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私らしさ #3

 ミュゼットとクロム、そしてアンバーが食堂から出ると、残されたラーセンとバスピエの机には、ちょっとした静寂が訪れた。

 その静寂を破るかのように、テーブルに載せられた山のようなパンを乱暴に齧りながら、バスピエがラーセンに話しかけた。


「まあ、なんていうか。若えっていうのは、頭より先に体が動き始めるもんなんだな」

「ああ」


 ラーセンも、ソーセージとサラダをまとめてフォークに刺して食べながら答える。

 話を切り出したバスピエだが、その後の言葉が続かず、もしゃもしゃと料理を食べている。

 特にバスピエから話すことがないということがわかったラーセンは、今度は自分から切り出すことにする。


「ずいぶん若い弟子をとったんだな」

「ミュゼットのことか」

「ああ。以前は『弟子など取らん』と言っていたのに、どういう心境の変化があったんだ」

「まあ、気まぐれだな」

「とはいえ、きっかけはあったんだろう」

「きっかけか……」


 そういうと、バスピエは少し口籠る。

 しばしの逡巡ののち、バスピエは手を挙げて給仕を呼ぶと、エールを一杯とつまみになるようなものを注文した。


「おい、これから仕事じゃないのか?」

「エールの一杯や二杯、飲んだうちに入らんさ。それに弟子とのやりとりなんて、酒でも入れなきゃ話せん」


 矛盾しているんじゃないか、とラーセンは思うが、口には出さない。

 やがて運ばれてきたエールを口に含めると、バスピエはミュゼットとの出会いについて話し始めた。


「ミュゼットはな、突然俺の工房にやってきたんだ」

「ほう」

「手に木の棒を握りしめてな。私にも魔法の杖を作ることはできますか、ときたわけだ」

「それがきっかけで、弟子にしたわけか」


 ラーセンがそう問うと、バスピエはつまみのソーセージをフォークで刺して、ガブリとくわえた。

 そして、刺されたもののなくなったフォークを、左右に振って答える。


「んなわけないだろ。なんのつてもない小娘を、そんな簡単に弟子に取るかってんだ」

「でも弟子にしたんだろう」

「そりゃ色々あったんだよ。そんときは、弟子になりたいんだったら、しばらく工房で下働きだ、と言ったんだ。何を勘違いしたか知らねえが、まあ三日くらいで音を上げて、それきりになると思ってたんだよ」

「でも、そうならなかった」

「おう。ああ見えて、結構頑固でな。若え男でもきつい燃料や水の補充を、黙々とやるわけだ」

「それが、弟子入りを許した理由か」

「まあ、半分はそうだ」


 バスピエはそういうと、もう一本ソーセージを食べる。

 そして、エールの入ったジョッキを手に持って、ごくりと飲み込む。


「半分ってのは、なんなんだ」

「根性があることはわかった。だから、その根性がどこから来ているのか、それを聞いたのよ」


 その話を聞いてラーセンも、バスピエに杖を作ってもらった時に、さんざん質問攻めにあったことを思い出した。

 理由に納得しないと、一切作業をしてくれない。

 バスピエとはそういう男なのだ。

 そんなバスピエを納得させるとは、どんな理由だったのだろうか。

 興味が出てきたラーセンは、バスピエに続きを促した。

 バスピエは、盛り合わせてあったフルーツからりんごを手に取ると、そのまま皮も剥かずにかぶりつく。


「ミュゼットは、とある小さな田舎の村で、暮らしてたんだ。ある時、その村に前触れもなく魔獣が現れた。田舎の村なんかにゃ、大した防御施設なんかあるわけがねえ。ミュゼットを含む村の住人たちは皆、村の中央にある教会に、逃げ込んだのさ」

「それで?」

「半刻ほど教会に立ちこもっていたが、魔獣は逃げ出す気配がなかった。そんなところに、一人の魔法使いが現れた」

「ほう」

「魔法使いは、魔法であっという間に魔獣を退治した。村人たちは礼をしようとしたが、魔法使いは名前も伝えずに、急ぎの旅だと言って去ってしまった、というわけだ」


 そういうと、バスピエはもう一口りんごをかじる。


「で、ミュゼットはその魔法使いにあって礼が言いたい。ただ手がかりは、凄腕の魔法使いというだけだ。だから、その魔法使いがやってきてくれるくらい有名な魔法の杖の職人になりたい。そう言ったのさ」

