過去との邂逅 #6
魔法比べを終えたオリーブたちは、パヴァーヌと共に元の部屋に帰っていた。
応接のようなスペースに置かれた大きなソファーに、パヴァーヌとオリーブたちが向かい合うように座る。
その脇では、まさか負けるとは思っていなかった勝負に負けた二人の魔法使いが、呆然と立ち尽くしていた。
そんな二人をにこやかに眺めながら、パヴァーヌはオリーブに話しかけていた。
「さて、これでようやく、オリーブ殿からアルマンドの話をゆっくりと聞けそうだね」
「そうね。何からお話しすればよろしいかしら?」
その挨拶を皮切りにオリーブは、アルマンドの思い出話を始める。
アルマンドが、オリーブが子供の頃に初めて会った時のこと。
アルマンドが、スラム街の人たちの暮らしを、魔法で助けていたこと。
アルマンドが、魔法のことを教えてくれたこと。
そして、最後はスラムの人たちに看取られながら、安らかに亡くなったこと。
ソファーに深く腰掛けているパヴァーヌに対して、オリーブは時に身を乗り出しながら語る。
その表情は、これまでの旅の中では見ることのなかった、少年のように純粋なものに見えた。
「今日のオリーブさん、なんだか子供みたいですね」
アンバーもそう思ったのか、クロムに素直な感想を伝える。
そうね、とクロムが答えたところで、パヴァーヌがオリーブに思いがけない一言を伝える。
「どうだろう、このままここに残り、宮廷魔法使いになる気はないか?」
一瞬オリーブの動きが止まる。
しかしすぐさま、動揺を押し隠すかのように腕を組んで答える。
「あら、あたしみたいな人が入ると、宮廷の風紀が乱れるのではなくて?」
「かまわんさ。優秀な魔法使いを採用するのが、私の仕事なのでな。どうだろうか」
「今さら宮仕えして、何かいいことあるのかしら」
「一言で言えば、アルマンドの名誉回復ができる、だな」
その答えこそが、パヴァーヌがオリーブに一番伝えたかったことだった。
軽く咳払いをすると、話を続ける。
「アルマンドがこの国に対して行った数々の功績は、我々宮廷の魔法使いはもちろん、貴族から市井の民まで全てわかっている。ただそれでも、国を出ていった魔法使いの名前を口にするのは、はばかられることなのだ」
「まあ、そうよね」
「しかし、オリーブ殿のような優秀な魔法使いを育てるための出奔だったとなれば、過去を上書きして、新たな功績として彼女の名誉を回復できよう」
オリーブがパーティーを抜けるかもしれない。
パヴァーヌとのやりとりを、クロムとアンバーは固唾を飲んで聞いている。
答えはもちろん決まっているのだが、そんな二人を軽く眺めたオリーブに、ちょっとしたいたずら心が湧く。
そして、軽く返事をする。
「そうねえ。あたし一人では返答しかねるので、一旦みんなと相談させてもらっても良いかしら」
「構わんさ」
「どうも」
ハッとした表情を浮かべるクロムとアンバーには後で謝ることにして、オリーブはラーセンの方に軽く目配せをすると、もう一つの要件についてパヴァーヌに伝えることにした。
「ところで、あたし達からもパヴァーヌさんにお聞きしたいことがあるのですが、よろしいかしら?」
「ああ、何なりと聞いてくれたまえ」
パヴァーヌの了承を得たことで、オリーブとラーセンが交代する。
ラーセンは軽く頭を下げると、パヴァーヌと軽く挨拶を交わす。
「このパーティーのリーダーをしているラーセンだ」
「宮廷魔法使いのパヴァーヌだ。聞きたいことがあるということだが、分かる範囲で答えさせていただこう」
その言葉を聞いたラーセンは、足取りを辿っている昔の魔法使いの日記をカバンから取り出して、パヴァーヌの前に置く。
パヴァーヌは、その日記を手に取ると、パラパラと眼を通す。
時々興味深そうにページをくる手を止めつつ、日記を流し読み終えると、再びテーブルの上に置く。
「これは?」
「私は、近代魔法、古典魔法、古代魔法、それらの魔法を統一する理論を構築するため、失われた過去の魔法を探して旅をしている。旅の途中で、この日記を書いた魔法使いのことを知り、彼の足取りを辿っている」
「ふむ」
「その魔法使いは、かつてこの国を訪れて、当時の宮廷魔法使いと協力して研究を行っていたらしい。しかし戦乱の世となってしまい研究が続けられなくなった魔法使いは、研究成果をここに残したまま次の地へと旅立ってしまったと聞いている」
「その魔法使いの話は、私も聞いたことがある。非常に優秀な魔法使いだったらしい」
