私らしさ #4
クロムとミュゼットが町外れの自警団の詰め所に到着したのは、自警団が巡回の準備を始めている最中だった。
ミュゼットが自警団の一人に話をすると、奥から団長らしき男性が現れた。
「ようこそ。バスピエ殿から話は聞いている」
貫禄のある団長が、襟を正して若いクロムに挨拶をする。
それだけでも、バスピエがこの町でどれほど信頼を得ているか、クロムにも理解できた。
「クロムです。この度は巡回への同行を許可いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、魔法が使える団員がいないので、魔法使いに同行していただけると、力強い」
「ご期待に添えるよう、頑張ります」
一通り挨拶を済ませた団長は、ミュゼットの方を振り向く。
そして、ややくだけた感じで話しかけた。
「それにしても、ミュゼットまで一緒ということは、どういうことなんだ」
その言葉を聞いたミュゼットは、やや緊張気味に答える。
「わ、私は、今回クロムさんの杖を作る担当になって……」
「それは聞いているぞ」
「そ、それで、一度クロムさんの魔法を見ておきたいと思っていたら、親方がこちらに行ってこいと」
「なるほどな。だいたいわかった」
バスピエは杖職人でもあるが、それ以外に剣や鎧などさまざまな武具も作っている。
そのため、自警団も度々バスピエに注文を出している。
団長も自警団に入団した時は、バスピエの工房を度々訪れており、長い付き合いだ。
ミュゼットのことも、彼女が工房を訪れた時から、よく知っている。
そんな彼女をバスピエが送り出したということは、きっと何かしら思うところがあるのだろうということだ。
団長は、手招きして二人を横に並ばせると、詰め所に集まった十人ほどの団員たちに語りかけた。
「聞いてくれ。今日の巡回には二人のゲストが参加する。一人はクロム殿。若いが、あのジュリアード魔法女学園で優秀な成績を収められた魔法使いだ」
その紹介を受けて、クロムが軽く会釈をする。
団員たちも、団長の言葉を信頼しているのか、特に怪訝な顔をするものもなく、クロムを受け入れていた。
そして、団長は身内を紹介するような気軽な雰囲気になって、ミュゼットの紹介に移る。
「そして、もう一人は馴染みのものもいるであろう、ミュゼットだ。今回はクロム殿の杖を作るという大役を任されているそうだ。クロム殿の魔法を間近で見るために、今回同行する」
ミュゼットも、クロムのように会釈をする。
しかしその会釈が、クロムに比べるとぎこちなかったせいか、馴染みの団員が思わず苦笑する。
そうこうしているうちに出発の準備が整い、団員たちは順々に詰め所を出発した。
クロムとミュゼットは、列の後ろの方を歩くよう指示された。
そして列の最後尾には団長が、二人を守るように歩いていく。
一同は、町をぐるりと取り囲む壁に設置された門を出ると、そこから伸びる街道に沿って歩き始めた。
街道の周りには、畑が広がっていた。
さつまいも、かぼちゃといった野菜や、ブドウやナシといった果物が実っている。
少し肌寒い朝の光の中、農夫たちによる収穫作業が、あちらこちらで行われていた。
「平和だなあ」
クロムは独り言のように呟いたのだが、それが聞こえたのか団長が答える。
「確かに、一見あたりは平和だ。しかし……」
そう言うと、団長はいったん言葉を区切り、辺りを見渡した。
目があった農夫たちが手を振るのに応えると、言葉を続けた。
「この季節、田畑の恵みを狙って、魔獣が人里近くに降りてくることがある」
「魔獣ですか」
「そうだ。獰猛で人を襲うような肉食獣でないのが、救いなのだが。それでも勢いよく突進してくる魔獣にぶつかると、大の大人でも骨を折るなどの重傷を負うこともある」
その話を聞いて、クロムは初めてラーセンと出会った時のことを思い出した。
少しぼうっとしたクロムに、ミュゼットが声をかける。
「どうしました?」
「あ、いや、草食の魔獣と聞いて、ふと、この旅を始めた時のことを思い出していたの」
「お、クロムさん自身のお話ですね。何かしら杖作りの参考になるかもしれません。お聞かせください」
「いいわよ。あの時はね……」
そういうとクロムは、ラーセンと出会った時のことを、ミュゼットに話し始めた。
興奮したボアに、執拗に追い回されていたけれども、ラーセンの支援を受けて、なんとかボアを仕留めたこと。
その時に初めて、古典魔法を見たこと。
そのようなことを、多少の懐かしさも含みながら、ミュゼットに伝えた。
「ほー、古典魔法による近代魔法の効果促進ですか、なるほどなるほど」
「初級火魔法が、矢のようにすごい勢いで飛んで行った時の衝撃は、今でも忘れられないわ」
魔法について語るうちに、だんだんと話のテンポが噛み合ってくる二人。
気がつくとミュゼットも、澱みなく会話ができるようになってきていた。
話しているうちに、ミュゼットは、ふと疑問に思ったことをクロムに問いかけてみた。
