第5話:記録されない観測者
静かだった。
だが――ほんのわずかに、“抜けている”。
クロエが眉をひそめる。
「……なんか変」
セレナが周囲を見る。
「何がだ」
クロエは少し考えて。
「……分かんない」
だが、その違和感は消えない。
“何かが足りない”。
エルが応じる。
「異常は検出されていない」
その声は、いつも通り。
正確で、機械的で、ブレがない。
だが――クロエは一瞬だけ視線を逸らす。
「……そう?」
セレナが歩き出す。
「進むぞ」
クロエも続く。
エルも、そこにいる。
――はずだった。
数歩進んで。
クロエが、ふと振り返る。
「……あれ?」
そこに、誰もいない。
セレナが即座に反応する。
「どうした」
クロエが言う。
「エルは?」
沈黙。
セレナが止まる。
「……何を言っている」
クロエの顔が曇る。
「いや、さっきまで――」
その時。
「ここにいる」
声。すぐ横から。
クロエが振り向く。
エルが、立っている。
何も変わらない。
だが。
「……今、いなかったよね?」
エルが答える。
「否定」
セレナが低く言う。
「視認できている」
クロエが目を細める。
「……気のせいか」
だが、その違和感は消えない。
エルが静かに言う。
「進行を推奨」
三人は、再び歩き出す。
数秒後。
エルが、止まる。
「……異常」
クロエとセレナが振り返る。
エルが、自分の手を見る。
その指先が――“ノイズになる”。
一瞬、消える。
そして戻る。
クロエが息を呑む。
「おい……」
エルが淡々と報告する。
「自己認識、部分欠損」
セレナが問う。
「原因は」
エルは答えない。
わずかな間。
「……記録に、空白」
クロエが眉をひそめる。
「は?」
エルが続ける。
「直前の行動ログ――消失」
沈黙。
クロエの表情が固まる。
「……さっきの」
エルが頷く。
「存在はしていた」
「だが、記録されていない」
空気が冷える。
セレナが低く言う。
「観測できていない、か」
エルが否定する。
「違う」
わずかに間を置く。
「観測したが、“残らない”」
沈黙。
クロエが呟く。
「……それ、一番ヤバくない?」
エルが静かに言う。
「代償と推定」
空間がわずかに揺れる。
セレナが問う。
「何を選んだ」
エルは答えない。
いや――答えられない。
「……不明」
その言葉すら、揺れる。
クロエがゆっくり言う。
「……忘れてるの?」
エルがこちらを見る。
「可能性――高」
沈黙。
クロエの胸がざわつく。
「ちょっと待って」
一歩近づく。
「それさ」
エルを見る。
「進んだら、どうなる?」
わずかな間。
エルが答える。
「……消失」
クロエの表情が固まる。
セレナが言う。
「どの単位だ」
エルは静かに答える。
「不明」
「だが――」
自分の手を見る。
またノイズが走る。
「すでに、始まっている」
沈黙。
クロエが強く言う。
「止める?」
セレナがエルを見る。
エルは首を振る。
「不可」
「進行と同時に発生する現象」
つまり――進めば、削れる。
クロエが歯を噛む。
「クソ仕様だな……」
セレナが静かに言う。
「それでも、進むのか」
エルは即答する。
「肯定」
迷いはない。
だがその“迷いのなさ”すら、いつか消える。
クロエが小さく笑う。
「……全員、重くなってきたね」
セレナが答える。
「ああ」
エルが続く。
「代償、累積」
三人が並ぶ。
だがクロエは、ほんの一瞬だけ思う。
「……三人、だよね?」
その違和感は、すぐに消える。
――記録されないまま。
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