「もしよければ、その研究成果を見せていただけないだろうか?」
パヴァーヌの権限をもってすれば、その研究成果の閲覧権限を出すことは容易い。
だが、なんの理由もなく閲覧権限を出してしまうのは、今後のためによくない。
「お見せすることはやぶさかではないが、対価は必要だな」
「それは当然だ。何か我々から出せるものはあるだろうか」
少し困惑したパヴァーヌだが、ふと視界の中に、さっきから緊張しっぱなしで手をぎゅっと握りしめているクロムとアンバーの姿が目に入ってきた。
ちょっと面白いことを思いついたような表情を浮かべて、ラーセンに提案する。
「そうだな。それでは、そこでカチカチになっている若いお二人を、少しお借りしても良いか?」
突然話題に上がって、クロムとアンバーは驚いてパヴァーヌとラーセンを見比べる。
そんな二人を見つめるパヴァーヌを見て、具体的なことはわからないが、おそらく悪いことではないだろうと悟ったラーセンは、クロムとアンバーに確認する。
「そういうことらしいが、二人は問題ないか」
「は、わ、私たちですか? 何をすればいいんでしょうか?」
「それはわからんが、危ないことではないだろうし、二人にできないことは頼まないと思うぞ」
「し、師匠がいいというのであれば、もちろんだい……大丈夫です。ね、アンバーちゃん」
助けを求めるように、クロムはアンバーに目を向ける。
アンバーは、無言でこくこくとうなずく。
それを見たラーセンは、パヴァーヌに回答する。
「二人の了承も得られたので、その条件を受諾しよう」
「それは重畳。では準備ができるまで、しばしここで待たれよ」
数刻ののち、クロムとアンバーはパヴァーヌの側近に連れられて、再び魔法比べを行った演習場に立っていた。
先ほどと違うのは、クロムたちの前に、宮廷に仕える若い魔法使いたちが勢揃いしていることだ。
ようやく状況を受け入れたクロムとアンバーがキョロキョロと辺りを見回すと、側近が魔法使いたちに号令をかける。
「注目!」
ガヤガヤとしていた魔法使いたちだったが、その号令を聞いて整列をする。
「本日は、予定を変更してここにおられるクロム殿とアンバー殿に、特別な魔法実演を行なってもらう。二人とも皆より若いが、こと魔法に関しては非常に優れた使い手だ。短い時間だが、実り多き時間とするように」
「はっ!」
突然の無茶振りに、クロムとアンバーはドギマギとする。
そんな二人に、側近がそっと耳打ちをする。
「クロム殿は先ほどの魔法比べで使ったハルモニー効果を見せてください。アンバー殿も普段使われている古代魔法を一回使っていただければ、大丈夫です」
「は、はいっ!」
そんな感じで、目を白黒させている二人とは別に、ラーセンとオリーブはパヴァーヌに連れられて宮廷の地下にある書庫に移動していた。
パヴァーヌが、臨時で発行された許可証を見せると、書庫の管理人は扉の鍵を開けた。
書庫の中は、冬の寒さもありひんやりとしている。
管理人が壁につけられた魔具を操作すると、書庫の中が魔具によって明るく照らされた。
「こちらだ。着いてきてくれたまえ」
パヴァーヌの後をラーセンとオリーブが追う。
そして、とある一角にある本棚に辿り着くと、そこから一冊の本を取り出す。
積もった埃を軽く手で払うと、パヴァーヌはその本をラーセンに渡した。
「ラーセン殿。こちらが貴殿の探しておられる研究資料ではないかと思われるが、いかがだろうか?」
ラーセンは、手渡された研究資料に軽く眼を通す。
そしてパヴァーヌに対して、間違いなく探している資料だということを伝える。
パヴァーヌは側近に、その他の資料を持たせて、ゆっくりと資料を読み込むことのできるテーブルへとラーセンを案内させた。
一人残されたオリーブに、パヴァーヌは見せたい資料があると言って、別の本棚へと連れていく。
辿り着いた本棚には、綺麗に整えられた資料が並べられていた。
オリーブがその資料を手に取ると、表紙に書かれていた執筆者の名前に眼をとめた。
「おばあさまの名前……」
「そうだ。ここにある資料は、すべてアルマンドの成果だ」
「時々懐かしむように話してくださったことはあったけど、本当にたくさんの成果を残されていたのですね」
「ああ。彼女の名前こそ出せないが、今この街で使われている魔法や魔具は、大なり小なりここにある彼女の研究成果が活かされている。オリーブ殿が望むのであれば、この資料も公開して、彼女の名前を正式に伝えることもできるが」
