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過去との邂逅 #1

 刺すように冷たい風が吹き、馬車の荷台につけられた幌が、バタバタと大きな音を立てていた。

 幌の中には、次の目的地に向かうクロムたち四人の姿があった。

 吐く息も凍てつくような寒さであるけれども、クロムとアンバーはそれを気にすることもなく、クロムの新しい杖についていろいろ話をしていた。

 寒さをものともしない二人を、ラーセンとオリーブはかじかんだ手をカイロで温めながら、声もなく眺めていた。


 やがて馬車の進む道の先に、城の姿が小さく見えてきた。

 近づくにつれて、細部が浮かび上がってくる。

 真っ白な城壁は、まるで氷でできているかのように、冷え冷えとした印象を与えている。

 幌から顔を出したクロムは、その城を見ると、思わず声を上げた。


「立派なお城……」


 その言葉を聞いて、アンバーもクロムの横からぴょこんと顔を出して、城を眺める。

 街を囲む城壁や、その内側に建てられた見張り台のような尖塔も見えてきた。

 馬のたづなを握る年老いた御者が、次第に大きくなる城を口数も少なく眺めているクロムとアンバーに、語りかける。


「エオリアン城だ。立派じゃろう」

「ええ、とても厳かな雰囲気です」


 クロムが感想を述べると、御者は満足そうに頷いた。

 その後ろで熱を逃さぬよう丸くなっていたオリーブが、城の名前を聞いた途端、背筋を伸ばして城を見据える。

 そして、御者に問いかけた。


「もしかして、ここはエオリアン公国?」

「ああ、そうじゃ」

「そうなの、ここが……」


 感慨深げに語るオリーブに、前を向いたままの御者が、興味を示したように問いかける。


「おまえさん、もしかしてここに縁があるんかの?」

「あると言えば、あるわねえ。ただ、訪れたのはこれが初めてよ」

「ほう、それは奇異な巡り合わせじゃな」

「あたしも、なんて言っていいのかわからない気持ち」


 そういうと、オリーブはもう一度城を眺めた。

 雲が厚い冬空の下、静かな雰囲気を漂わせる城を見て、オリーブは独り言のようにぼそりとつぶやく。


「それにしても、穏やかな感じね。常に戦乱の渦中にあって、外敵から国を守るための兵士や魔導師で、物騒と聞いていたんだけど」


 近づいてくる城をずっと眺めていたクロムだが、オリーブのその言葉を聞くと、幌から出していた顔を引っ込めてオリーブに聞き返した。


「オリーブさん、それってどういうことですか?」

「ああ、聞こえちゃったのね、クロちゃん」

「オリーブさんは、どうしてこの国のこと、知ってるんですか?」


 クロムの問いかけに対して、オリーブは何かを思い出すかのように、目を軽くつむって上を向く。

 少しの沈黙の後、クロムだけでなく、ラーセンやアンバーに向けて、オリーブは語る。


「ここはかつて、私のおばあさまが働いていた国よ」

「おばあさま、ってアルマンドさんのこと?」

「あら、名前を覚えていてくれたのね。そうよ、アルマンドおばあさま」


 アルマンドのことを知らないアンバーに、クロムはスラムの空き家でオリーブを育てたアルマンドについて説明する。

 クロムのアルマンド贔屓もあり、やや美化されたアルマンドについて聞かされたアンバーは、とても優しげなアルマンド像を思い浮かべていた。

 アルマンドのことで話し込む二人を横に、ラーセンはオリーブに問いかけた。


「ところで、先ほどの穏やか、というのはどういう意味なのか?」

「そうねえ。うまく言えないんだけど……」


 そういうと、オリーブは先頭を指差す。


「あの尖塔。おそらく外敵の襲来を見張るためのものよねぇ。でも、誰か見張りがいる気配はないわ」

「そうだな」

「城壁の周りも、畑が広がっていて、家もあって、普通に暮らしている人がいる」

「それを、穏やかと言ったのか」

「ええ。当時もこんな雰囲気だったら、きっとおばあさまも、国を出ることはなかったわ」


 その会話を聞いていた御者が、会話に割り込んでくる。


「そうか、あんたがたは、あの時代のエオリアンを知っておるんじゃな」

「知っている、というか聞かされていたという感じね」

「あの戦乱の時代は、色々大変じゃった」

「この国に何があったのかしら」

