再会 #2
ようやく出会えたヴェルブンクに、もう一度顔を伏せつつしがみつくアンバーに、誰もが声をかけられない状態が少し続いた。
その均衡を破るかのように、ヴェルブンクはアンバーの背中を、優しくポンポンと叩いた。
幾分目を潤ませながら、その手を離したアンバーに、ヴェルブンクは片膝をついた。
藍色の長いローブが、ふわりと揺れ地面に触れる。
立っている時はオリーブと同じくらいだった目線を、アンバーと同じ高さに合わせる。
そして、優しくアンバーに語りかけた。
「随分と大きくなりましたね」
「……はい」
「あの村から、こんな遠くまで来るのは、大変だったのではないですか?」
「一人では無理だったけど、皆さんが助けてくれたので」
「ふむ」
そう言うと、ヴェルブンクはクロム達に目を向ける。
その視線に気がついて、軽く会釈をするクロム。
それを見たヴェルブンクは、おおよその状況について理解をしたような感じで、軽くうなずく。
もう一度アンバーを見ると、にこやかに問いかける。
「こんなに遠いところまで私を訪ねてきてくれた理由を聞きたいところですが、私も歳であまり長いこと立ち話はできません。よければ、私の住んでいる家に来てもらって、ゆっくりと聞かせてもらってもいいですか?」
その言葉に答える代わりに、アンバーはぎゅっとヴェルブンクの手を握ってうなずいた。
ヴェルブンクは、その仕草を見ると、くるりと後ろを振り向いた。
その時初めて、ヴェルブンクに同行していた狩人たちが控えていたことに、クロムは気がついた。
(狩人だから、気配を消すのが上手なのかな?)
そんな感想を持ったクロムに、またもヴェルブンクが目を向ける。
考えていたことに気づかれてしまったのかと、身を固くするクロムだったが、すぐにまた狩人の方を向くと、直接家に行くので村に送ってもらう必要はないことを狩人たちに告げる。
よくあることなのか、狩人たちは何も言わずに村へと続く道を歩いていった。
「それでは私たちも参りましょう」
そう言うと、ヴェルブンクはゆっくりと歩き始めた。
すぐ後ろを追うように、アンバーがついていく。
その姿を見たクロムとオリーブが、どちらからともなく感想を呟く。
「よかったわねぇ、アンバーちゃん。ようやく会いたかった人に会えて」
「はい。私もなんだか幸せな気持ちです」
一行が森の小径をしばらく歩くと、やがて見通しの良い山道に出た。
高所特有の冷たい風が、時折ひゅうと音を立てて山から吹き下ろしてくる。
クロムたちは思わず襟をぎゅっと立てるが、前を行くヴェルブンクとアンバーは、微風でも吹いているかのように気にもせず歩いていた。
そして、小さな丘を二つ超えたあたりで、大きな木の下に小屋が見えてきた。
その小屋に近づくにつれて、クロムはそれが、かつてアンバーが住んでいた村に近いところにあった、ウルフと戦った時の小屋に似ていることに気がついた。
やがて、小屋の正面にある扉の前に来ると、ヴェルブンクは袂から小さな紙を取り出す。
その紙に触れると、小さな魔法陣が現れた。
そして、かちりという解錠音と共に消え去った。
扉を開けて、まずヴェルブンクが中に入る。
部屋の真ん中にあるやや大きなテーブルの横で振り返ると、軽い会釈をしてヴェルブンクは一行に語りかけた。
「ようこそ、私の侘び住まいへ。大したおもてなしはできませんが、ゆるりとお過ごしください」
そう言うと、ヴェルブンクはゆっくりと椅子に腰掛けた。
続いてアンバーがすたすたと歩み入り、ヴェルブンクの横に腰掛ける。
それを見て、クロムたちも一礼をして小屋に入り、テーブルの周りに腰掛けた。
クロムがぐるりと部屋を見渡すと、壁一面が書棚となっていて、本やノートが整然と並べられているのを見ることができた。
小さな窓の下には、一人用の机と椅子が置かれていて、描きかけの魔法陣が記された紙が無造作に並んでいた。
「さて」
ヴェルブンクの語りかけに、ハッとしたクロムは慌てて姿勢を正して、ヴェルブンクの方を向く。
そんなクロムを微笑ましげに見ながら、ヴェルブンクは話し始めた。
「色々と積もる話はありますが、まずは自己紹介から始めましょう。私の名前はヴェルブンク。すでにアンバーからお聞きかと思いますが、古代魔法を幾ばくか使います。以前はアンバーの住んでいた村でお世話になっていましたが、今はこの村にて、魔法の研究をしております」
そう自己紹介を行うと、ヴェルブンクは軽く頭を下げた。
それを受けて、ラーセンがアンバーをチラリと見ながら自己紹介を始める。
「ご丁寧な挨拶、痛み入る。私はラーセン。古典魔法を主に使っている魔法使いだ。過去に失われたと言われる魔法の統一理論を探して、旅を続けている。彼女の村を治めていた村長の許しを得て、失礼ながらあなたが住まわれていた小屋に入らせていただき、さまざまな資料を見せていただいた。非常に興味深いことが書かれていて、一度会って話をしたいと思い、同じくあなたに会いたいという彼女を連れてここまでやってきた。色々ご教授いただきたい」
