表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/47

私らしさ #5

 荒らされた畑からは、街道を外れた方向に足跡が伸びていた。

 足跡を観察した結果、ビッグホーンは数匹の群れを作っている。

 そして、手頃な餌場を見つけたため、ここからそれほど遠くない場所にいついている。

 街道にも近いため、このまま駆除する作業を実施する。

 それが、団長の判断だった。


「お前ら、朝飯はしっかり食ってきたか? うまい餌をたらふく食べたビッグホーンは、手強いぞ」


 半分冗談のような団長の檄とともに、自警団は足跡を辿り始めた。

 程なくして、小さな池の辺りで水を飲んでいるビッグホーンを見つけたと、先行する団員から連絡が入った。


「団長、発見しました。その数は三匹。おそらく若いオスの群れかと思われます」

「なるほど。縄張り争いに負けて、食べ物を得ることができず、人里にやって来たのだな」

「おそらく、そうかと」


 団長と団員が話している内容を、クロムは興味深げに聞いていた。

 それを見た団長が、クロムに問いかける。


「何か気になることがありますか、クロム殿」

「あ、すみません、聞き耳を立ててしまって。魔獣の生態に詳しいようなので、勉強させていただこうと思いまして……」

「ははは、さすがですな。ジュリアードの学生は、魔法だけでなく、魔獣についても興味を持たれるのですね」

「はい。近代魔法は、もっぱら魔獣退治に使われるので、魔獣の生態についても学ぶんです」


 そういうと、団長はビッグホーンの生態について、簡単にクロムにレクチャーを始めた。

 ビッグホーンは、夏から秋にかけて、一匹のオスをリーダーとして、複数のメスとその子供からなる群れを作る。

 頂点になれなかったオスたちは、この群れから追い出される。

 このオスたちは、散り散りになって別の場所でリーダーになることもあれば、今回のようにまとまって助け合いながら暮らすこともある。

 これがビッグホーンの大まかな生態である。


「なるほど…… なんというか、オスに厳しい社会なんですね」

「あそこにいるのは、そのはぐれオス達だ。どうでしょう、多少は憐憫の情が湧きますかな?」


 そう問われて、一瞬返事をためらったクロムの横から、ミュゼットが代わりに答える。


「魔獣は魔獣、倒しちゃえばいいんです」

「はっ、ミュゼットは相変わらずだな」

「だってあいつら、私の大好物の秋の果物を食べ散らかすんですよ、許せない。ねえ、クロムさん」


 突然同意を求められて、クロムは少し動揺する。

 そして、なんとなくミュゼットの意見を肯定する。


「た、確かに、私のりんごを食べてしまう魔獣は、駆除しないといけないですね」

「クロムさん、私の、じゃないです。私たちの、です」

「あ、ごめんなさい」


 そんなズレた問答をしているクロムとミュゼットをさておき、自警団達はビッグホーンを遠巻きに囲むように、隊形を組み終えていた。

 そして団員の一人が、準備ができたことを知らせると、団長は団員達に指示を出した。


「駆除、開始!」


 その掛け声と共に、団員達は一斉にビッグホーンに向かって走り出した。

 ビッグホーンの危険な行動の一つが、突進だ。

 勢いづいたビッグホーンに体当たりをされたら、屈強な男性でも簡単に吹き飛ばされてしまう。

 そのため、突進をさせないよう近接戦に持ち込むのが、対ビッグホーン戦略だ。

 しかし、突進こそなくても巨体なビッグホーンは、決して侮ることはできない。

 そこでまずは、一体のビッグホーンに対して、複数人で取り囲む。

 そして、安全な場所を確保した誰かが、絶え間なく攻撃ができるようにしていた。

 クロムはその様子を、団長と共に少し離れた場所から眺めていた。


「さすがは自警団の皆さん、手慣れていますね」

「これでも、毎日訓練をしておりますからな。しかし……」


 やや団長の顔に、緊張の色が浮かぶ。

 その目線は、他の二体に比べてやや大きめの、真ん中の個体に向けられていた。


「どうされました?」

「おそらく、真ん中の大きなビッグホーンは、仕留め切れなさそうです」

「え?」

「状況によっては、こちらに向かって突進してくるかもしれません。気をつけておいてください」

「気をつけて、ってどうすれば……」


 戸惑うクロムに、ミュゼットが代わりに答える。


「クロムさん、団長の後ろが一番安全ですよ」

「そうだな」


 ミュゼットの言葉に、団長が笑みを浮かべる。

 長年見知った二人の、お互いを理解している様を見て、クロムは少し落ち着きを取り戻した。

 すると、ビッグホーンと対峙していた団員の一人から、大きな声が上がる。


「団長、すみません! 一匹仕留め損ないました! そちらに向かいます!!」


 その言葉を追いかけるように、手負のビッグホーンが団長とクロム達めがけて突進してきた。

 団長は、剣を抜くと、わざとらしく大きな構えでビッグホーンを迎え撃つ体制を整える。

 それは、後ろに控えるクロムやミュゼットに、安心感を与えるためのものでもあった。

 ビッグホーンは、みるみる距離を縮めてくる。

 その突進を、団長は構えた剣で真っ向受け止めた。


「ぬんっ!」


 団長の剣と、ビッグホーンの角がぶつかり、大きな音が鳴り響いた。

 踏ん張った足が、少し後退りするも、ビッグホーンの動きを止めることができた。

 しかし、興奮したビッグホーンは、前に進むことを諦めようとはしない。

