過去との邂逅 #2
「おはようございます、クロムさん」
「うーん、アンバーちゃん。今日も早起きね」
羊の世話で毎日朝早く起きていたアンバーが、目覚めたばかりのクロムに朝の挨拶をするのは、もはやこの旅の日課になっていた。
クロムも決して朝が遅いわけではないのだが、暗いうちから羊の世話のために起きていたアンバーには敵わない。
ただ、早起きしても取り立ててやることはない。
だから、クロムが貸してくれた本を読んだり、自身の杖の手入れをしたり、そして何かイベントがあった時は両親への手紙を書いたりしているのが常だった。
二人で身支度をして、部屋を出る。
階段を降りて、一階に併設されている食堂に行くと、宿泊客用に予約されたテーブルが、いくつか用意されていた。
「クロムさん、こちらみたいです」
アンバーが、自分たちの部屋の名前が書かれた札を見つけると、そのテーブルにちょこんと腰掛けた。
クロムも続いて座ると、タイミングを見計らったかのように給仕がやってきた。
「おはようございます。昨日はよくお休みになられましたか?」
「ええ、とっても。ベッドが柔らかくて、ぐっすりでした」
「それはよかったです。ご注文をお伺いしても?」
挨拶をしながら、給仕はクロムたちに注文をとり始める。
四人分の注文を終えると、給仕は一礼して厨房へと帰っていく。
数刻の後に、テーブルの上には冬の朝にふさわしい、暖かな料理が並べられた。
「わあ、美味しそうですね」
アンバーが、大皿に並べられた、焼きたての丸いパンに手を伸ばす。
手で小さくちぎると、割れたところから湯気が立つ。
その小さくちぎられたパンを、上品に口に含めると、ふわふわの食感を楽しむかのように噛み締める。
山深い村で育ったにしては、アンバーの食事の所作は美しかった。
それも、魔法使いのおじいさんが教えてくれたことであることを、クロムは以前にアンバーから聞いていた。
『立派な魔法使いになるためには、所作が美しくなければならない』
これはジュリアード魔法女学園で、新入生が一番初めに教えられることだ。
アンバーはそれを、幼少期にすでに身につけている。
そんなアンバーを見て、なぜだかクロムは無性にアンバーを誇らしく思えていた。
暖かなスープを口に運ぼうとしたクロムの背後から、ラーセンが現れた。
どかりと椅子に座ると、手を上に伸ばしながら、大きなあくびをした。
いつもよりかなり早い登場に、クロムが不思議そうな表情で、ラーセンに挨拶をする。
「おはようございます、師匠。珍しく早起きですけど、何かありました?」
「オリーブに起こされてな。中途半端な時間だったんで、起きることにしたんだ」
「そういえば、オリーブさんいませんね」
「別行動をすると言っていたろう。もう出かけてしまった」
「そういえば、そんなことを言ってましたね」
ラーセンは、運ばれてきた暖かな茶を飲みながら、早起きの理由を告げた。
「今日は、夜まで帰ってこないそうだ」
「それにしても、以前昼近くまで人を待たせたオリーブさんが、アンバーちゃんより早起きして出かけるなんて。雨でも降らなければいいんですけど」
そんな皮肉を言われていることを知る由もないオリーブは、朝から活気に溢れているエオリアンの城下街を、どこにいくともなく散策していた。
空は雲に厚く覆われ、日のささない冬の朝は、刺すような冷たさだ。
しかし街の住人たちは、そんな寒さを物ともせず、あるものは街道を往来し、またあるものは朝の開店準備にいそしんでいた。
(やっぱり、平和よねぇ)
幼い日に、アルマンドから聞いていた殺伐とした雰囲気とは、およそ正反対の様子に戸惑いながら、オリーブは注意深く辺りを観察していた。
美味しそうな食事を売る屋台を一つ見つけて、立ち寄る。
細長いパンに切れ目を入れ、ソーセージと野菜を挟んだ、この街の名物料理を頼む。
そしてその屋台の店主に、図書館のある場所を聞く。
店主曰く、図書館は、今いる通りより三つほど内側の通りにあるらしい。
入り組んだ道を、言われた通りに進むと、思ったよりは少し小さめの図書館が現れた。
入り口を潜ると、受付に座っている女性に声をかける。
「ちょっとよろしいかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「旅の途中でこの街に寄っているんだけど、ここを利用することはできるかしら?」
「少々お待ちください」
クロムたちはすっかり慣れてしまったが、オリーブの姿や話し方は、初めての人には奇異なものに映る。
しかし受付の女性は、そのような様子を一切見せず、手慣れた感じで手元の資料を確認する。
そして、にこりと笑うと、オリーブに答えた。
「はい、ご利用いただけます。ただし、貸し出しは、この街に住まわれている方のみとなっております。申し訳ありませんが、館内での閲覧のみとさせてください」
「大丈夫よ。ありがとう」
「ごゆっくり、お過ごしください」
