番外編:黒の記憶
それは、“終わり”が生まれた日の記憶。
少女は知らなかった。
自分が――すべてを終わらせる存在だと。
そして、初めて“拒絶”した。
それは――断片的な記憶。
壊れた映像のように、途切れている。
夕焼け。赤く染まった空。
その下で、少女は笑っていた。
『クロエ』
誰かが名前を呼ぶ。
優しい声。温かい手。
「早く帰ろう」
少女は頷く。
その時は、まだ――普通だった。
⸻
次の瞬間、世界が崩れる。
音。悲鳴。光。
そして――黒。
「……なに、これ」
幼いクロエは立ち尽くす。
周囲が、消えていく。
建物が、空が、人が――“削れていく”。
「やだ……」
手を伸ばす。届かない。
触れた瞬間――消える。
「……いや」
理解できない。理解したくない。
だが、それは止まらない。
⸻
「……クロエ」
背後から声。振り向く。
そこには――誰かがいた。
顔は思い出せない。
ただ、微笑んでいた。
「大丈夫」
優しく、静かに。
「怖くない」
その言葉と同時に、黒が溢れる。
クロエの中から――
「――っ!!」
叫びにならない声。
世界が、一瞬で消えた。
静寂。何もない。
本当に、“何もない”。
クロエだけが、そこに立っている。
「……なに、これ」
同じ言葉でも、意味は違う。
足元が崩れる。存在が揺らぐ。
その時――影が動いた。
「……やっとか」
低い声。黒の中から現れる。
鴉。
ノクス。
「遅ぇよ」
クロエは震えながら見上げる。
「……だれ」
ノクスは笑う。
「お前の“終わり”だ」
意味はわからない。だが妙に、しっくり来た。
「……終わり」
ノクスが近づく。
「全部、消したな」
淡々と、事実だけを告げる。
クロエの瞳が揺れる。
「……ちが」
否定しようとして、止まる。
思い出す。触れたものが、消えた感触。
「……私」
声が震える。
「やったの……?」
ノクスは答えない。
ただ、短く言う。
「受け入れろ。それが、お前だ」
沈黙。涙が落ちる。
だが、地面に触れる前に――消える。
「……やだ」
クロエはしゃがみ込む。
「こんなの……やだ」
初めての拒絶。初めての感情。
ノクスは、それを見て。
「……いいねぇ」
少しだけ、楽しそうに笑う。
「壊れてねぇ」
⸻
クロエは顔を上げる。涙でぐちゃぐちゃのまま。
「……どうすればいいの」
ノクスは少し間を置き、言う。
「簡単だ」
翼が、広がる。
黒い翼。禍々しく、それでも美しい。
「使え」
クロエの背中に、何かが触れる。
熱い。痛い。でも――嫌じゃない。
「終わらせろ」
その言葉が、深く刺さる。
クロエの背から――黒翼が現れる。
「――っ」
初めての力。初めての理解。
「……これが」
手を見る。震えている。
だが――
「……私」
ノクスが頷く。
「そうだ。お前は“終焉”だ」
その瞬間、記憶が閉じる。
⸻
現在。
クロエは目を開ける。
廃ビルの中。静かな呼吸。
「……夢」
小さく呟く。
だが、手を見つめる。わずかに震えている。
隣では、セレナが眠っている。穏やかな顔。
クロエは、少しだけ笑う。
「……消したくないな」
小さな声。
過去の自分とは、違う選択。
ノクスが低く呟く。
「変わったな」
クロエは肩をすくめる。
「そりゃね。終わらせるだけじゃ、つまんないし」
ノクスが笑う。
「いいねぇ」
その変化が、未来を変える。
遠くで、ノクティアが静かに見ていた。
その観測は――もはや“記録”ではない。
「……変動」
小さく。確かに。
世界が、動き出している。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
“終わらせるだけの存在”だった少女は、
初めて“終わらせない”という選択をした。
――その矛盾が、世界を壊す。
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