第2話:選ばれなかった私
風が、二重に吹いた。
一つは、クロエたちのいる“こちら”。
もう一つは――
“重なっている、別のどこか”。
空間が、わずかに裂ける。
エルが即座に反応した。
「未選択存在、顕在化」
セレナが前に出る。
「来るぞ」
だが、クロエは動かない。
ただ静かに、その裂け目を見つめていた。
“それ”が、形を持つ。
輪郭が定まり。
色が宿り。
存在が、固定される。
そして――
そこに立っていたのは。
クロエだった。
沈黙が落ちる。
セレナが低く呟く。
「……自己分岐」
エルが補足する。
「未選択ルート由来の同一存在」
“もう一人のクロエ”が、こちらを見る。
その瞳には、わずかな濁りがあった。
「やっと、見つけた」
同じ声。
同じ顔。
だが――違う。
クロエが静かに問い返す。
「……何を?」
“それ”が、一歩近づいた。
足音が、ズレない。
完全に同期している。
「私が、いなかった理由」
空気が重くなる。
セレナが剣を構えた。
「問答は不要だ」
しかし、クロエは手を上げて止める。
「待って」
視線は逸らさない。
「聞くよ」
“もう一人のクロエ”が、わずかに笑った。
「優しいね」
その瞬間。
空間が軋む。
エルが警告する。
「感情反応により、存在密度上昇」
セレナが低く言った。
「長く持たんぞ」
クロエは頷く。
「じゃあ、早く」
“それ”が、口を開いた。
「あなたは、選んだ」
一歩、近づく。
「進むことを」
さらに、一歩。
「でも私は――」
足が止まる。
「残る方だった」
沈黙。
その言葉が、空間に重く落ちた。
クロエの表情が、わずかに揺れる。
「……残る?」
“それ”が頷く。
「選ばなかった全部」
手を広げる。
「進まなかった未来」
「諦めた可能性」
「見なかった選択」
その背後に、無数の“ズレた影”が揺れた。
エルが解析する。
「未選択情報、集束反応」
セレナが舌打ちする。
「一つじゃないのか」
クロエは静かに尋ねた。
「それで?」
“もう一人のクロエ”が、まっすぐ見返す。
「返してよ」
一歩、踏み出す。
「私の分の“選択”」
その瞬間。
空間が、大きく歪んだ。
エルが警告する。
「干渉強度、急上昇」
セレナが叫ぶ。
「来るぞ!」
“それ”が、手を伸ばす。
触れれば――統合される。
あるいは。
奪われる。
それでもクロエは動かなかった。
目の前の“自分”を見つめながら、静かに言う。
「無理」
一瞬。
すべてが止まった。
「それ、あげられるものじゃない」
“それ”の表情が歪む。
「……じゃあ」
声が変わる。
「奪う」
次の瞬間。
衝突。
空間が裂ける。
同じ力が、ぶつかり合う。
セレナが踏み込み、エルが演算を加速する。
だが――
クロエは、笑った。
「でもさ」
ぶつかり合いながら、言う。
「嫌いじゃないよ」
“それ”が止まる。
ほんの一瞬だけ。
「そういうの」
沈黙。
その隙に、クロエが一歩踏み込む。
“選択する”。
何を残し、何を進めるのか。
その瞬間。
“それ”の輪郭が、大きく揺れた。
エルが叫ぶ。
「存在不安定化!」
セレナが言う。
「決めろ!」
クロエは目を閉じる。
そして――
「連れてく」
目を開き、“それ”をまっすぐ見つめる。
「全部じゃなくていい」
手を差し出す。
「選べなかった分も、持っていく」
沈黙。
“もう一人のクロエ”が揺れる。
怒り。
迷い。
諦め。
すべてが、交錯する。
やがて――
「……ズルい」
小さく、そう呟いた。
その瞬間。
輪郭が崩れる。
完全な形を失う。
だが――消えない。
エルが記録する。
「部分統合、成立」
クロエの胸に、わずかな“違和感”が残った。
セレナが低く言う。
「……抱えたな」
クロエは小さく笑う。
「うん」
「軽くはないね」
空を見上げる。
歪んだ世界。
だが――
少しだけ、“確定している”。
エルが告げた。
「選択結果、反映」
クロエが小さく呟く。
「これが、“代償”か」
風が吹く。
今度は、少し重い。
選ばなかったものは、消えない。
抱えるしかない。
それが――
この世界の、ルール。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたら、
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
引き続き「レイヴンクロニクル」をよろしくお願いします!




