第4話:境界の外から来たもの
揺らぎが、静かに集まる。
風でもない。光でもない。
ただ――“形になる前の何か”。
クロエが目を細める。
「……来る」
セレナが構える。だが、その動きはわずかに遅い。
エルが解析する。
「対象――未定義」
「既知パターンとの一致率――低」
揺らぎが、収束する。
そこに――少女が立っていた。
薄い。だが、消えない。
「……久しぶり」
軽い声。変わらない調子。
クロエが息を吐く。
「ほんとにね」
セレナが低く問う。
「お前は、何だ」
少女は少し考える。
「……まだ、それ聞く?」
困ったように笑う。
エルが即座に割り込む。
「識別名:イブ」
「分類――不明」
イブが、そちらを見る。
「うん、それでいいよ」
あっさりと肯定する。
クロエが一歩前に出る。
「で、今回は何しに来たの」
イブは少しだけ首を傾ける。
「……見に来た」
視線が、三人を順に辿る。
「ちゃんと、“選んでるか”」
沈黙。
セレナが言う。
「選んでいる」
イブが頷く。
「うん、知ってる」
その言葉に、わずかな違和感が走る。
クロエが眉をひそめる。
「……知ってる?」
イブが笑う。
「だって、それ」
指をクロエに向ける。
「私が“置いた”やつだし」
空気が止まる。
エルが即座に反応する。
「発言の意味を要求」
イブは少しだけ考える。
「うーん……」
言葉を選ぶように。
「“きっかけ”かな」
クロエの胸に、あの“感覚”がよぎる。
それを指している。
「最初の一個」
セレナが低く言う。
「……誘導したのか」
イブは首を振る。
「違うよ」
少しだけ真面目な顔になる。
「“選べるようにした”だけ」
沈黙。
エルが解析する。
「外部介入により、選択分岐の可視化・顕在化を実施した可能性」
クロエが呟く。
「……つまり」
イブを見る。
「この世界、元からこうじゃなかった?」
イブが、ゆっくり頷く。
「うん」
「見えてなかっただけ」
風が揺れる。
セレナが問う。
「では、お前は何だ」
イブは空を見る。
何もない場所。
「……外」
短い答え。
クロエが苦笑する。
「雑だなぁ」
イブも笑う。
「でも、それしかない」
一歩、近づく。
「“観測されてない側”」
その言葉に、空間がわずかに軋む。
エルが即座に反応する。
「定義不能領域との接続を確認」
セレナが低く言う。
「……観測外の、更に外か」
イブは軽く肩をすくめる。
「そんな感じ」
クロエが目を細める。
「で?」
一歩、近づく。
「代償も、知ってるよね」
イブが止まる。
ほんの一瞬だけ。
その表情が揺れる。
「……うん」
小さく頷く。
クロエが続ける。
「これ、どこまでいくの?」
沈黙。
イブはすぐには答えない。
代わりにクロエの目を見る。
まっすぐに。
「どこまで“選ぶか”だよ」
その一言は軽く、そして重い。
セレナが言う。
「限界はないのか」
イブは少しだけ笑う。
「あるよ」
そして。
「なくなる」
沈黙。
エルが処理を止める。
「……意味不明」
イブが視線を逸らす。
「全部、選びきったら」
空を見る。
「“残り”がなくなるから」
クロエが呟く。
「……未選択が、消える?」
イブは首を振る。
「逆」
一瞬、空間が深く歪む。
「“選んだ側”が、消える」
静寂。
風が止まる。
セレナがわずかに動く。
「……どういうことだ」
イブは答えない。
ただ、少しだけ寂しそうに笑う。
「だから、ちゃんと選んでね」
クロエを見る。
「適当にやると、先に消えるよ」
その瞬間、輪郭が揺らぎ始める。
エルが反応する。
「存在密度、低下」
セレナが言う。
「また戻るのか」
イブが頷く。
「うん」
少しだけ名残惜しそうに。
「まだ、早いし」
クロエが小さく笑う。
「何が」
イブが答える。
「“終わるのが”」
その言葉を残して、消える。
何も残らない。
だが――空間の奥に、さらに深い揺らぎが残る。
クロエが静かに言う。
「……ヤバいね、これ」
セレナが頷く。
「ああ」
エルが記録する。
「消失リスク、確認」
クロエが空を見る。
歪んだ世界。まだ選べる世界。
だが、その先には――“選びすぎた先”がある。
クロエが小さく笑う。
「面白いじゃん」
その言葉は、ほんの少しだけ強がりだった。
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