過去との邂逅 #5
「そうなのですか?」
アルマンドと交流があったというパヴァーヌの発言を聞いて、思わず若い魔法使いが問い返した。
「ああ、だいぶ若い頃の話になるがな」
「……初耳です」
若い魔法使いが驚くのも無理はなかった。
なぜならば、国を捨てた宮廷魔法使いアルマンドは、その存在や功績を語ることは長らくタブーとされてきたからだ。
そして、世代が下がるにつれ、アルマンドが存在したという事実自体も希薄となり、もはや噂か伝説のような扱いに近づいていたのだ。
そのアルマンドを直接知るものが、この部屋に二人も揃っている。
「ところでピラストロ殿……」
「オリーブ、でよろしいですわ。堅苦しい本名で呼ばれるのは、ちょっと苦手なの」
「それではオリーブ殿。アルマンドの晩年の話を聞かせていただきたいのは山々なのだが、初めて会った我々が気軽に話すのは、この宮廷に勤める魔法使いたちにとって、あまり面白いものではない」
「どうすれば、よろしいかしら?」
「ふむ……」
パヴァーヌは思案げな表情で、顎に手を当てる。
良いことを思いついたかのように手を打つと、若い魔法使いとオリーブとを見比べる。
そして、二人に提案を告げた。
「魔法比べを、行ってもらえるだろうか?」
「魔法比べですか、パヴァーヌ様。失礼ですが、我らと市井の魔法使いでは勝負にならぬかと……」
「さて、どうであろうかの」
若い魔法使いの意見を軽く流すと、パヴァーヌはオリーブの方を見る。
オリーブは、何か意図があるのだろうと思いつつ、具体的にそれがどのようなものなのかは、まだ見えていない。
それでも、決して不利な提案をしているのでないことは、雰囲気から理解している。
引き受けても良いと思っているが、念のため、気になることを二、三個ほど聞いてみることにした。
「魔法比べって、どんなことをするのかしら?」
「こちらで用意した課題を、魔法で解決してもらう」
「勝ち負けは、どうやって決まるの?」
「魔法比べをした当人同士で決める。お互い譲らなければ、引き分けだな」
「勝負は一対一?」
「サポートを、一人までつけられる。魔法は、組み合わせが大切なのでね」
組み合わせが大切、といったときに、パヴァーヌがやや意味深な笑みを浮かべた。
その笑みを見たオリーブは、概ねパヴァーヌが期待していることを理解した。
そして、クロムの方に振り向くと、よろしくね、という無言のメッセージを込めて、ウィンクをする。
突然のオリーブからの振りに、え、私? と困惑しているクロムを見ると、オリーブはもう一度パヴァーヌの方に向き直す。そして承諾の意思を伝えた。
「わかったわ。魔法比べ、引き受けましょう」
その言葉を聞いた若い魔法使いは、驚いたようにオリーブの方を向く。
「良いのか? 悪いが手加減はできないぞ」
「あら、心配していただけるの? 手加減していただけたら、助かるわ」
「だから、できないと言っているだろう。降りるなら今のうちだぞ」
「ふふふ、そういう気持ちになったら、お願いするかもしれませんわ」
若い魔法使いが、つかみどころのないオリーブとのやり取りに困惑しているところへ、パヴァーヌが立ち上がってオリーブたちに声をかける。
「それでは、移動しようか」
「あら、ここでするのではないの?」
「魔法比べでは、思う存分魔法を使ってほしいのでな。少し広いところへ移動しよう」
そういうと、パヴァーヌは若い魔法使いに道案内を依頼する。
若い魔法使いは、一礼すると扉を開けて部屋を出る。
その後ろにパヴァーヌが、さらにオリーブたちが後を追う。
廊下をしばらく歩くと、壁と壁の間に階段が見えてくる。
若い魔法使いは、後ろがついてきていることを確認すると、その階段を登り始めた。
皆もその後をついて、階段を登っていく。
少し前を歩くオリーブに、困惑中のクロムが質問をした。
「オリーブさん、さっきの目配せはどういう意味ですか?」
「あら、いつもは鈍いクロちゃんが気づいてくれるなんて、だいぶわざとらしくした甲斐があったわ」
「ふざけないでくださいよ。何か無茶振りさせられるんじゃないかって、ドキドキしているんですから」
「難しい話じゃないわ。魔法比べではサポートが一人までつけられるって、言ってたでしょう? それを多分クロちゃんにお願いするわ、っていうことよ」
「えっ?!」
「まあ、緊張しなくてもいいから気楽に。もしかしたら洞窟でのリベンジができるかもしれないわよ」
オリーブのその言葉に、クロムは初めてオリーブと会った時の、洞窟でのことを思い出した。
目の前に飛んできたバットに驚いてカンテラを落としたり、土壁に刺さったつららを溶かしてちょっと得意げになったりと、思い返すと少し恥ずかしい思い出だ。
あ、あれは、と言い返そうとしたときに、先頭を行く若い魔法使いが、到着した、と告げた。
目の前の大きな扉を開けると、少し短いトンネルがある。
トンネルを抜けると、広い闘技場のようなところに出た。
(ジュリアードの演習場みたい……)
それはクロムに、ユニゾン演習の授業を行っていた、少し嫌なことを思い出させる場所だった。
オリーブは余裕な表情を浮かべている。
「それでは、今回の魔法比べについて、ルールを説明する」
そう言うと、パヴァーヌは懐から魔法の杖を取り出す。
そして、土魔法の魔法陣を描き始める。
それは年齢を感じさせぬ、立派な魔法陣であった。