「さあの。わしは所詮市井の一人。何があったかはようわからん。気がついたら、こうなっておった。もし知りたかったら、街の中心にある資料館を尋ねると良いじゃろう」

「資料館?」

「そうじゃ。この国に平和が訪れた後、建てられた施設じゃ。かつての戦乱の時代を忘れないようにと、王様自らが建てられたものらしい」


 そういうと御者は口を閉じて、手綱を軽く押した。

 馬車はごとごとと音を立てて進み、やがて城門の前へとたどり着いた。


「到着じゃ」


 御者の合図で、クロムたちは馬車を降りる。

 オリーブが降りて、長い時間揺られていた体をほぐすために、伸びをしたところに、御者が誰ともなく、語りかけてきた。


「お若い方々。何か調べたいことがあってここを訪れたようじゃが、あまり昔のことは蒸し返さんといてくだされ。せっかくやってきた平和なので」

「もちろんよう。あたしも面倒ごとは嫌いなタチなの」


 忠告をオリーブが軽くかわすと、御者は手綱を軽く開いて、次の街へと去っていった。

 残されたクロムたちは、改めて街の様子を眺めていた。

 立ち並ぶ建物の屋根越しに、大きなエオリアン城がそびえているのが印象的だ。

 ただ、屋根越しにしか見えない城に、クロムが違和感を覚える。


「なんかこう、不思議な街並みですね」

「ふむ。どのあたりに、違和感を感じている?」


 ラーセンの問いかけに、クロムは首を捻りながら、違和感を言葉にしようとする。


「えーと、なんていうか、お城が近そうに見えるのに、どうやっていけばいいのかわからない、みたいな……」

「ほう、そこに気がついたか。なかなかだぞ」

「え、え、そうですか?」

「オリーブには、その違和感、わかっているのだろう」


 そう水をむけると、オリーブは大きくため息を吐いた。

 吐いたため息は白く、そしてすぐに消え去る。


「つまり、この城や城壁は飾りじゃないってことね」

「それって、どういうことですか?」


 思わせぶりな言い回しに、その意図を汲み取れないクロムが聞き返す。


「つまり、城も城壁も、そしてこの街並みも、外敵からの侵略に備えて作られているっていうこと。考えてもごらんなさい。城門を入ったら、城まで一直線に道が延びていたらどうなる?」

「あ、一気に攻め込まれてしまいますね」

「そうよ。だから実際に防衛拠点となる街は、横には進みやすくても、縦には進みにくくなっていることが多いの」

「なるほど、師匠もオリーブさんも、物知りなんですね!」

「まあ、平和な今の世では不要どころか、今日泊まる宿も探しにくくて、面倒よね」


 クロムは素直に、ラーセンとオリーブの知識をたたえたが、オリーブは皮肉を込めて返事をする。

 ただクロムにはその皮肉は、いつものようなクロムに向けられたものではないように思えた。

 何かもっと、別のものに向けられている。

 そしてそれがクロムに、普段とはオリーブの行動が異なっているな、というふうに感じさせていた。

 しばらく道なりに歩を進めると、周りより一回り大きな建物が見えてきた。

 建物の前は、寒さ対策で厚めのコートを着た人たちが、頻繁に出入りしていた。


「あの宿なんか、いいんじゃない?」


 珍しく、オリーブの積極的な提案で決まった宿に入る。

 女性部屋に荷物を下ろしたところで、アンバーがクロムに話しかけた。


「今日のオリーブさん、いつもと少し違いますよね?」

「アンバーちゃんも、そう思う?」

「はい。何か考え事、というか気になることがあって、少し心ここにあらずっていう感じです」

「まあ、アルマンドさんが、宮廷魔導師という地位を捨ててまでも、出たいと思った街だからね。思うところはあるんでしょう」


 そんな二人の違和感は、宿に併設された食堂で夕食を食べているときに、顕在化した。

 御者から教えられた資料館に行こうというラーセンに対して、明日は別に行きたいところがあるとオリーブが申し出たのだ。

 特に反対する理由もないので、ラーセンもそれを了承した。

 早々と食事を終えると、部屋に一人で帰っていくオリーブ。

 その後ろ姿に、いつも見せることはない思い詰めた雰囲気を、三人は感じ取っていたのだった。


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