番外編:白の檻
これは、“観測者”だった頃の記録。
感情も、迷いも許されなかった存在が、
初めて“疑問”を持った、その始まり。
――すべては、あの0.03秒から。
それは、記録された過去。
だが――“誰の記憶にも残らない”。
白い空間。
無機質で、終わりがない。
音もない。
感情もない。
そこに、一人の少女が立っている。
「識別コード:S-07」
淡々とした声が響く。
「観測適性、確認」
少女は、答えない。答える必要もない。
それが、“正しい”から。
「名称付与」
わずかな間。
そして――
「セレナ・アルヴィス」
それが、“彼女”の始まりだった。
時間の概念は存在しない。
繰り返されるのは――観測、記録、修正。
それがすべてだった。
「対象:異常発生」
「修正指示、実行」
セレナは命令通りに動く。
迷いも、感情もない。
ただ正確に。完璧に。
“世界の誤差”を消していく。
⸻
ある日。初めて、“揺らぎ”が生まれた。
目の前にいたのは――泣いている子供。
“修正対象”。消すべき存在。
「……不要要素」
それでも。
「……なぜ、泣く」
答えは返ってこない。
当然だ。それは観測項目ではない。
「……不明」
セレナは、初めて迷う。
ほんの一瞬だけ。
だが――
「修正実行」
光が走る。子供は消えた。
跡形もなく。
“正しく”処理された。
「誤差、確認」
背後から声がする。
振り向くと――レグルス・ヴァイン。
「今、迷ったな」
冷たい視線。
セレナは答える。
「……誤差、0.03秒」
「不要な遅延だ。排除しろ」
セレナは頷く。
「了解」
だが、その“0.03秒”は消えなかった。
⸻
別の観測室。
そこには、“それ”がいた。
白い梟。静かに佇む。
ノクティア――観測補助機構。
セレナが認識するも、ノクティアは答えない。
ただ、すべてを見ている。
ある時、セレナが呟いた。
「……疑問」
ノクティアが首を傾げる。
「なぜ、排除が必要か」
それは、本来“存在しないはずの問い”。
空間が静止する。
ノクティアの瞳がわずかに光る。
「……観測対象、拡張」
初めて、ノクティアが応答した。
だが、それは答えではない。
ただ、“記録”。
セレナは、それ以上を求めなかった。
まだ、その段階ではない。
⸻
そして、あの日。すべてが変わる。
「対象:黒翼契約者」
クロエとの出会い――未来が、崩れた。
観測不能。演算不可能。定義外。
「……なぜ」
何度も問い続けたが、今度は違った。
そこに、“感情”があった。
「……楽しい」
クロエの声。
理解できない。理解できないはずなのに、
その言葉が消えない。
⸻
現在。
セレナは静かに目を閉じる。
廃ビルの中、クロエの隣で。
かつての自分を思い出す――
白い檻、命令だけの世界。
「観測者」
そう定義されていた存在。
だが、ゆっくり目を開ける。
隣には、クロエがいる。笑っている。無防備に。
「……違う」
小さく、揺るがない言葉。
「私は――」
答えはまだ完全じゃない。
それでも、確かに変わっている。
遠くで、ノクティアが静かに見ている。
その瞳には、かつて存在しなかったものが宿る。
「……観測、継続」
だが、その意味は――もう、同じではない
ここまで読んでくれてありがとうございます。
0.03秒の迷い。
それは“誤差”ではなく――始まりだった。
今のセレナがいる理由、
そしてクロエと出会った意味は、本編で明らかになります。
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