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私らしさ #2

 次の日の朝、クロム、アンバー、そしてミュゼットの三人は、小綺麗な喫茶店に来ていた。

 そこは、昨晩の初顔合わせの時に、緊張であまり喋れなかったミュゼットが、去り際に教えてくれた店だった。

 朝早いというのに、お店の中は活気にあふれていて、クロムたち以外にも多くの客で賑わっていた。


「この町は、親方たちみたいに夜通し飲んでも、朝早く起きて仕事の準備をする人たちが多いんですよね。お酒に強いというかなんというか」


 言い訳をするように、ミュゼットが説明をする。

 しかし、クロムやアンバーにとっては、こういったガヤガヤした雰囲気のお店の方が逆に過ごしやすいので、気にしていないと伝えている。


「それにしても……」


 と、クロムは、目の前のテーブルに並べられた皿の多さに驚いたような、呆れたような感想をつぶやく。

 その言葉に、ミュゼットはちょっと緊張が解けたような雰囲気になり、説明を始める。


「この食事は全部、飲み物のおまけなんです」

「おまけというには、すごい量ですね」


 アンバーが素直な感想を伝えると、ミュゼットはアンバーの方を向いて話を続ける。


「元々はささやかな量だったんです。でも、とあるお店が少しおまけの食事を増やしたら、職人さんたちがみんなその店に入ってしまって。その後は競い合うように、おまけの量が増えていって……」

