再会 #1
小柄なロバが引く馬車が、緩やかに登る坂道を進んでいた。
坂道の伸びるはるか先には、冠雪した高い山が見えている。
薄曇りの空からは、雪がちらちらと舞い降りている。
荷馬車の中では、いつもより少し饒舌なアンバーがクロムと話し込んでいた。
話すたびに、白い息がアンバーの小さな口からたちのぼる。
アンバーが饒舌な理由は、旅立つ前に宮廷魔法使いのパヴァーヌが、アンバーにかけた一言だ。
「ところでアンバー殿。あなたが使われた魔法は、もしかして古代魔法ですか?」
魔法比べが終わった後、近くのベンチに腰掛けて休憩しているアンバーに、パヴァーヌが声をかける。
「あ、は、はい。そうですが、何か……」
「いや、なかなか見事な魔法だなと思ったのと……」
貫禄あるパヴァーヌに声をかけられて、緊張するアンバー。
しかし次の一言が、アンバーの緊張を一気に吹き飛ばす。
「何年か前に、とある魔法使いに同じような古代魔法を見せてもらったことがある」
「えっ!」
「だいぶ歳を召されていたが、見事な古代魔法だった」
「そのお話、詳しく聞かせてください!」
その後パヴァーヌは、アンバーとその他のメンバーに、当時のことを語り始める。
旅の魔法使いと自己紹介をした後、この闘技場でいくつかの古代魔法を披露した。
そして、ひとしきり宮廷魔法使いとの会話を終えると、今ラーセンたちが手にしている日記を書いた魔法使いの足取りを追っていることを伝えた。
パヴァーヌが宮廷の図書室に保管されていた研究成果を見せると、その魔法使いは礼を言い、日記を書いた魔法使いの足取りを追って旅立っていったという。
アンバーが期待を込めてその魔法使いの名前を問うと、パヴァーヌは思い出すように目を閉じて、少し沈黙する。
そして思い出したかのように目を開けて答えた。
「確か、名をヴェルブンクと」
その名前を聞いた時のことを思い出すかのように、一旦アンバーの一方的な魔法使い語りが止まる。
そんなアンバーに、オリーブが問いかける。
「もうどれくらい、その魔法使いとは会っていないんだっけ?」
「三年くらいですね。私のこと、覚えていてくれるといいんですけど」
「大丈夫よう。こんな孫みたいに可愛い弟子のことを忘れてしまう人なんか、いないわ」
「……ありがとうございます」
オリーブの根拠のない励ましだが、それでもアンバーの気持ちが少し楽になる。
もらった時には大き過ぎるかと感じた魔法の杖も、今では大分使いこなせるようになってきた。
そしてもしかしたらおじいに会えるかも、という期待感と合わせて、その杖を抱えるように持ち直した。
「結構登ってきたわね」
クロムが、窓の外の景色を眺めながらつぶやいた。
ゆっくりと、しかし確実なペースで歩くロバに引かれて、荷馬車は道を進んでいく。
道の両脇は、うっすらと雪化粧がされた地面が広がっている。
時折、野生の動物の足跡が残っているのが見える。
先ほどよりは少し薄暗くなっていて、だんだんと夕方になっていることを感じさせる。
そんな静かな山道を進んでいると、ロバを操る御者が村が見えてきたことを荷馬車の乗客に伝えた。
真っ先にアンバーが窓から顔を出す。
続いてクロムも、その後ろから顔を出す。
すると、正面に見える山の麓に、ちょっとした村が見えるのが確認できた。
「なんだか、アンバーちゃんの住んでいた村に似てるわね」
「はい、ちょっと懐かしい感じもします」
クロムとアンバーが代わる代わる感想を伝え合う。
それからもう少しだけ荷馬車は進み、少し道が下り坂になりかけたあたりにある小さな馬寄せ場で、御者が荷馬車をとめた。
御者が扉を開けると、待ちきれなかったようにアンバーがぴょんと飛び降りる。
ついでクロムも飛び降りたところで、御者が踏み台を用意した。
オリーブ、そしてラーセンと数名の乗客が降りると、御者はロバの引き手を手に取って繋ぎ場の杭につなぐ。
そして、広場の中にある休憩小屋へと入っていった。
「ラーセンさん、早く行きましょう」
はやる気持ちを抑えられず、アンバーはラーセンをせかした。
そして、小走りで村へと駆け出した。
「ああ、待って、アンバーちゃん!」
その後をクロムが追いかける。
村の入り口を潜り抜け、それほど広くない広場で立ち止まる。
外部の人が滅多にやってこないこの村に突然やってきた二人を、村人たちは興味深げに眺める。
その視線に気づいたアンバーは、突然元々の引っ込み思案が復活して、クロムの背後に隠れてしまう。
