第18話:顔
顔を向けた。
それだけだった。
たったそれだけで。
観測深層全体が沈黙した。
音が消える。
光が止まる。
水面が凍り付いたように動かない。
クロエの呼吸が止まる。
見てはいけない。
本能が叫ぶ。
だが。
目を逸らせない。
裂け目の向こう。
外側。
そこにいた“何か”が。
ゆっくりと。
こちらを見る。
巨大だった。
大きいという言葉では足りない。
世界そのものより。
深層そのものより。
遥かに。
遥かに大きい。
だが。
クロエは気付く。
それは人の顔に似ていた。
目。
鼻。
口。
輪郭。
ただし。
あまりにも巨大すぎて。
人間が人間として認識できないだけだった。
ノクスが震える。
初めてだった。
あのノクスが。
恐怖を隠せていない。
「……嘘だろ」
セレナも固まっていた。
翼が震えている。
エルの輪郭が乱れる。
存在固定。
限界。
それでも。
誰も動けない。
その時。
群青の瞳の少女が前へ出た。
最初のクロエ。
彼女だけは。
静かだった。
まるで。
昔から知っていたみたいに。
『また会ったね』
クロエの瞳が揺れる。
また。
その言葉。
まるで再会みたいな。
懐かしい誰かへ向けるような。
そんな声。
外側の存在は答えない。
ただ。
見ている。
じっと。
群青の瞳の少女を。
そして。
クロエを。
その瞬間。
クロエの頭へ。
映像が流れ込んだ。
無数の世界。
無数の終焉。
何万回もの失敗。
そして。
最後に必ず。
同じ光景があった。
黒髪の少女が立つ。
世界の終わりに。
たった一人で。
外側を見上げている。
その姿は。
全部違う。
でも。
全部クロエだった。
クロエは息を呑む。
「……なんで」
声が震える。
「なんで私なんだ」
その瞬間。
初めて。
外側の存在が反応した。
言葉ではない。
声でもない。
だが。
全員の頭へ。
同時に流れ込む。
理解不能な情報。
存在の奔流。
そして。
その中に。
たった一つだけ。
意味を持つ感情があった。
——探している。
クロエの瞳が揺れる。
群青の瞳の少女も。
エルも。
セレナも。
ノクスも。
全員が凍り付く。
探している。
何を?
誰を?
その答えを。
最初のクロエだけが知っていた。
少女は静かに目を閉じる。
そして。
小さく呟いた。
『……まだ覚えてたんだ』
裂け目の向こう。
巨大な顔の奥で。
無数の瞳が。
一斉に開いた。
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