第7話:日常の崩れ方
音が、増えた。
さっきまで穏やかだった街に、微かな“ノイズ”が混ざる。
クロエが足を止める。
「……来る」
セレナが周囲を見る。
「早いな」
エルが解析する。
「安定層、崩壊兆候」
「原因――不明」
その時。
――パン。
乾いた音。
さっきの子供の持っていた風船。
もう一度、弾ける。
だが今度は――
“戻らない”。
赤い色が、空中で崩れる。
粒子になって、ほどける。
子供が、立ち止まる。
「……あれ?」
次の瞬間。
その姿が、ブレる。
一瞬、二重になる。
そして。
“片方”が消える。
クロエの目が見開く。
「……おい」
セレナが低く言う。
「選択の分岐が露出している」
エルが補足する。
「未選択存在、表層へ侵食」
周囲を見る。
人々が――ズレ始めている。
笑っていた顔が、別の表情に切り替わる。
歩いていた人が、別の方向へ“やり直す”。
時間が、巻き戻るように揺れる。
クロエが呟く。
「……バグってるな」
だが。
それだけじゃない。
一人の男が、立ち止まる。
その体が――
“分かれる”。
右に進む自分。
左に進む自分。
二つの存在が、同時に成立する。
そして。
互いを、見る。
沈黙。
次の瞬間。
――衝突。
空間が歪む。
どちらかが消える。
いや――
“両方が、削れる”。
クロエが歯を噛む。
「これ……」
セレナが答える。
「選択の衝突だ」
エルが解析する。
「整合性維持失敗」
「存在の相互侵食を確認」
街が、揺れる。
建物の輪郭がズレる。
窓の位置が変わる。
道が、繋がり直す。
クロエが前を見る。
さっきいたはずのパン屋。
――ない。
代わりに、崩れた壁がある。
「……入れ替わってる」
セレナが頷く。
「ああ」
エルが告げる。
「層構造、完全露出開始」
空を見る。
青い空が、裂ける。
その奥に――紫の歪み。
クロエが笑う。
「やっと“本体”か」
その瞬間。
地面が、大きく揺れる。
亀裂が走る。
その中から――
“何か”が滲み出る。
形になりきらない存在。
無数の“未選択”。
エルが警告する。
「集合体反応」
「危険度――高」
セレナが前に出る。
「まとめて来たか」
クロエが目を細める。
「いいね」
手を開く。
紫の粒子が、濃くなる。
だが――
その指先。
わずかに、“欠けている”。
クロエが、一瞬だけ止まる。
「……あれ?」
だが。
次の瞬間には、気にしない。
――記録されない。
セレナが構える。
エルが演算を加速する。
崩れた街。
裂けた空。
重なった世界。
すべてが同時に存在する。
クロエが、前を見る。
「行くよ」
セレナが答える。
「ああ」
エルが告げる。
「戦闘処理、開始」
三人が、踏み込む。
その瞬間。
“未選択の群れ”が、一斉に動く。
選ばれなかったすべてが――
“形を持とうとする”。
そして。
その中に。
一瞬だけ。
“見覚えのある影”が混ざる。
クロエが、目を細める。
「……また来るな、これ」
崩壊は、始まったばかりだ。
日常は、もう戻らない。
完全に。
“外側”へと、反転した。
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