「ところで古典魔法は、あくまで近代魔法のサポートしかできない魔法なんでしょうか?」
「どうだろう。少なくとも今まで師匠が魔法を使ったのは、だいたい私の魔法を強化してくれた時だけかな」
「だとすると、古典魔法は、一人では何にも役に立たない魔法になってしまいますよね」
「確かに!」
言われて初めて気づいたというように、クロムは驚いた。
ミュゼットはさらに話を続ける。
「もしそうだとすると、古典魔法使いの人は、常に近代魔法使いの人とペアを組んで活動することになりますよね」
「理屈からすると、そうだね」
「でも、先ほどの話を聞くと、クロムさんに出会った時にラーセンさんは、お一人で旅をされていたんですよね」
「うん」
「だとすると、古典魔法は支援だけではなく、単独での主体的な魔法も使えるんじゃないかと思うんですよ」
「なるほどー」
これまでのクロムは、ラーセンに古典魔法で支援されることが当たり前だった。
しかしミュゼットの自由な発想に、自分らしい古典魔法の可能性について、新たな視点から考えるきっかけを得たように思えた。
「そうか、ソロの古典魔法使いか。ちょっと格好いいね、それ」
「ついでに、古代魔法も使えちゃったら、一人で何でもできる魔法使いになれますね」
何でもできる魔法使い。
その言葉を聞いて、クロムはハッとある人物のことを思い浮かべた。
「ヴィルさん!」
「ヴィルさん?」
突然知らない名前を叫んだクロムに、思わずミュゼットもわからないままその名を呼ぶ。
お互いの言葉に驚いた二人は、思わず目を合わせる。
そして、どちらからともなく笑い始めた。
「ははは、ごめんごめん。ヴィルさんっていうのは、少し前に砂漠の都市で出会った、魔法が使えるトレジャーハンターさん」
「トレジャーハンター?」
「簡単にいうと、宝探しをしている人ね」
「はあ」
「その人が、近代魔法、古典魔法、古代魔法の三つの魔法を、一人で扱える人だったの」
「三つ全てですか。確かにそれはすごいですね……」
そういうと、ミュゼットは、あれっ、というように首を捻った。
そしてその疑問を、クロムにぶつける。
「そのヴィルさん、とかいう人は、どんな杖を使っていたんでしょうか?」
「え、どうかな。普通、だったと思うけど」
「普通とは?」
「私は最初、ヴィルさんは近代魔法が使える人だと思っていたの。その前提で違和感がなかったのだから、おそらくは近代魔法の杖か、それによく似た杖だと思うわ」
「だとすると、古典魔法や古代魔法を、近代魔法用の杖で使ったってことですよね」
「理屈上はそうなるのかな」
話しているうちに、ミュゼットの探究心に火がつき始める。
砂漠の都市の地下で魔獣と戦った時の実況を求められ、クロムは覚えている範囲でヴィルの魔法について、ミュゼットに伝えていく。
「なるほどなるほど、オリーブさんと遜色のない近代魔法を使えると……」
「なんと、水魔法を使った古代魔法の増幅とは。それは興味深い……」
「あ、古典魔法は自己申告だけで、使ったところを見たわけではないと……」
ミュゼットは、クロムから聞いた話を片っ端からメモしていく。
それでそれで、とグイグイくるようになったミュゼットに、若干たじたじになるクロム。
その様子をずっと眺めていた団長が、二人に声をかける。
「そろそろ、到着だ」
その言葉を聞いて、クロムとミュゼットは当初の目的を思い出し、きゅっと身を引き締める。
団長は、街道沿いの畑の一角を指差した。
そこは、明らかに何かによって荒らされた痕跡があった。
「ビッグホーンだ」
団長は、二人に説明する。
ビッグホーンは、二つの大きな角を持つ、草食の魔獣。
普段は人里離れた山奥に住んでいるが、餌の少なくなる冬場に備えて、秋に食欲が旺盛になる。
そのため、畑で育てられている作物が、被害に遭うのだという。
「奴らも生きていくためには、食っていかなければならない。ある程度は目をつぶっているのだが、秋の食欲旺盛なビッグホーンが、畑を食い散らすのを黙ってみているわけにはいかない」
そういうと、団長はシャキンと音を鳴らして、腰から下げた剣を抜く。
「かわいそうだが、人里に降りてきてしまったビッグホーンを、毎年駆除しているというわけだ」
「なるほど」
団長の説明を聞いて、クロムは状況を理解する。
「というわけで、もしビッグホーンに遭遇したら、二人は後ろの方で待機。基本的には自警団で対応する」
「ええっ!? そうしたら私、クロムさんの魔法が見られないですよ」
「わざわざ、二人を危険なことに巻き込むわけにも、いかんだろう」
ミュゼットは抗議をするが、団長はそんな抗議を軽くいなす。
クロムは、まあまあという感じでミュゼットを宥めた。
「団長さんのいうとおり、わざわざ危険なことに首を突っ込む必要はないでしょう。それに魔法が見たければ、どこか開けたところで見せることはできるよ」
クロムの言葉を聞いて、ようやくミュゼットは落ち着いたのだった。




