過去との邂逅 #4
「オリーブさん、とうとう何かやっちゃたんですか?」
「あの、その、えと、自首すれば罪が軽くなるとか……」
クロムとアンバーは、オリーブが何か悪いことをして捕まってしまったのではと、本気で心配していた。
トンチンカンな二人の勘違いを楽しむかのように、オリーブは二人の意見を否定する。
「バカねえ、あたしがそんなヘマするわけないでしょ」
「ヘマって、これまでにも過ちを……」
「とにかく、今回は純粋に招待されただけだから、何も心配しなくていいわよ」
「そ、それならいいんですけど」
そう言うと、オリーブは声をかけてきた若い魔法使いに相対した。
自信ありげに振る舞うオリーブに対して、同行を伝えた若い魔法使いの方がやや緊張している。
オリーブは、初めて会いましたというていで挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります、若き魔法使い様。私にどのようなご用でしょうか?」
正面からオリーブに問いかけられることを想定していなかった魔法使いは、一瞬言葉に詰まる。
しかし、ここに来る前に上司の宮廷魔法使いに相談していた内容を思い出し、かろうじて平静を保って返事をする。
もちろんオリーブには、そのような動揺の気配は筒抜けだ。
「今日の昼間に、偶然あなたを見かけた。我が国の歴史について、熱心に調べられているご様子だった。宮廷には、歴史に詳しいものや、街の図書館より詳しい歴史書なども用意されている。もし興味があればと思い、お誘いさせていただいた」
「まあ、すてき。もしよければ、あたしの同行者たちもご一緒してよろしいかしら?」
「もちろんだ」
魔法使いに手招きされたオリーブは、ラーセンに軽くウィンクをする。
ラーセンは、やれやれという調子で、オリーブを眺める。
オリーブは、あっ、と何かを思い出したかのように手を打つと、魔法使いに問いかける。
「ところで、今からお伺いすれば良いのかしら?」
「いえ、今日はもう大分遅い。明日の午前中に来てもらえればと思う。お泊まりの宿を教えていただければ、明日使いを出す」
「よかったわ。うちにはお子様が二人いるので、門限が厳しいの」
そういうと、オリーブと魔法使いは短いやり取りを行う。
そして若い魔法使いは、その場を立ち去った。
冬ではあるが活気にあふれた商店街に、先ほどの魔法使いの姿が紛れて消える。
それを見届けたオリーブは、パンパンと手を打つと、宿に戻ることを提案した。
宿に向かう途中、クロムがやや納得いかない感じで、オリーブに苦情を入れる。
「ねえ、オリーブさん。さっきのやり取りでひとつ気になることがあるんですけど」
「あら、何かしら」
「私、子供じゃないですよ。あのまま宮廷に行っても、全然大丈夫でしたよ」
「うん、知ってる」
「じゃあ……」
「クロちゃんが大丈夫、ってことになっても、アンバーちゃんは眠いわよね」
そう話をふると、アンバーが首を縦にふる。
ただ、質問に対して頷いたのか、あるいは眠くて単に船を漕いだだけなのかはわからなかった。
「あそこで、クロちゃんは元気です、って言ったらアンバーちゃん一人のせいで延期ってことになっちゃうわよね。それはちょっと、アンバーちゃんが可哀想だと思わない?」
「それは、そうですけど」
「だから、アンバーちゃんのために、クロちゃんも仲間になってもらったってこと」
「なるほど……」
可愛いアンバーちゃんが一人になってしまうのを防いだという理由に、クロムは納得する。
しかしオリーブは、そんな程度で納得するのは、やっぱり子供よねぇと心の中でクロムを評価していた。
宿に着くと、特に明日の打ち合わせをするでもなく、それぞれの部屋に戻るとそのまま眠りについたのだった。
翌日、宿の食堂で朝食をとっているところに、宮廷からの使者がやってきた。
エントランスの脇の休憩所に使者を待たせると、一同は部屋に戻って出かける準備を整えた。
四人が再びエントランスに集まると、使者はクロムたちを引率するかのように歩き始めた。
同心円状になっている道を一本ずつ内側に入っていき、どんどん中央へと進んでいく。
そして、一番内側に辿り着くと、宮廷を取り囲む壁が見えた。
壁の周りには堀があり、そこにはなみなみと水がたたえられていた。
「クロちゃん、ちゃんと下を見て歩いてね。落ちたら凍死よ」
オリーブのからかいに、クロムが心外ですという表情を浮かべている横で、使者は堀にかけられている小ぶりな橋を渡っていく。
クロムたちも使者について渡り終わった場所には、大門とそこに立てかけられた大きな跳ね橋があった。
「わあ、大きな門ですね」
「普段はこの門は、この状態で閉ざされている。この門が降りるのは、王がお通りになる時と、あとは……」
クロムが素直な感想を述べると、使者は門について簡単な説明をしてくれた。