 傷を負っているとはいえ、複数の団員の囲みを破ってきたビッグホーンは、ジリジリと団長を押し返そうとしている。

 後方からは、ビッグホーンを追って団員達が駆けてくるが、距離がありビッグホーンに追いつくには、少し時間がかかりそうだ。

 ハラハラする状況に、クロムもミュゼットも動転する。

 そして、何か打開策はないかと、思いつくことをあれこれと話し始めた。


「クロムさん、今こそ魔法を打つタイミングではないですか?!」

「そ、そうなんだけど、どの魔法を使うべきか……」

「火魔法は?」

「あの大きさだと、初級の火魔法では、効果が薄そう」

「もっと強力な魔法は使えないですか?」

「あるんだけど、団長さんや、こちらにやってくる団員さんも巻き込んでしまうの」


 そんな中ミュゼットは、クロムが話してくれた、ラーセンと初めて出会った時にボアを倒した時のことを思い出した。


「そういえば、初めてボアを倒した時も魔法だったんですよね」

「あ、ああ。確かにあの時は、古典魔法で強化した初級火魔法が、火矢のようにビュンと」

「その魔法は使えないんですか」

「あの時は、師匠がいたから」

「ああ、もう、クロムさんが、近代魔法と古典魔法と、両方使えたら……」


 その言葉を聞いた瞬間、クロムの中にいくつかの光景が、不意に浮かんだ。

 一つは、クロムが初めてラーセンを、街中で見つけた時のこと。

 あの時は、小さな風魔法を見たことのない魔法陣で囲んで、想像していたより大きな効果の風魔法を打ち出したこと。

 もう一つは、オリーブが洞窟の中で、水魔法の魔法陣をいくつも同時に発動させていたこと。


(魔法陣を同時に発動させる……)


 突然湧いたインスピレーションを受けて、クロムの中にあるアイデアが浮かぶ。

 そしてミュゼットにお願いをする。


「ミュゼットさん、ナイスアイデア。いい方法を思いついたわ」

「え、ええ?」

「これから魔法を使う。合図をしたらビッグホーンから離れるよう、団長さんに伝えて」

「魔法って、どんな?」

「説明は後で。団長さん、そろそろ力負けしちゃいそうよ」


 クロムのその言葉を聞いて振り返ったミュゼットの目には、ビッグホーンに押され気味の団長の姿が入ってきた。

 慌てて、団長にクロムの言葉を伝える。


「団長さーん! クロムさんが合図をしたら、ビッグホーンから離れてください。クロムさんが魔法を使います」

「本当に大丈夫か?」

「クロムさん、落ち着いているように見えるので、おそらく大丈夫だと」

「心得た!」


 実際のところ、もう少しでビッグホーンに弾き飛ばされそうな状況だった。

 そうなる前に、クロムとミュゼットに撤退を指示しようと思っていたところに、ミュゼットからの提案。

 クロムの魔法の威力を見たわけではない団長だったが、ミュゼットの言葉を信じることにした。

 そのやり取りの間、クロムは魔法陣の構築を始めていた。


(まずは初級火魔法の魔法陣を、手元に用意する……)


 魔法の杖を振るい、初級火魔法の魔法陣を二つ構築する。

 そして発動はさせずに、その場所に留めておく。


(二本あれば、どちらかは当たるでしょう。そうしたら古典魔法を……)


 そして、その二つの魔法の前に、魔法の威力を上げる古典魔法の魔法陣を描く。

 近代魔法の杖で、古典魔法の魔法陣を描くのは、かなりの難易度だ。

 しかし、この旅の間に、暇を見つけては古典魔法の練習をしていたクロムにとって、その作業は決して不可能なことではなかった。

 三つの魔法陣を描き切ったところで、クロムはミュゼットにお願いをする。


「大きな声を出すと、集中切れそうなので、ミュゼットさんお願い。団長さんに合図を出して」

「合図って、どうすればいい?」

「カウントダウン、してもらおっかな」

「わかった」


 ミュゼットは、団長に向かって大きな声で合図を送る。


「準備できました。合図するので避けてください。三、二、一、はい!」


 その合図とともに、団長は横っとびに飛び退く。

 そしてクロムは、すべての魔法陣を発動させる。

 古典魔法により変質した初級火魔法は、規模は小さめなものの、初めてラーセンにあった時にボアを倒した時と同じような火矢となり、ビッグホーンめがけて飛んでいった。

 ヒュン、と音を立てて飛んでいった火矢の一つは、肩口を掠めただけで外れてしまった。

 しかしもう一つの火矢が、ビッグホーンの心臓を貫いていた。

 走り始めようとしたビッグホーンだが、己の身に何が起きたのか、少しの時間気づいていなかった。

 少しの間が空き、何が起きたのかを理解したビッグホーンは、横倒しにドォンと倒れた。

 駆けつけようとしていた団員達は、目の前で起きたことを理解するまでに、やや時間がかかった。

 そして、それを理解したと同時に、大きな歓声が誰からともなく上がった。


「おおっ!」

「ビッグホーンを一撃で!」

「すげえ、魔法だ!」


 団長は、横に飛び退いた時に、草に足を取られて倒れ込んでいた。

 すぐ傍に倒れ込んできたビッグホーンを見て、ヒュウと小さく口笛を吹いた。


「で、できた……」


 できると確信していたが、実際に放たれた魔法を見て、クロムの集中力は途切れた。

 そして、その場にぺたりとへたり込んだ。

 その横では、間近でクロムの魔法を見たミュゼットが、そのイメージを元に、クロムにふさわしい杖のアイデアを次々と思い浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