第8話:止まれない休息
崩れたままの空間。
だが――
一角だけ、静かだった。
瓦礫に囲まれた、わずかな空白。
風は弱く、
揺らぎも、薄い。
クロエが、その場に座り込む。
「……はぁ」
セレナも立ち止まる。
「一時的な安定域か」
エルが解析する。
「局所的に選択干渉が低下」
「簡易休息は可能」
クロエが笑う。
「“簡易”ってのが嫌だな」
だが、体は正直だった。
力を抜く。
――少しだけ、楽になる。
沈黙。
遠くで、何かが崩れる音。
クロエが呟く。
「……さっきのさ」
自分の手を見る。
指先。
ほんのわずかに、輪郭が薄い。
「減ってるよね」
セレナが答える。
「ああ」
エルが補足する。
「存在密度、微減を確認」
クロエが苦笑する。
「軽く言うなぁ」
セレナが静かに言う。
「軽くはない」
その声は、いつもより低い。
クロエが横を見る。
セレナの羽。
白の中に混ざる、黒。
それが、少しだけ広がっている。
「……そっちも進んでるね」
セレナは否定しない。
「不可逆だ」
短く言う。
クロエが笑う。
「おそろいか」
セレナがわずかに眉を寄せる。
「喜ぶな」
だが。
完全には否定しない。
沈黙。
クロエが、ふと口を開く。
「……エル」
エルが応じる。
「応答可能」
クロエが少しだけ言葉を選ぶ。
「どれくらい、残ってる?」
沈黙。
エルは、すぐには答えない。
そして。
「……不明」
短く返す。
クロエが顔をしかめる。
「それ多くない?」
エルが続ける。
「計測基準が維持できていない」
「比較対象が、欠損している」
セレナが低く言う。
「基準そのものが消えているのか」
エルが頷く。
「肯定」
空気が、重くなる。
クロエが天井――いや、歪んだ空を見る。
「……さ」
小さく呟く。
「これさ、どこまで行くと思う?」
セレナは答えない。
エルも、沈黙する。
代わりに。
クロエが、自分で言う。
「たぶん、止まらないよね」
誰も否定しない。
しばらくの静寂。
その中で。
“カツン”
小さな音。
クロエが顔を上げる。
「……今の」
セレナも反応する。
「ああ」
エルが解析する。
「外部干渉、接近」
その瞬間。
安定していた空間が、揺らぐ。
壁の輪郭がズレる。
地面が二重になる。
クロエが立ち上がる。
「休憩、終了か」
セレナが構える。
「ああ」
エルが告げる。
「戦闘準備、推奨」
揺らぎが、集まる。
今までの“群れ”とは違う。
もっと――
“まとまっている”。
クロエが、目を細める。
「……核、だな」
空間の中心。
歪みが、凝縮する。
形が、固定されていく。
“未選択”が、一つに収束する。
セレナが低く言う。
「来るぞ」
エルが解析する。
「高密度存在、顕現開始」
クロエが笑う。
「いいね」
手を開く。
欠けた指先から、それでも力が滲む。
「休んだ分、やろうか」
揺らぎが、形になる。
――“選ばれなかったものの核”。
戦いが、始まる。
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