そして一呼吸おくと、言葉を繋げた。
「戦争の時だ」
そういうと使者は、大門の横の通用口のようなところに近づき、守衛に話しかける。
手に持った書類を見せると、守衛は手元の台帳をめくる。
照合が確認できたところで、クロムたちは通用口から中へと通された。
綺麗に手入れされた広場の先に、大きな建物がある。
使者は、その建物の入り口で、先ほどと同じような手続きを踏んで、建物の中に入っていく。
「随分と厳重な手続きなのですね」
オリーブがからかうように語りかけるが、使者は振り向かずに長い廊下を進んでいく。
階段を二つほど登ると、その階の廊下には石ではなく絨毯が敷かれていた。
まっすぐに進むと、突き当たりに立派な扉が現れた。
使者は、その扉につけられたノッカーをコンコンと鳴らす。
部屋の中から、入れ、という声が聞こえると、使者は扉を開けてその横に立つ。
その声に導かれるように、クロムたちは部屋の中に進む。
部屋の両側には、大きな書棚があり、おそらくは魔法書と思われるものがぎっしりと詰め込まれていた。
部屋の中央には、格調の高さを感じさせる立派な机があり、そこに男が座っていた。
男は、机の上に山と積まれた書類に、目を通していた。
やや小柄な体躯に、ゆったりとしたローブを纏っている白髪の姿は、一見すると年相応の好好爺という雰囲気をまとっているように見える。
しかしよく見れば、隙のない立ち居振る舞いに、相手を威圧する眼力が、乱世を駆け抜けた歴戦の魔法使いであることを裏付けていた。
男の横には、オリーブの後をつけていた若い魔法使いが立っている。
若い魔法使いは、クロムたちが部屋の中央まで進むのを見ると、姿勢を正して男を紹介する。
「エオリアン宮廷魔法使いを束ねられている、パヴァーヌ様だ」
「お初にお目にかかります。私はピラストロ。魔法の歴史を探すために旅をしている魔法使いです。以後、お見知り置きを」
パヴァーヌと呼ばれた男は、手に持った書類を置くと、クロムたちの方を見る。
ラーセンが動くよりも早く、オリーブは一礼をして本名のピラストロとして挨拶する。
その時、若い魔法使いがパヴァーヌに対して問いかけた。
「恐れながら、かの者は、先の戦乱の時代の歴史について、興味がおありのご様子。されどあの時代の歴史を調べるは、公国の闇の一端を垣間見る可能性も。一旦私の方で取り調べをと進言いたしましたが、何ゆえパヴァーヌ様自ら、お会いになられたのでしょうか?」
その発言を聞いたオリーブは、ラーセンを見る。
ラーセンは、だいたいのことを察して、やれやれといった雰囲気を醸し出す。
しばらくは、オリーブにこの場を任せることにしたのだ。
パヴァーヌは、若い魔法使いの言葉に眉ひとつ動かさず、オリーブに問いかける。
「なるほど、戦乱の時代の歴史についてお調べか。ただ、我が公国には、明晰な王のもと他国に秘するような闇などは存在していない。もしそのようなものをお探しであれば、残念ながら徒労に終わるだろう」
「偉大な王が治めるこの国に、そのような秘密があろうとは、全く考えておりません」
二人のやりとりを聞いて、失言をしてしまったことに気づいた若い魔法使いは、ハッとして二人を見る。
しかし、パヴァーヌもオリーブも、全くその点については興味がなさそうに振る舞っている。
そしてオリーブが話を続ける。
「私が探しているのは、当時この国で暮らしていた私の育ての祖母のこと。非常に個人的なことですが、祖母の足跡がこの地で見つけられないかと思い、やってまいりました」
「貴君のご祖母様は、魔法使いであられたか?」
「はい。私にさまざまな魔法を教えてくださいました」
「今はどちらでお過ごしか?」
「残念ながら、数年前に神に召されました」
「そうか……」
オリーブの話を聞くと、パヴァーヌは小さなため息をついた。
それは、ふと心に現れた、その時代の理不尽に対する思いを、吐き出すようなため息だった。
心の整理を終えたパヴァーヌは、オリーブの目を見ると、核心に触れることにした。
「貴君のご祖母様、もしかして、名をアルマンドと言われるのではないか」
「パヴァーヌ様!」
不意に、公国で長らく口にされることを憚られている名前を、公国の宮廷魔法使いの長が口にしたことに、若い魔法使いが驚く。
しかし、オリーブはある程度予想していたことなので、動揺はしない。
ただ、思っていたよりは随分と早く、その名前がパヴァーヌの口から出てきたことには、少し驚いていた。
「いかにも、私のお祖母様の名前は、アルマンド。かつてこの国の宮廷魔法使いとして働いていらっしゃったらしいわ」
「彼女とは随分と、魔法談義を交わした思い出がある」
アルマンドの名を語るパヴァーヌの姿は、宮廷魔法使いの長というローブを脱ぎ捨てた、一人の魔法使いとしてのものだった。




