第1話:観測の外側
静かだった。
音が、ないわけじゃない。
風も、揺れも、確かにある。
――だが。
“届かない”。
クロエが足を止める。
「……変」
小さく呟く。
セレナが周囲を見る。
崩れた街。
空は紫に歪み、光は断続的に瞬いている。
見えているものは、これまでと変わらない。
だが――
「距離感が、おかしいな」
エルが解析する。
「空間座標、取得中」
「……誤差、増大」
わずかな沈黙。
「位置情報、確定不能」
クロエが眉をひそめる。
「またそれ?」
エルが続ける。
「観測結果、安定しない」
「対象、存在確率――」
一瞬、ノイズ。
「……不定」
沈黙。
セレナが低く言う。
「“あるかどうか分からない”ってことか」
エルが答える。
「肯定」
クロエがゆっくり前を見る。
崩れた建物。
浮かぶ破片。
歪んだ空。
全部、“見えている”。
「でもさ」
一歩、踏み出す。
足音が、遅れて響く。
クロエが止まる。
「……今の、聞いた?」
セレナも気づいている。
「ああ」
もう一歩、踏む。
――コン。
遅れて。
――……コン。
エルが即座に記録する。
「時間同期、崩壊」
クロエが小さく笑う。
「なるほどね」
振り返る。
「ここ、“後から来る”んだ」
セレナが問う。
「何がだ」
クロエは少し考えて、言う。
「“現実”」
沈黙。
エルが補足する。
「観測結果と実在の同期に遅延」
「因果関係、非固定化」
セレナが吐き捨てる。
「厄介だな」
クロエは前を向いたまま言う。
「でもさ」
手を軽く握る。
紫の粒子が、指先に滲む。
「触れるんだよね」
その瞬間。
空間がわずかに歪む。
エルが反応する。
「局所干渉、確認」
クロエが笑う。
「なら――」
一歩、踏み出す。
今度は、音が遅れない。
セレナが目を細める。
「……変えたな」
クロエが答える。
「うん」
「“合わせた”」
沈黙。
エルが記録する。
「干渉により、現実側の同期補正を確認」
クロエが空を見る。
歪んだ渦。その奥。
“向こう側”。
「ここさ」
静かに言う。
「見えてるだけじゃ、ダメだね」
セレナが頷く。
「ああ」
「“選ばないと”、存在しない」
風が吹く。
今度は、遅れない。
エルが告げる。
「領域定義:観測外」
クロエが笑う。
「いいじゃん」
「やること、ハッキリしてる」
一歩。
その先へ。
“選択しなければ、存在しない世界”。
だから――
選ぶ。
その瞬間。
遠くで、何かが“ズレた”。
セレナがわずかに構える。
「……今のは」
エルが即座に応答する。
「不明反応、検出」
クロエが目を細める。
「来るね」
空間がわずかに歪む。
何かが――“もう一つの位置”から滲み出る。
輪郭は曖昧。
だが。
“こちらを見ている”。
エルが警告する。
「未選択存在、干渉兆候」
セレナが低く言う。
「……出るか」
クロエは少しだけ笑う。
目を細める。
その“揺らぎ”の奥。
一瞬だけ。
“自分と同じ影”が重なる。
すぐに消える。
クロエが小さく呟く。
「……そういうことか」
この世界は、ただの不安定じゃない。
“選択そのもの”に、反応している。
そして――
“選ばなかったもの”は、消えない。
どこかで。
残り続ける。
――形を持つ前のまま。
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