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過去との邂逅 #3

「宮廷魔法使い?」


 何も知らない体でオリーブが聞き返すと、マスターは寄せていた顔を戻す。

 そして、手元にあるグラスをクロスで拭き取りながら、オリーブの問いに答える。


「宮廷魔法使い。王家直属のエリートたちだ」

「へー、何やら立派な方達みたいね」

「ああ。戦乱の時代には、その強力な魔法で幾度も劣勢を跳ね返した、この国の守り神たちだな」

「でもそれって、昔の魔法使いたちのことよね」


 オリーブの指摘に、マスターがため息をつく。

 丁寧に拭き上げて、曇り一つなくなったグラスを、カウンターの上にあるグラスホルダーにひっかけると、オリーブの目を見ずに、独り言のように話を続ける。


「平和な世の中には、過度な魔法はいらない」

「そうね」

「彼らもきっと、時代に合わせた魔法というのを考えていると思う。今はまだ、見つけられていないようだが」

「あら、意外と辛抱強いのね」

「酒と一緒だ。結果が出るのには、時間が必要なのだろう」


 マスターの粋なセリフに、オリーブは軽く目を閉じて微笑んだ。

 そして、飲みかけの食前酒を手に持ち、軽く口をつける。

 重ねた年の味わいを堪能したところで、席を立ち上がった。


「もういいのか?」

「ええ。このお酒は美味しすぎるわ」

「夜まで飲んでてくれても、いいんだがな」

「予定がなければそうさせてもらったんだけど。今日はここまでね」


 オリーブは、財布から硬貨を何枚か取り出すと、マスターの前に差し出した。

 それは、オリーブに出された料理に比べると、やや多めの金額だった。

 マスターは、出された硬貨とオリーブの表情を見比べる。

 何も言わず笑みを浮かべるオリーブに、マスターは何かを察したかのように、カウンターに硬貨をしまいながらつぶやいた。


「そうそう。これは俺の勘なんだが、あんたは宮廷魔法使いのお偉いさんと話が合いそうだ」

「あら、どうしてかしら」

「多分、共通の知り合いがいると思う」


 そういうと、マスターは戸棚の酒の整理を始めた。

 オリーブは礼を言うと、店を出た。

 相変わらず下手な尾行でついてくる、若い魔法使いの男に軽く注意を払いながら、オリーブは歩いていく。

 そして、マスターが教えてくれたお偉いさんとどうやって会おうか、考えていた。

 話を聞く限り、ゆかりのない旅人が、ふらりと会えるような立場の人物ではなさそうだ。

 かといって、ツテがあるわけでもない。


(騙すようで気がひけるけど、この坊やに手伝ってもらおうかしらね……)


 オリーブは、大まかな作戦を頭の中で立てた。

 その作戦によれば、次の動きは宿に帰ってからになるはず。

 そう決めると、オリーブはあからさまに怪しげな行動をとることにした。

 カフェに入っては、道ゆく人々を一人一人確認するように眺める。

 誰かを探しているような雰囲気を出しつつ、実際は単に年齢を想像しているだけ。

 広場のベンチに座っては、手帳を取り出してメモを取る。

 メモの内容は、なんでもない単なるしりとりだ。

 めいっぱい怪しげな行動を取って、男が盛大な勘違いをしているうちに、夜がやってきた。

 昼食をあまり食べなかったので、少し空腹を感じていたオリーブは、街の中心にある繁華街にやってきた。

 立ち並ぶ店が出しているメニューボードを眺めているうちに、一軒の店が気に掛かる。

 その店のメニューボードには、大きめの鍋に肉や野菜を入れて取り分けるタイプの料理が書かれていた。

 冬の寒い時には人気のメニューだが、一人では注文できないことも多い。

 さてどうしようかと悩んでいると、都合の良いことに、見知った顔が視界に飛び込んできた。

 これは良いと、オリーブは手を挙げて声をかけた。


「クロちゃーーん! こんな時間にこんなところで何してるのー」

「え?! オリーブさんですか?!」


 クロムの驚いた声が、乾いた冬の街に響く。

 そしてオリーブの元に、白い息を吐きながら駆け寄ってきた。


「あらあら、元気ねえ」

「用事があるとか聞いてましたけど」

「思ったより、早く終わったの。ご飯を食べて帰ろうと思ってたら、いい店を見つけたわけ。でも、一人じゃ入りづらくて、どうしようかしらと迷っていたところだったの。クロちゃん、グッジョブよ」