「それでこんな量になっちゃった、ていうわけね」


 山盛りのサラダを食べながら、クロムが納得した。

 アンバーは、焼きたてのふわふわのトーストを、少しずつちぎって食べていく。

 そんな二人を見ながら、ミュゼットは本題について切り出す。


「ところで今回は、クロムさんの杖を作るために、この町にやってこられたんですよね」

「そうそう。だから杖のこと、色々相談させてほしいの」

「もちろんです! 私、誰かのために杖を作るのは、今回が初めてなので、いい杖を作らせていただきたいと思います!」


 杖の話になると、俄然ミュゼットのテンションが上がってくる。

 クロムは、普段使っている魔法の杖を、ミュゼットに渡した。

 ミュゼットは、受け取った杖を手に取ると、軽く振ったり、左右に持ち替えたりしながら、杖の大きさやバランスを確認していく。

 そして、確認が終わったところで、その杖をクロムに返した。


「ありがとうございます。いい杖ですね」

「ジュリアードに入学した人は、全員もらえる杖なんだけどね」

「ということは、個人ごとのカスタマイズは?」

「それはない」


 そういうとクロムは、ユニゾン効果の実習で、他の学生に合わせるのに苦労したことを話し始める。

 思い出すたびにだんだんエスカレートするクロムの主張を聞いて、すでに聞いていた話なのに思わずアンバーは笑ってしまう。

 ただミュゼットは、他人に合わせるために個性をなくし、均一化を目指すユニゾン効果の手法については、批判的な観点でクロムと意見が一致し始める。


「一人一人の個性を潰して効果を出すなんて、全くもってつまらない仕組みですね!」

「一番下手な人に合わせなきゃいけないのも、イライラの原因なの!」

「そんなに均一が大事なら、機械にさせればいいのに!」

「才能があり過ぎるってのが、あだになるのよね!」


 ひとしきり話終わると、興奮気味のクロムとミュゼットが同時にグラスをドン、とテーブルに叩きつける。

 あっけに取られたアンバーは、二人の言動にやや呆然としつつ、テーブルに載せられたオムレツを手元の皿に取り分けた。

 そして、恐る恐るクロムに質問をする。


「だから、古典魔法を学んでいるんですよね?」


 その問いかけに、クロムはアンバーを指差して大袈裟に同意する。


「そう! 古典魔法!」

「古典魔法は、いいですね」


 間髪入れないクロムの応対に、ミュゼットも同意する。

 そして二人で、また会話のキャッチボールが始まった。


「古典魔法は、個性が要求されるから、気に入ったの」

「確かに。杖も人によってオーダーメイドが基本ですからね」

「そうそう、そのオーダーメイドが、今回悩んでいることなの」

「というと?」

「師匠、あ、聞いたかもしれないけど、ラーセンさんが私の師匠ね」

「はい」

「師匠の話によれば、古典魔法の杖を作る時には、大切にするところと切り捨てるところを考えなきゃいけないって」

「確かに。理想のバランスで作った杖は、大きくなりすぎちゃいますからね」


 クロムは先ほどミュゼットに貸した魔法の杖を、もう一度手に取って軽く振るう。

 そして、古典魔法の魔法陣を描く仕草を、おもむろに行った。

 そんなクロムの一挙手一投足を、ミュゼットは興味深げに眺める。

 クロムが何度か、異なる古典魔法の魔法陣を描く仕草を終えたところで、ミュゼットは独り言のようにつぶやき始める。


「なるほど……今のがクロムさんのイメージする古典魔法なんですね」

「今ので何かわかったの?」

「あ、いえ、完全に理解した、というわけではないのですが」


 驚いたようにクロムが尋ねると、ミュゼットはやや自信なさげに首を振りながら答えた。

 しかしまた、自分に言い聞かせるようにつぶやきを続ける。


「完全に支援に徹するというよりは、古典魔法だけれども近代魔法のような主張が必要……近代魔法に負けない、力強い魔法陣……ある程度の速度……」


 ぶつぶつと独り言をつぶやくミュゼットを、クロムとアンバーはやや緊張しながら眺める。

 しばらく待って、どうやら今は話しかけない方が良いと悟った二人は、ミュゼットの邪魔にならないよう、残っていたテーブルの上の食事を、そっと食べ始める。

 そうして様子を見ていたミュゼットが、突然手を上に伸ばすと、その手で頭をガリガリと掻きむしった。


「ミュゼットさん?」


 驚いて声をかけるクロムの肩に、ミュゼットの手がかかる。


「クロムさん、ちょっと質問させてもらってもいいですか?」

「は、はい?」

「先ほどの杖捌きを見る限り、クロムさんは近代魔法がとてもお上手ですよね。だからこそ、古典魔法を使おうと思った時に、普通の作り方の杖だと近代魔法の手癖がついてしまい、ちゃんとした効果が出ない」

「よく、お分かりで」

「そのためには、あえて近代魔法の杖で取れているバランスを崩して、古典魔法に最適化された杖にしなければならない。ここまではわかった、でも!」


 というと、ミュゼットはクロムの肩を揺さぶり始める。


「どのバランスを崩せば正解なのか、私にはわからない。だからクロムさんが、どんな思いで古典魔法を使いたいと思っているか、今から教えてちょうだい。それがわかれば、何か掴めるかもしれない」

「あああ、ミュゼットさん、ちょ、ちょっと……」


 興奮して暴走気味になるミュゼット。

 その頭に、突然ゲンコツが降ってきた。


「あいた!」

「いい加減にしろ、ミュゼット」


 ミュゼットが振り向くと、そこには拳を振り下ろしているバスピエ、そしてその後ろにラーセンの姿があった。

 バスピエは、わかりやすくミュゼットを諌める表情をしている。

 その横で、ラーセンは笑いを噛み殺したような、複雑な表情をしていた。


「ひどいです、親方。いきなり叩かないでください」

「いや、何度か声をかけたが、全く返事がなかったぞ。だからやむなく、優しく気づかせてやったんだ」

「優しくなんて、絶対嘘です。すごい痛かったです」

「わかった、わかった」


 バスピエは、ミュゼットの隣の席にどかりと腰を下ろした。

 そしてクロムに対して、軽く頭を下げる。


「ミュゼットが悪かったな。こいつは、杖のことになると途端に見境がなくなっちまう」

「いえ、別に。それに、私の杖のことを一生懸命考えてくれているのがわかるので、全然気にしてないです」

「そう言ってもらえると、助かるぜ」

「それよりも、なんでバスピエさんと師匠はここに?」


 そう問いかけられたバスピエとラーセンは、顔を見合わせる。

 どちらから切り出そうかと、目で相手の意思を確認する。

 その結果、ラーセンがクロムに話すことになった。


「町の離れにある街道で、魔物が出たという情報があったらしい」

「魔物?」

「村の自警団が巡回に行くそうなので、二人で行ってくるといい」

「それは構わないんですけど、なぜでしょう?」


 クロムは理由がわからず、ラーセンに問いかける。

 ラーセンは、クロムとミュゼットを交互に見ながら、結局皆まで言わせるのかとやや呆れつつ、答える。


「頭の中でどれだけ考えても埒が開かないだろうから、実際に魔法を見てもらったらどうかってことだ」

「な、なるほど。百聞は一見にしかず、というやつですね」


 全てを説明してもらって、ようやく合点がいったクロムは、隣にいるミュゼットを見る。

 しかし、さっきまでいたミュゼットがその場にいない。

 あれ、とクロムが辺りを見回すと、ミュゼットはすでに出口に向かって歩いていた。

 待って、と声をかけかけたクロムに気づいて、くるりと振り向く。


「早く行きましょう、クロムさん。私、クロムさんの魔法を見てみたい。そして、クロムさんにぴったりの杖を作ってあげたい!」


 そう言ってせかせかと歩いていくミュゼットを、クロムはあっけにとられて眺めていた。



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