一手に視線を集めることになったクロムは、困ったなあという感じで頭をかきながら挨拶を始める。
「あの、皆さんこんにちは。クロムと言います。こちらはアンバー。あと二人いるのですが、その四人で旅をしています。どなたか村の代表の方を紹介していただける方は、いらっしゃらないでしょうか?」
たまたま広場にいた何人かの村人が、囁き合うように相談をする。
そして、その中にいた一人の女性が、代表するようにクロムの問いかけに答えた。
「クロムさんとアンバーさん、でよろしいでしょうか? ようこそいらっしゃいました。村の代表なのですが、あいにく今は狩りに出かけておりまして、不在です」
「そうなんですか」
「もしよろしければ、あちらに簡単に休憩できるところがあります。ここは冷えますので、まずはそちらに移動していただいてもよろしいでしょうか?」
そう言うと、女性は広場の反対側にある小さな小屋を指差した。
クロムとアンバーが小屋に入ると、中がほんのりと暖かいことに気づいた。
「暖かいですね」
「ええ。ストーブがあるので」
「本当だ」
「狩りに出かけた人たちがいるときは、帰ったらすぐに体を温められるよう、こうしてストーブを用意しておくんです」
「なるほど」
「帰ってくるまでは、井戸端会議の場になったりもしているんですけどね」
クロムを案内してくれた女性は、そう言うとふふふと笑った。
そして、女性は改めてクロムたちに話しかける。
「さて、あなたたちは、こんな遠くの村まで何をしに来たのかしら?」
その質問に対して、人が少なくなって少し緊張が解けたアンバーが代わりに答える。
「あの、人を探しに」
「あらあら、可愛いお嬢さんだこと。どなたを探しに来たのですか?」
「おじい…… いえ、魔法使いのおじいさんです。名前はヴェルブンク」
「あら、あなたはヴェルブンクさんのお知り合い?」
「ご存じなのですか?!」
思わず身を乗り出したアンバーに、女性は少し驚いたような表情を見せる。
しかしすぐに柔らかな表情を浮かべると、アンバーの目を見て話し出した。
「ヴェルブンクさんは、数年ほど前にこの村にやってきたのよ。普段は村の少し外れにある家で、色々調べ物をしたりしていることが多いわ」
「その家は、どこに?」
「焦らないで。家はそれほど遠くないところにあるんだけど、今行ってもいないわ。実は、先ほど話した狩りのメンバーとして、参加しているの」
「狩り……」
「あの方は魔法が使えるから、いつも狩りの手伝いをしてくれるの。みんな、とても助かると言ってるわ」
魔法が使える、と聞いてアンバーはますますその魔法使いが、ずっと会いたいと思っていたおじいであるという思いを強くする。
そこへ、ラーセンとオリーブがやってきた。
改めてラーセンが挨拶をすると、女性はもう一度現状についてやや詳しめに説明を始める。
狩りは午前中に出発しているが、暗くなる前に終えるので、もう少ししたら帰ってくる。
帰ってきたらこの小屋に寄るはずなので、ここで待っていると良いと提案してくれた。
手を振って小屋から去っていく女性を見送ると、アンバーは山のほうに伸びている道、そしてその先の方を眺めていた。
クロムはアンバーの横に座ると、アンバーと同じところを眺める。
「アンバーちゃんが探しているおじいさんだと、いいね」
「間違いないです。きっとおじいです」
それから少しの間、静寂が小屋の中を包んだ。
ラーセンは、荷物の整理をする。
オリーブは、かじかんだ手をストーブに当てて温める。
クロムとアンバーは、言葉もなく高い山を眺めていた。
「あっ!」
唐突にアンバーが声を上げる。
その目の先には、ぼんやりと何人かの人影が現れていた。
近づいてくる人たちは、肩から弓をかけている。
しかしその中に一人だけ、大きな杖を持って歩く人影を見つけると、アンバーはいつもは片時も手放さない杖を放り投げて、一目散にその人の元へ走り出す。
口から白い息を吐きながらあっという間に集団に駆け寄ると、大きな杖を持った魔法使いの胸めがけて飛び込んだ。
「おじいっ!」
飛び込んできた少女を受け止めた魔法使いは、急に飛び込んできた少女を見据える。
少女が顔を上げると、魔法使いは少女が誰であるかすぐに気づいた。
そして、優しい笑みを浮かべて話しかけた。
「アンバーかい、久しぶりだね」
だいぶ間が空いてしまいました。新章開始です。