お辞儀をした受付の女性にひらひらと手を振ると、オリーブは蔵書の棚に書かれた分類を頼りに、館内をゆっくり歩いていく。
探しているのは歴史、それも近代に関する書籍が置かれた棚だ。
三つ四つと通りすぎてから、ようやく歴史に関する書籍がまとめられた棚にたどり着く。
棚を上から順番に眺めていると、中段あたりに目当ての書籍を見つけた。
(これね……)
書籍を手に取って、パラパラとページをめくっていく。
そこには、アルマンドから聞いた、戦争時代のエオリアン公国の歴史が記されていた。
近隣諸国との戦争を繰り返していたこと。
現在の国境よりだいぶ内側まで、戦線が押し込まれていたこと。
ある時、宮廷魔導師の考案した魔法陣により、戦局がガラリと変わったこと。
そして、今の国境付近に戦線を押し戻したところで、近隣諸国との間に和平が結ばれ、今のような平和な時代が来ている。
そのようなことが、書かれていた。
そして、その記録の中に、アルマンドの名前が書かれていないことに気がつく。
(まあ、そうよね。失踪した人の名前なんか、載せないわよね)
その後も何冊かの本を手に取るうちに、オリーブはふと、自分に向けられる気配に気がついた。
本を読むふりをしてあたりをうかがうと、隣の棚で本を手に取った、若い男性の姿に行き当たる。
小柄な体にやや合わない、大きめのローブを身にまとう男は、まだオリーブの視線には気がついていないようだ。
オリーブは本を閉じると、素知らぬ感じで図書館を出る。
振り向かずとも、慌てた感じで後をつけてくる、先ほどの男の気配を感じる。
(頭はいいけど、企みごとは苦手って感じかしらね)
素知らぬふりをしながら道を歩いていると、昼から空いている酒場を見つける。
店の前に出ている立て看板には、ランチメニューが記されていた。
それを軽く眺めると、オリーブは店内に入る。
店の中は、ランチを食べに来た客で活気に溢れていたが、酒を頼もうとする人はいないせいか、カウンターは空いていた。
オリーブは、普段なら座らないようなカウンターの真ん中の椅子に腰掛ける。
手元のメニューを手を取ると、L字に曲がった奥まったカウンター席に、先ほどの男も腰掛けた。
駆け引きするまでもない一方的な勝負に、オリーブがやや興を削がれているところに、カウンターに立つマスターが声をかけてきた。
「ご注文は?」
「そうねえ、おすすめの食前酒を一ついただこうかしら。あとは、パンと簡単なつまみを」
「食事は?」
「いらないわ」
簡単なやり取りをすると、マスターはオリーブをつけてきた男の方に注文を取りに行く。
こちらも二言三言で注文取りを済ますと、マスターは厨房へと入っていった。
オリーブが何気ない仕草で、あたりを見回す。
そして男の方に視線を向けると、男は少し慌てた感じで顔を伏せ、手元のメニューに目を通す。
(頼み終わったばかりでメニューに目を落としたら、目を合わせないようにしてます、てのがバレバレよね)
余裕すら感じてきたオリーブの前に、マスターが小さなグラスに透明な酒を差し出した。
「ありがとう。これはなんのお酒かしら?」
「麦で作った蒸留酒。この地方で作られた特産品だ。遠路はるばる来てくれたあんたへの、オススメだ」
「あら、なんで私が旅人ってわかったのかしら?」
「この街で働いている奴は、昼間っから酒は飲まん。簡単なことだ」
「正解よ」
オリーブは、グラスを手に取ると、クイッと口をつける。
それは、見た目に違わず端正で癖のない味で、確かに食前酒として最適な酒だった。
「美味しいわねぇ。何年ものかしら」
「これは五年ものだな」
「街の外にある畑で採れたもの?」
オリーブは、街の外に広がる平和な畑を思い浮かべた。
「そうだ。戦争の時代が終わり、平和になってから、新しい名産として地元の農家や酒造が頑張って作り出した逸品だ」
「なるほどね。だからこんなに美味しいのね」
そういうオリーブに、マスターはスライスしたパンとつまみを差し出す。
オリーブは世間話の続きという感じで、先ほどの話題から戦争が続いていた当時の話について、マスターに尋ねた。
マスターは、おおよそ図書館にあった歴史書と同様の話を、オリーブに伝える。
おおよそ話が聞けたところで、オリーブはわざとらしくあたりを探ると、カウンターに身を乗り出してマスターに顔を寄せる。
そして、カウンター奥の男に聞こえるくらいの大きさの声で、マスターに質問した。
「ところでマスター。さっき話してくれた宮廷魔導師って、もしかして、アルマンド、っていう名前じゃないかしら?」
それを聞いた男が、やや緊張して耳をそばだてる。
おおかた予想通りの反応で、動じていないオリーブを見て、マスターはオリーブに近づいて耳打ちをする。
「どこで、その名前を聞かれたか?」
「ここに来る前に寄った町で聞いた、噂話よ」
「悪いことは言わん。その名前をこの街では口にしないほうがいい」
「あら、なんでかしら」
マスターはそれとなく、カウンター奥の男に目を配らせてから言った。
「宮廷魔導師さまに、目をつけられるからな」