オリーブは、アルマンドと暮らしていたスラム街の奥にある屋敷を思い出していた。
スラム街にあるとは思えないほど、明るく整えられた庭や、綺麗に掃除の行き届いた部屋。
その中で、荒くれたスラムの住民達とも、にこやかに付き合っていたこと。
魔法を教えてくれる時も、決して荒ぶることはなく、優しく丁寧に教えてくれたこと。
様々な思い出が、オリーブの心の中に浮かんできていた。
懐かしさにふと溢れそうになる涙を、パヴァーヌから見られないように気をつけて拭う。
そして、いつものように少しニヒルな表情を浮かべて、パヴァーヌに答える。
「ありがたいお話だけど、ご遠慮させていただくわ。おばあさまはきっと、自身の名誉などは求められていなかったと思う」
「ほう」
「おばあさまが願っていたのは、魔法がみんなの幸せな暮らしを助けること。そしてそれは、この街ではすでに実現されているわ。つまり、あたしがこの街でおばあさまのためにしなければならないことは、もうないわね」
「なるほど、そういうことか」
「でも、この資料を見せていただいたことは、感謝するわ」
「時間はいくらでもある。ゆっくりと読んでいかれるが良い」
「ありがとうございます。パヴァーヌ様」
パヴァーヌは、管理人にオリーブとラーセンのことを一言言伝てると、部屋を出ていった。
それからしばらくの間、ラーセンとオリーブは、それぞれ資料を読み解いたり、気になったところをメモしたりしていた。
どちらからともなく、そろそろ切り上げようかという合図を送った時には、だいぶ時間が経っていた。
二人は、資料を元の本棚にしまうと、管理人に礼を告げた。
管理人は会釈をすると、書庫の前で待っていた側近に、二人の調べ物が終わったことを伝える。
側近は、二人をクロムとアンバーが置き去りにされた演習場へと案内し始めた。
「クロちゃん達、二人だけで大丈夫だったかしらね」
「大丈夫だろう。この旅でだいぶ自立してきたからな」
置き去りにしたのはラーセンとオリーブなのだが、その辺りには触れずに二人は演習場へと歩を進める。
演習場に近づいてくると、何やら歓声や轟音が響いてくる。
不思議に思った二人が演習場に入ると、まさに大きな魔法が発動したところだった。
魔法の轟音に続いて、並んでいる魔法使い達から歓声が漏れる。
振り返ったクロムは、オリーブとラーセンと見つけると、大きく手を振った。
「あ、師匠、オリーブさん。今までどこにいたんですかー!」
「書庫で調べ物をしていたのよ。それより、クロちゃん。今どういう状況なの?」
オリーブが問い返すと、クロムは満面の笑みで答える。
「見ての通りですよ。ここの人たちと魔法演習をしていたんです」
よくよく話を聞いてみると、最初こそ年下のクロムやアンバーを見て、見下すまではいかないものの、なぜこの二人がここにいるのだろうと、若い魔法使い達は疑問を感じていたらしい。
しかし、クロムが近代魔法と古典魔法を組み合わせたハルモニー効果を実演したり、アンバーが恥ずかしながらも古代魔法を使った瞬間、彼らの目の色が明らかに変わったそうだ。
そしてある者は、自身の近代魔法をクロムの古典魔法と組み合わせて、ハルモニー効果を確認したり、またある者は、アンバーから古代魔法の基本的な使い方について教えてもらい、何人かは簡単な古代魔法が使えるようになったりしていた。
そしてクロムは、普段の旅行中では見せないようなハイテンションで、若い魔法使い達と魔法談義をしていたようだ。
オリーブがクロムの近くまでやってくると、やや興奮した面持ちでクロムが話しかけてきた。
「ここの人たちは、すごい魔法が上手なんですよ。おかげで私も、初めて手加減なしのユニゾン効果の実現に成功したんです。古典魔法も楽しいんですけど、やっぱり近代魔法はかっこいいですね」
「相変わらずクロちゃんはクロちゃんね」
「え、何か言いましたか?」
「ううん、何にも」
そうしている間にも、魔法使い達から声をかけられたクロムは、再びそちらへと戻っていった。
(魔法で人々が幸せになる。この国は今、おばあさまが望んだ時代になっているのね)
魔法が使われるたびに歓声が上がる集団を見て、オリーブは改めてアルマンドと過ごした日々のことを思い出すのであった。
これでこの章は終わりです。
次は、とうとうアンバーが魔法使いのお爺さんと再会します。お楽しみに。




