽く言う。
だが。
その言葉は、軽くない。
セレナが睨む。
「軽く扱うな」
クロエが肩をすくめる。
「でも事実でしょ」
沈黙。
エルが、わずかに揺れる。
「……補足」
クロエが見る。
エルが続ける。
「削減が進行した場合」
「……復元不可」
静寂。
クロエの笑みが、少しだけ止まる。
だが。
すぐに戻る。
「なるほどね」
小さく呟く。
「ちゃんと“代償”ってわけだ」
セレナが言う。
「他に方法はないのか」
エルが答える。
「現状、なし」
沈黙。
クロエが空を見る。
歪んだ空。
まだ、選べる世界。
「……さ」
ゆっくり言う。
「勝つか、残るかだね」
セレナが即座に返す。
「両方だ」
クロエが笑う。
「欲張りだなぁ」
セレナが言う。
「それが前提だ」
エルが、わずかに頷く。
「……同意」
クロエが、二人を見る。
少しだけ、柔らかく。
「いいね」
そして。
立ち上がる。
「じゃあ――」
拳を握る。
欠けた指先。
それでも、前を向く。
「削りながら、勝つ方法探そうか」
その瞬間。
エルの輪郭が、また少しだけ消える。
クロエは、気づく。
だが。
言わない。
セレナも、気づいている。
それでも。
止めない。
三人が、歩き出す。
戻れない選択へ。
勝つために。
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