パヴァーヌが魔法を発動させると、地中から大きな土壁がせり上がってきた。
もう一つ同じ土壁がせり上がると、若い魔法使いとオリーブに、今回の魔法比べのルールを伝える。
「二人には、この土壁を魔法で壊してもらう。いかに激しく壊せたかで、勝敗は決めることにしよう」
魔法比べの準備を終えたパヴァーヌは、競技場の壁際にあるベンチに腰掛けた。
パヴァーヌに手招きされたラーセンとアンバーも、ベンチに腰掛ける。
楽しそうにオリーブを見つめるパヴァーヌに、ラーセンが声をかける。
「随分と、あの若い魔法使いを買っているのだな?」
「おや、そう見えますか?」
「実戦でもない限り、実力もわからない魔法使いといきなり競わせるような、危ないことはさせないだろう」
「それはごもっとも。ただ、実力はわからないが、危ないことが起きないことはわかる」
「なぜ、そう思われる?」
「彼は、アルマンドと暮らしていたのだろう。アルマンドは博愛主義者だ」
「なるほど」
二人は、競技場に元からいた宮廷魔法使いの一人に声をかける、若い魔法使いを見ている。
「彼は優秀か?」
「ここの若手の中では、一、二を争うよ」
「ほう」
「だからこそ、宮廷の外にいる魔法使いたちと競い合ってほしいと思っていた」
「オリーブがお眼鏡にかなったと」
「アルマンドの教え子なんだろう。ならば優秀なはずだ」
そのやりとりを通じても、アルマンドが今なおパヴァーヌの敬意を集めていることが、伺い知れた。
競技場では、魔法比べの準備が着々と進んでいた。
話し合いの結果、若い魔法使いたちが先行することになった。
「土壁を使った訓練は、ここではよく行われているものだ。その点で君たちには不利な条件であるとは理解している。それでも我々は、初回から手加減せずに魔法を使うことにする。その結果を見て、そちらも続けるかどうか判断してほしい」
若い魔法使いがそう言うと、オリーブは軽く頷いた。
それを見た若い魔法使いは、サポートの魔法使いとともに魔法の杖を取り出す。
二人が持っているのは、いずれも近代魔法用の杖だ。
目標となる土壁に、ぴたりと杖を構える。
一瞬、競技場を吹き抜ける風の音以外に、音を立てるものはなくなる。
「いざっ!」
若い魔法使いの掛け声と共に、二人は寸分違わぬ魔法陣を描き始める。
二つの土魔法の魔法陣が重なると、ユニゾン効果が発動して、大きめの岩の塊が土壁めがけて飛んでいき、土壁の一角を崩した。
同じ魔法を二度三度と繰り返し、土壁は半分ほどが崩壊した。
クロムは、二人の描いた魔法陣が、ジュリアード女学園での授業で、他の生徒が描いたものよりも一致の精度が高いことに驚いていた。
そして、素敵な魔法が見られたことに対して、対戦中であることも忘れて拍手をしていた。
その拍手を、負けを認めたと勘違いした若い魔法使いは、ニコリと笑ってクロムに話しかけた。
「どうやらそちらのお嬢さんには、我々の魔法が非常に洗練されていることが伝わったようだ。これを機に宮廷魔法使いと魔法比べをしようなどと……」
「次は私たちの番ですね、オリーブさん」
「えっ?!」
セリフを遮られて、思わず驚きの目でクロムとオリーブを見る、二人の魔法使い。
会心のユニゾン効果を目にして、なお魔法比べをしようとするクロムとオリーブの行動が、理解できないという表情をしている。
オリーブとクロムは、楽しげに作戦会議を始める。
「なるべく派手な方がいいですよね。どうしましょうか?」
「派手なだけではなくて、いろんな魔法を見せるといいかもね」
「そしたら、まずは……」
「いいわねえ、じゃあ次にあの効果で……」
作戦会議を終えると、オリーブとクロムは、お互いの魔法の杖を構える。
「じゃあ最初は、おばあさまの用意した土壁を壊した時の魔法ね。行くわよ、クロちゃん」
「いつでもいいですよ、オリーブさん」
そう言うと、オリーブは水魔法の魔法陣を描き始める。
あの時ほど多くはないが、十にやや満たない数の魔法陣を作って、その場に維持する。
それに合わせてクロムは、手に入れたばかりの新しい杖を使って、魔法の威力を増やす古典魔法の魔法陣を描く。
お互い目配せをすると、描いた魔法陣を同時に発動させる。
近代魔法と古典魔法が組み合わされることによるハルモニー効果により、水魔法はツララとなって猛スピードで土壁に突き刺さる。
「なっ?!」
ハルモニー効果を初めて見た魔法使いの二人は、飛んでいく魔法のスピードに驚く。
その二人の驚きが冷めないうちに、オリーブとクロムは二つ目の魔法陣を描き始める。
これは、トレントを倒したときに作った、異なる整数比の太さを持つ近代魔法同士のユニゾン効果だ。
ただし、あの時は風魔法だったが、今回は火魔法の魔法陣を描いている。
二人が魔法陣を発動させると、通常のユニゾン効果により得られる大きな球体の火魔法ではなく、いびつな感じで拍動する火の玉となって飛んで行った。
その魔法が土壁に当たると、当たったところを中心に放射状にひび割れが起こる。
そして土壁は、ピシピシと音を立てると、ツララが刺さったところ同士にもひび割れが繋がり、最終的には全て崩れ去ってしまった。
二発の魔法の効果に満足したクロムとオリーブは、パン、とハイタッチをした。
「こ、これは……」
若い魔法使いは、たった二つの魔法で完全に崩れ落ちた土壁を、声もなく眺めていた。
魔法比べは、オリーブとクロムの圧勝で幕を閉じたのだった。