そう言うと、ラーセンは深々と頭を下げた。
ラーセンの旅の目的を聞いたヴェルブンクは、微かに興味を惹かれた表情を浮かべて答える。
「統一理論については、私も思うところがあります。私の知っていることであれば、喜んでお話しいたしましょう。その前に、隣に座られている若いお二人のことも、聞かせていただいてよろしいでしょうか?」
年齢からくる威厳のようなものを感じたクロムは、思わず学校で教授から指名を受けたような気持ちになり、勢いよく椅子から立ち上がった。
そしてすぐに、勘違いに気がついて赤面してしまったところに、オリーブが追い打ちをかける。
「あらあら。学校の授業と勘違いしちゃったのかしらねぇ、クロちゃん」
「ち、違います。ちょっと間違えただけです」
こほんと咳払いをすると、あらためてクロムは自己紹介を始めた。
「初めまして。私の名前はクロムです。ジュリアード魔法女学園で近代魔法を学んでいました。ある時ラーセンさんに出会い、古典魔法の存在を知りました。古典魔法について研鑽を積みたいと思い、ラーセンさんを師と仰ぎ一緒に旅をしています。あとアンバーちゃんは、私の大切な友達です」
「それはそれは、アンバーの友達になってくれてありがとうございます」
アンバーの友達、のところに力を込めて挨拶をしたクロムを、ヴェルブンクはにこやかに受け入れた。
最後にオリーブが気だるげに、しかし失礼ではない態度で話し出す。
「あたしはオリーブよ。尊敬する魔法使いのおばあさまの生前の願いを受けて、ラーセンさんと一緒に旅をしています。ただ、前に訪ねたエオリアン公国で、その願いのほとんどは叶ってしまったの。だから今は、クロちゃんとアンバーちゃんのお世話係として、一緒に旅をしているわ。よろしくね」
「えっ、そうなんですか、オリーブさん?!」
「あら、言ってなかったかしらね。特にクロちゃんは向こう見ずで見ててハラハラさせられるから、いつも心配で心配で……」
そのやりとりに、みんなが思わず笑い出す。
反論したいけれども、そんな雰囲気でなくなってしまって、どうすればいいかわからなくなったクロムはバツの悪い表情を浮かべながら俯いてしまう。
そんなこんなで全員の自己紹介が済んだ頃、疲れが出てきたアンバーが船を漕ぎ始めた。
それを見たヴェルブンクは、アンバーのくせっ毛が跳ねた頭を軽く撫でる。
安心し切ったようなアンバーがヴェルブンクにもたれかかると、やがてその口元から幸せそうな寝息が漏れ始めた。
それを見たヴェルブンクは、クロムに問いかける。
「さて、私の可愛い弟子はお疲れのようだ。よければ隣の部屋にあるベッドまで連れていっていただけないだろうか?」
「は、はい! アンバーちゃんを寝かしつけてきます」
「ありがとう。目が覚めた時に誰もいないと寂しい思いをさせてしまうので、よければクロムさんも一緒にいていただけますか?」
「わかりました!」
そう言うとクロムは、アンバーをひょいと抱えて隣の部屋へと移動する。
それを見届けると、ヴェルブンクはラーセンに語りかける。
「アンバーは、皆さんにとても大切にしていただいているようですね」
「大切、と言えるかどうかはわからないが、危険なことには合わせないよう、最大限配慮しているつもりだ」
「ここまでアンバーを連れてきていただいて、ありがとうございます」
「私もあなたには会いたかったので、礼には及ばない」
「なるほど。それではそういうことにしておきましょう。では、魔法のお話でもいたしましょうか?」
「よろしいのか?」
「もちろんです。普段なら一人で黙々と魔法陣の研究をしている時間です。それが今日は、魔法に詳しい方とお話しできるという楽しい時間になりそうで、少しワクワクしています。パンと簡単なつまみを持ってきましょう。お酒は嗜まれますか?」
ラーセンとオリーブが頷くと、ヴェルブンクは奥の部屋からパンやつまみ、そしてワインの瓶を何本か持ち出してきた。
「今日は存分に話し合いましょう。夜は長いです」
その晩、ヴェルブンクとラーセンは、夜が更けるまで魔法談義を続けた。
特に、三つの魔法を統一的に扱う可能性については、とても熱が入ったものとなった。
そんな二人の会話を肴に、オリーブはワインをちびちびと飲んでいた。
いつまでも話は続きそうだったが、気がつくと夜空にかかっていた雲はなくなり、窓から月の光が差し込んできた。
その光を見た二人が、どちらからともなく、一旦お開きにしようと提案する。
ゲストルームを案内されたラーセンとオリーブが部屋の中へと進むと、ヴェルブンクもアンバーとクロムが入っていった自室へと戻る。
そこには、ベッドの上で寝息を立てているアンバーと、その横でアンバーを見守るかのように椅子に座りながら眠っているクロムの姿があった。
(本当に良い人たちに巡り合いましたね)
そう心の中で思ったヴェルブンクは、クロムに毛布を優しくかけると、部屋の片隅に置いてある安楽椅子に腰掛けて眠ることにした。