 そう話している二人の元に、アンバーとラーセンも追いついてきた。

 オリーブは、手招きすると皆を店の中に案内した。

 店の中は、四人掛けのテーブル席がいくつも並べられていた。

 あちらこちらのテーブルで、携帯用のコンロに載せられた大鍋を客たちが取り囲んでいた。

 程なく店の給仕がやってきて、オリーブたちを空いている席へと案内する。

 案内された席に着くと、オリーブが寒さでかじかんでいた手を温めるかのように、鍋に当てる。


「寒い時は、鍋料理よね」

「鍋料理?」


 オリーブのホクホク顔に、クロムが不思議そうな顔をする。


「そうよう。あたしが働いていた街でも、ちらほらこの料理を出すお店は出始めていたんだけど、一緒に行ってくれるお相手がいなくてね」

「はあ」

「だから、このお店とクロちゃんたちを同時に見つけられたのは、とても幸運だったわ。そしてクロちゃんもね。美味しいご飯、好きでしょう?」


 生返事をするクロム。

 それも、テーブルの上にはだし汁の煮立った鍋しかないので、やむを得ないことだった。

 しかし、給仕が山のように肉と野菜が載せられた大皿を持ってくると、ようやくどんな料理なのか想像がついてきた。


「オリーブさん、これどうやって食べるの?」

「まずは野菜を、鍋の中に入れてちょうだい」

「こうですか?」

「そうそう。十分に煮えたら、次はお肉を箸で持って、お湯の中でヒラヒラさせてちょうだい。色が変わったら取り出して、煮えた野菜と一緒に食べるの」


 くつくつと野菜が煮えてきたので、クロムとアンバーが野菜を手元の器に取る。

 そして、オリーブが話したように薄切りの肉をお湯にくぐらせてから、野菜と一緒に口にする。

 その瞬間、肉と野菜が口の中で絶妙な味わいを醸し出した。


「美味しい!」

「おいしい、です」


 クロムとアンバーが素直な感想を口にすると、オリーブは満足げにうなずいて二人に話しかける。


「二人のお口にあって、何よりだわ。たくさんあるから、たんとお食べ」

「たんとお食べって、オリーブさんは私のお母さんじゃないですよ」

「まあまあ。ところで、今日は何か進展はありましたか、ラーセンさん?」


 食事に夢中になっている二人をおいて、オリーブはラーセンに話題を振った。

 エールに口をつけていたラーセンは、ジョッキを置くとオリーブに答える。


「図書館で歴史を見たり、街中で軽く聞き込みをしたりしていたが、まあ、これといった成果はなかったな」

「あら。日記のつながりからは、何かないんですか?」

「そちらも芳しくない。そもそもそんな昔の魔法使いのことなど、知っている人は皆無だ」

「でしょうねえ」

「ただ、可能性がありそうなところが、一つだけあった」

「というと?」

「宮廷だ」


 砂漠の街でヴィルから預かった日記と、宮廷魔法使いが務める宮廷。

 意外な接点に、オリーブはラーセンに話の続きを促す。

 ラーセンは、一息入れるかのように、目の前の大皿に並べられた肉をとり、お湯に潜らせる。

 そしてその肉を頬張ると、日記と宮廷の関連について語り始めた。

 当時、日記を書いた魔法使いは、王に仕える宮廷魔法使いと共に、古代、古典、そして当時急速に発展していた近代の三つの魔法の統一について、研究を重ねていた。

 しかし、隣国との関係が悪くなり始め、宮廷魔法使いたちは次第に国防の任務に就き始め、研究に割ける人数が減っていった。

 そして、最終的にはその研究は頓挫してしまう。

 その時の研究成果が、宮廷の書庫にしまわれているらしい。


「ただ……」


 ラーセンが言い淀むと、その理由も解決方法もわかっているオリーブが、頬張った肉を飲み込みながら伝える。


「大丈夫ですよ。宮廷魔法使いとの伝手は、あります」

「ほう」

「多分、このお店を出る時に、向こうから招待されますよ」


 そういうと、オリーブは少し煮えすぎた野菜を皿に取り、食べ始めた。

 ラーセンもそれ以上深くは追求せず、食事に専念し始める。

 突然箸の進み始めたオリーブとラーセンに、何も気がついていないクロムは、負けじと肉を取り合った。

 そして、心ゆくまで食事を堪能して店を出ようしたところに、昼間からずっとオリーブをつけていた若い魔法使いが現れた。


「失礼。そちらの方に聞きたいことがある。宮廷までお越し願えないだろうか?」


 ほらね、とオリーブはラーセンに目配せをする。

 何も状況が掴めていないクロムとアンバーは、驚いた表情でそんなオリーブを眺めていた。

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