私らしさ #5
荒らされた畑からは、街道を外れた方向に足跡が伸びていた。
足跡を観察した結果、ビッグホーンは数匹の群れを作っている。
そして、手頃な餌場を見つけたため、ここからそれほど遠くない場所にいついている。
街道にも近いため、このまま駆除する作業を実施する。
それが、団長の判断だった。
「お前ら、朝飯はしっかり食ってきたか? うまい餌をたらふく食べたビッグホーンは、手強いぞ」
半分冗談のような団長の檄とともに、自警団は足跡を辿り始めた。
程なくして、小さな池の辺りで水を飲んでいるビッグホーンを見つけたと、先行する団員から連絡が入った。
「団長、発見しました。その数は三匹。おそらく若いオスの群れかと思われます」
「なるほど。縄張り争いに負けて、食べ物を得ることができず、人里にやって来たのだな」
「おそらく、そうかと」
団長と団員が話している内容を、クロムは興味深げに聞いていた。
それを見た団長が、クロムに問いかける。
「何か気になることがありますか、クロム殿」
「あ、すみません、聞き耳を立ててしまって。魔獣の生態に詳しいようなので、勉強させていただこうと思いまして……」
「ははは、さすがですな。ジュリアードの学生は、魔法だけでなく、魔獣についても興味を持たれるのですね」
「はい。近代魔法は、もっぱら魔獣退治に使われるので、魔獣の生態についても学ぶんです」
そういうと、団長はビッグホーンの生態について、簡単にクロムにレクチャーを始めた。
ビッグホーンは、夏から秋にかけて、一匹のオスをリーダーとして、複数のメスとその子供からなる群れを作る。
頂点になれなかったオスたちは、この群れから追い出される。
このオスたちは、散り散りになって別の場所でリーダーになることもあれば、今回のようにまとまって助け合いながら暮らすこともある。
これがビッグホーンの大まかな生態である。
「なるほど…… なんというか、オスに厳しい社会なんですね」
「あそこにいるのは、そのはぐれオス達だ。どうでしょう、多少は憐憫の情が湧きますかな?」
そう問われて、一瞬返事をためらったクロムの横から、ミュゼットが代わりに答える。
「魔獣は魔獣、倒しちゃえばいいんです」
「はっ、ミュゼットは相変わらずだな」
「だってあいつら、私の大好物の秋の果物を食べ散らかすんですよ、許せない。ねえ、クロムさん」
突然同意を求められて、クロムは少し動揺する。
そして、なんとなくミュゼットの意見を肯定する。
「た、確かに、私のりんごを食べてしまう魔獣は、駆除しないといけないですね」
「クロムさん、私の、じゃないです。私たちの、です」
「あ、ごめんなさい」
そんなズレた問答をしているクロムとミュゼットをさておき、自警団達はビッグホーンを遠巻きに囲むように、隊形を組み終えていた。
そして団員の一人が、準備ができたことを知らせると、団長は団員達に指示を出した。
「駆除、開始!」
その掛け声と共に、団員達は一斉にビッグホーンに向かって走り出した。
ビッグホーンの危険な行動の一つが、突進だ。
勢いづいたビッグホーンに体当たりをされたら、屈強な男性でも簡単に吹き飛ばされてしまう。
そのため、突進をさせないよう近接戦に持ち込むのが、対ビッグホーン戦略だ。
しかし、突進こそなくても巨体なビッグホーンは、決して侮ることはできない。
そこでまずは、一体のビッグホーンに対して、複数人で取り囲む。
そして、安全な場所を確保した誰かが、絶え間なく攻撃ができるようにしていた。
クロムはその様子を、団長と共に少し離れた場所から眺めていた。
「さすがは自警団の皆さん、手慣れていますね」
「これでも、毎日訓練をしておりますからな。しかし……」
やや団長の顔に、緊張の色が浮かぶ。
その目線は、他の二体に比べてやや大きめの、真ん中の個体に向けられていた。
「どうされました?」
「おそらく、真ん中の大きなビッグホーンは、仕留め切れなさそうです」
「え?」
「状況によっては、こちらに向かって突進してくるかもしれません。気をつけておいてください」
「気をつけて、ってどうすれば……」
戸惑うクロムに、ミュゼットが代わりに答える。
「クロムさん、団長の後ろが一番安全ですよ」
「そうだな」
ミュゼットの言葉に、団長が笑みを浮かべる。
長年見知った二人の、お互いを理解している様を見て、クロムは少し落ち着きを取り戻した。
すると、ビッグホーンと対峙していた団員の一人から、大きな声が上がる。
「団長、すみません! 一匹仕留め損ないました! そちらに向かいます!!」
その言葉を追いかけるように、手負のビッグホーンが団長とクロム達めがけて突進してきた。
団長は、剣を抜くと、わざとらしく大きな構えでビッグホーンを迎え撃つ体制を整える。
それは、後ろに控えるクロムやミュゼットに、安心感を与えるためのものでもあった。
ビッグホーンは、みるみる距離を縮めてくる。
その突進を、団長は構えた剣で真っ向受け止めた。
「ぬんっ!」
団長の剣と、ビッグホーンの角がぶつかり、大きな音が鳴り響いた。
踏ん張った足が、少し後退りするも、ビッグホーンの動きを止めることができた。
しかし、興奮したビッグホーンは、前に進むことを諦めようとはしない。
