第12話:本体
静寂。
誰も動かなかった。
クロエは、
ノクスを見る。
「本体?」
ノクスの表情は、
珍しく硬い。
冗談もない。
笑みもない。
ただ空の奥を見ている。
「今までの“指”は」
低い声。
「ただの接触だ」
クロエ。
「は?」
ノクス。
「手の先っぽだよ」
空気が止まる。
クロエ。
「……え?」
セレナの顔色も変わる。
エルのノイズが乱れる。
「観測情報、
一致」
「外側存在、
未侵入」
クロエ。
「待て待て待て」
頭を抱える。
「今ので侵入してないのかよ!?」
誰も否定しなかった。
その瞬間。
空が割れる。
轟音。
観測深層全体へ、
巨大な亀裂が走った。
三本の“指”が止まる。
いや。
動きが変わる。
何かを引っ張っている。
向こう側から。
世界の外から。
ゆっくりと。
何かが近づいてくる。
深層主が咆哮した。
今までで最大の叫び。
恐怖。
怒り。
拒絶。
そんな感情すら混じっている。
巨大な腕が、
裂け目へ伸びる。
だが。
届かない。
裂け目の向こう。
“それ”がいた。
影。
輪郭すら見えない。
大きすぎる。
認識できない。
見ているだけで、
頭が痛くなる。
クロエの視界が揺れる。
ノイズ。
記録。
観測線。
全てが乱れる。
セレナが即座にクロエの目を塞ぐ。
「見るな!」
遅かった。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
クロエは見てしまった。
瞳。
巨大な瞳。
今まで現れていた“目”とは違う。
比較にならない。
あの巨大な目でさえ、
ただの観測端末だった。
これは。
もっと根源。
もっと深い。
クロエの膝が崩れる。
呼吸ができない。
「……っ」
涙が零れる。
恐怖ではない。
理解できない感覚。
存在そのものが、
拒絶している。
エルが前へ出る。
崩れかけた身体。
それでも立つ。
銀髪が、
青い光へ溶けていく。
「観測権限照合」
ノイズ。
「照合失敗」
「権限階層差、
無限大」
ノクスが苦笑した。
「だろうな」
その時だった。
深層主が、
突然こちらを見た。
巨大な青い瞳。
その視線は、
クロエへ向く。
静かに。
まるで何かを託すように。
次の瞬間。
深層主の身体が、
光になった。
世界が止まる。
セレナが目を見開く。
エルのノイズが止まる。
クロエだけが、
その光を見ていた。
深い青。
無数の記録。
無数の可能性。
無数の失敗。
全てが。
クロエへ流れ込んでくる。
そして最後に。
深層主の声が響いた。
『継承者』
空気が凍る。
クロエ。
「……は?」
深層主は続ける。
『観測深層を』
『託す』
その瞬間。
深層主が崩壊した。
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