「それは、なんというか、ずいぶんと遠大な計画だな」

「だが、迷いなくそれを語るミュゼットを気に入った。それが、あいつを弟子にした理由だ」


 アバウトで純粋でかなり成功率低めの計画。

 ただ、そんなところがバスピエの目にかなったのだろう。

 そう、ラーセンは思った。

 バスピエは、残りのエールを一気に飲み干すと、どんと机の上に置く。

 そしてラーセンを指差し、次はお前の番だと促した。


「こっちは、それほど大層な理由じゃないけどな」


 そういうと、ラーセンはクロムと出会った時のことを話し始める。

 純粋に魔法が好きであること。

 飛び抜けた才能を、上手く活かせない環境にいること。

 個性を活かす古典魔法に、興味を持ったこと。

 そして、シノクサの教え子であること。

 そのようなことを、とつとつと語っていった。


「なるほどな、シノクサの教え子か。そりゃあ気にもなるわな」

「そうか?」

「ああ、そうだ」


 ラーセンの話を聞いて、バスピエは納得したというように頷いた。

 それと同時に、聞かなければならないことも思い出す。


「それでおめぇは」


 バスピエは、やや言いづらそうにラーセンから目を逸らしながら、核心の点について質問をする。


「あんときの件については、答えを見つけたのか?」

「優先順位のことか」

「そうだ」


 バスピエが問いかけているのは、シーサーペントを倒した島でフォルラーナに話した、命の優先順位のことに違いない。

 そうわかっていたが、あえて確認をして、頭の整理をする時間を取る。

 そして、やや短い沈黙の後、ラーセンは答えた。


「一応、出した」

「そうか。で、どんな答えだ?」

「自分の命を大切にする。相手の命を大切にする。どちらも正解でどちらか一つは選べない」

「おいおい」

「だから、そうならないように気をつける、というのが答えだ」

「まあ、そりゃあそうなんだがな。だが、また、どうしても選ばなければならなくなったら、どうする?」

「そのときは、コインでも振るさ。恨みっこなしだ」


 ラーセンの、ある意味めちゃくちゃで、でも的を得た回答を聞いて、バスピエは一瞬考え込む。

 そしてすぐに、大きな声で笑い出した。


「がはは。まあ、しょうがないときはしょうがないな。そんときは理屈じゃないってことか」

「そうだ」

「ちげえねえ」


 愉快な気分になったバスピエは、エールを追加で二杯頼んだ。

 ラーセンは、呆れながら突っ込む。


「だから、今日は仕事だろ」

「俺の客のいい話を聞いたから、今日は休業だ。ここで夜まで飲もうぜ」

「俺も一緒か」

「なんだ、嫌なのか?」


 そう言われると、ラーセンも特にここでやることもないので、嫌ではない。

 ただ、一応は言い訳じみたことも言っておく。


「嫌ではないが、弟子たちに示しがつかん」

「気にすんな。師匠が適当な方が、弟子は育つもんだ」


 そう言って、持ってこられたエールをうまそうに飲むバスピエを、ラーセンはやれやれという表情で見つめていた。


「ミュゼットは真面目だ」


 突然、バスピエがミュゼットのことを話し始めた。

 あまりに前振りがなかったので、ラーセンは相槌も打てないまま、じっと次の言葉を待つ。


「初めは俺のいう理不尽な下働き作業を、文句の一つも言わずにこなしていく。さっき話したようなことがあった後は、杖の作り方についても、俺のいうことを守って作業をする」

「確かに、真面目な雰囲気はあるな」

「今じゃあ、俺の作る杖にかなり迫るクオリティのものを、仕上げられるようになった」

「すごいな」


 ラーセンが素直な感想を伝えると、バスピエは首を振る。


「ただ、それだと俺に迫ることはできても、俺を超えることはできない」

「そこまで優秀なのか」

「正しくは、俺の向かっているゴールとは別の、ミュゼットの目指すべきところを見つけてほしいと思ってる」

「守破離、ってやつだな」

「そうだ。守ってばかりではダメだ。俺のいうことを時に破り、そして俺から離れ自分らしさを見つける必要がある。特に古典魔法の杖作り職人としてはな」

「だから、今回の仕事をミュゼットに任せたのか」


 ラーセンは、質問とも自問と言えるような問いかけを行った。

 バスピエは、うなづいて答える。


「ああ。あのクロムっていう嬢ちゃんも、なかなかの魔法の使い手だろう。ああいう才気ある若い魔法使いと一緒になることで、俺では引き出せないミュゼットの個性を、引き出せるように感じたんだ」


 そういうバスピエには、近いうちに自分の元を離れ、一人職人としての研鑽を積んでいくミュゼットの姿が、目に浮かぶのであった。

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