傷を負っているとはいえ、複数の団員の囲みを破ってきたビッグホーンは、ジリジリと団長を押し返そうとしている。
後方からは、ビッグホーンを追って団員達が駆けてくるが、距離がありビッグホーンに追いつくには、少し時間がかかりそうだ。
ハラハラする状況に、クロムもミュゼットも動転する。
そして、何か打開策はないかと、思いつくことをあれこれと話し始めた。
「クロムさん、今こそ魔法を打つタイミングではないですか?!」
「そ、そうなんだけど、どの魔法を使うべきか……」
「火魔法は?」
「あの大きさだと、初級の火魔法では、効果が薄そう」
「もっと強力な魔法は使えないですか?」
「あるんだけど、団長さんや、こちらにやってくる団員さんも巻き込んでしまうの」
そんな中ミュゼットは、クロムが話してくれた、ラーセンと初めて出会った時にボアを倒した時のことを思い出した。
「そういえば、初めてボアを倒した時も魔法だったんですよね」
「あ、ああ。確かにあの時は、古典魔法で強化した初級火魔法が、火矢のようにビュンと」
「その魔法は使えないんですか」
「あの時は、師匠がいたから」
「ああ、もう、クロムさんが、近代魔法と古典魔法と、両方使えたら……」
その言葉を聞いた瞬間、クロムの中にいくつかの光景が、不意に浮かんだ。
一つは、クロムが初めてラーセンを、街中で見つけた時のこと。
あの時は、小さな風魔法を見たことのない魔法陣で囲んで、想像していたより大きな効果の風魔法を打ち出したこと。
もう一つは、オリーブが洞窟の中で、水魔法の魔法陣をいくつも同時に発動させていたこと。
(魔法陣を同時に発動させる……)
突然湧いたインスピレーションを受けて、クロムの中にあるアイデアが浮かぶ。
そしてミュゼットにお願いをする。
「ミュゼットさん、ナイスアイデア。いい方法を思いついたわ」
「え、ええ?」
「これから魔法を使う。合図をしたらビッグホーンから離れるよう、団長さんに伝えて」
「魔法って、どんな?」
「説明は後で。団長さん、そろそろ力負けしちゃいそうよ」
クロムのその言葉を聞いて振り返ったミュゼットの目には、ビッグホーンに押され気味の団長の姿が入ってきた。
慌てて、団長にクロムの言葉を伝える。
「団長さーん! クロムさんが合図をしたら、ビッグホーンから離れてください。クロムさんが魔法を使います」
「本当に大丈夫か?」
「クロムさん、落ち着いているように見えるので、おそらく大丈夫だと」
「心得た!」
実際のところ、もう少しでビッグホーンに弾き飛ばされそうな状況だった。
そうなる前に、クロムとミュゼットに撤退を指示しようと思っていたところに、ミュゼットからの提案。
クロムの魔法の威力を見たわけではない団長だったが、ミュゼットの言葉を信じることにした。
そのやり取りの間、クロムは魔法陣の構築を始めていた。
(まずは初級火魔法の魔法陣を、手元に用意する……)
魔法の杖を振るい、初級火魔法の魔法陣を二つ構築する。
そして発動はさせずに、その場所に留めておく。
(二本あれば、どちらかは当たるでしょう。そうしたら古典魔法を……)
そして、その二つの魔法の前に、魔法の威力を上げる古典魔法の魔法陣を描く。
近代魔法の杖で、古典魔法の魔法陣を描くのは、かなりの難易度だ。
しかし、この旅の間に、暇を見つけては古典魔法の練習をしていたクロムにとって、その作業は決して不可能なことではなかった。
三つの魔法陣を描き切ったところで、クロムはミュゼットにお願いをする。
「大きな声を出すと、集中切れそうなので、ミュゼットさんお願い。団長さんに合図を出して」
「合図って、どうすればいい?」
「カウントダウン、してもらおっかな」
「わかった」
ミュゼットは、団長に向かって大きな声で合図を送る。
「準備できました。合図するので避けてください。三、二、一、はい!」
その合図とともに、団長は横っとびに飛び退く。
そしてクロムは、すべての魔法陣を発動させる。
古典魔法により変質した初級火魔法は、規模は小さめなものの、初めてラーセンにあった時にボアを倒した時と同じような火矢となり、ビッグホーンめがけて飛んでいった。
ヒュン、と音を立てて飛んでいった火矢の一つは、肩口を掠めただけで外れてしまった。
しかしもう一つの火矢が、ビッグホーンの心臓を貫いていた。
走り始めようとしたビッグホーンだが、己の身に何が起きたのか、少しの時間気づいていなかった。
少しの間が空き、何が起きたのかを理解したビッグホーンは、横倒しにドォンと倒れた。
駆けつけようとしていた団員達は、目の前で起きたことを理解するまでに、やや時間がかかった。
そして、それを理解したと同時に、大きな歓声が誰からともなく上がった。
「おおっ!」
「ビッグホーンを一撃で!」
「すげえ、魔法だ!」
団長は、横に飛び退いた時に、草に足を取られて倒れ込んでいた。
すぐ傍に倒れ込んできたビッグホーンを見て、ヒュウと小さく口笛を吹いた。
「で、できた……」
できると確信していたが、実際に放たれた魔法を見て、クロムの集中力は途切れた。
そして、その場にぺたりとへたり込んだ。
その横では、間近でクロムの魔法を見たミュゼットが、そのイメージを元に、クロムにふさわしい杖のアイデアを次々と思い浮かべていた。




