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私らしさ #1

一週空きましたが、新章始まりです。今回はクロムが新しい古典魔法の杖を入手するお話になる予定です。


「師匠、杖を作ってくれる人たちがいる町はまだですか?」

「もうすぐだ。おそらくあの丘を越えれば、見えてくるはず」

「昨日の丘を超えた時は、何も見えませんでしたよ」

「……前来た時と同じような丘だったから、間違えたんだ。次こそ目的の町だ」


 気の置けない会話をする師弟を、オリーブとアンバーが眺めつつ、クロムたちは街道を進んでいた。

 街道は、緩やかなうねりのある平原を、蛇行しながら伸びている。

 そのため、うねりを超えるたびに少しずつその先が見えてくる。

 ラーセンが、丘を見間違えるのも、仕方がないところである。

 平原は、一面背の高い草で覆われていた。

 その穂先には、白い綿毛が秋風になびいている。

 そして、ひときわ強い風が吹くと、穂先を離れ空に飛びたつ綿毛を、あちらこちらで見ることができた。


「私の村にもススキはあったけど、こんな見渡す限りのススキは、初めて……」


 景色に見惚れていたアンバーが、風に舞い上がる綿毛を見て、つぶやいた。


「そうねえ。でもそろそろ見飽きちゃったわ。早く町に着いて一休みしたいわ」

「ふふ、そうですね」


 情緒のない率直な意見をオリーブが述べると、アンバーは手を口に当てて小さく笑う。

 そうこうしているうちに、一行は目の前の丘を越える。

 その先には、ようやく町が見えてきた。


「あれが、目的地だ」


 ラーセンの言葉に、全員が目を凝らして遠くの町を見る。

 やや大きな町は、石垣でぐるりと囲まれている。

 町の隣には、大きな湖がある。

 そして、町のあちこちから白い煙がたなびいていた。


「師匠、なんだか活気のある町ですね」

「ああ。杖職人だけではなく、鍛冶職人や日用品の職人など、様々な職人が集まる町だからな」

「楽しみです。早く行きましょう」

「町は逃げない。ゆっくり行かせてくれ」

「もしかして疲れてます?」

「ああ。だから労ってくれ」


 町が見えてがぜん意気込むクロムを、ラーセンがなだめる。

 それでも、日が暮れないうちに、町の入り口まで辿り着くことができた。

 町に入る手続きをして、入り口の門をくぐると、途端にあちらこちらから、ものづくりの音が聞こえてきた。

 物珍しげにあたりを見渡すクロムとアンバーを置いて、宿を探すためにオリーブは町の案内所が集まるエリアに移動する。

 今回はオリーブに任せても良いだろう、とラーセンは入り口前の広場に置かれたベンチに腰を下ろす。


(久しぶりに来たが、相変わらずだな)


 前回この町に来た時のことを思い出し、ラーセンはしばし感傷にふける。

 広場は、材料を担いだり、出来上がった製品を荷車で運んだりする職人で、ごった返していた。

 その中の一人が、何かに気づいたかのように足を止めて、ラーセンの方を見る。

 見間違いでないかと目をこすり、そして間違いでないことに気がついた彼は、大きな声でラーセンに問いかけた。


「おい! そこにいるのはもしかして、ラーセンか?」


 名前を呼ばれたラーセンが振り向くと、そこにはやや小柄な、しかしがっしりとした体躯の男がいた。


「バスピエか?」

「がはは。バスピエか、とは失礼だな」


 ラーセンが問いかけると、バスピエと呼ばれた男は、豪快に笑った。

 茶色の髪と、髪と同じくらいのびたボサボサの髭は、まるで物語に出てくるドワーフのような出で立ちだ。

 仕事道具であろう、木を切り刻む大小二つのナタを、腰から下げている。

 笑い終わると同時に、バスピエはジロリとクロムとアンバーを見据えた。

 その視線に怯えたアンバーは、クロムの後ろに隠れてしまう。

 クロムは、アンバーを守らなければという思いで、無意識に杖を構える。


「な、何かご用でしょうか?」


 緊張しているクロムとアンバーから視線を外すと、バスピエは二人を指差しながらラーセンに尋ねる。


「この嬢ちゃんたちは、連れか?」

「ああ、そうだ」

「前会った時に連れていた嬢ちゃんよりは、だいぶ幼いな。趣味が変わったか」

「おい」

「がはは、冗談だ。二人に俺を紹介してやってくれ」


 ポカンとしているクロムとアンバーに、ラーセンは簡潔に説明をする。


「バスピエだ。俺の杖を作った職人で、この町で最も腕がいい」

「えらい持ち上げてくれるな。杖を作っているときは、文句ばかりだったくせに」

「文句? 俺は単に要望を伝えただけだが」

「要望ねえ。まあそう言うことにしておくか」


 ラーセンの紹介で、ようやく緊張が解ける二人。

 クロムは、構えていた杖をおろし、自己紹介を始めた。


「は、初めまして。クロムです。師匠と一緒に旅をしています。こっちはアンバーちゃん」

「バスピエだ」

「さっきは、杖を向けてしまってごめんなさい。あの、なんだか、その、貫禄があったもので、つい……」


 言葉を選びながら話すと、クロムは頭を下げる。

 緊張は解けたが、警戒心がまだ少し残るアンバーも、クロムの後ろで一呼吸遅れて頭を下げる。

 バスピエはあごひげに手を当てながら、クロムに答える。


「気にするな。それより、師匠っていうのはあいつのことか」

「はい。魔法について、特に古典魔法について、いろいろ教えてもらっています」

「あいつが師匠ねえ。大人になったもんだ」

「バスピエさんは、昔の師匠をご存知で?」

「ああ、知ってるぞ。散々文句を言われたからな」


 その言葉にクロムは、ラーセンが魔法の杖を作った時の話を思い出した。


「確か、体を鍛えるつもりはないけど、魔法はしっかり使えるような杖にしてほしいと」

「がはは、ちげえねえ。おおむねそんな感じだ」


 そういうと、バスピエはもう一度ラーセンに問いかけた。


「で、なんだって、この町に来てるんだ」

「いちばんの目的は、新しい古典魔法の杖の作成だ」

「この、おっきい嬢ちゃんのか?」

「ああ、そうだ」


 その言葉を聞いて、バスピエはクロムをジロジロと眺める。

 そして、何かいいことを思いついたというように、手を打った。


「町に来たばっかりなんだろう。まずは宿を取ってこい。そしたら、酒でも飲みながら積もる話を聞かせてくれや」

「あの店か?」

「そうだ。待ってるぜ」


 そう言い残すと、バスピエはのっそりとその場を去っていく。

 そのバスピエと入れ違いにオリーブが、いそいそとやってきた。

 すれ違いざま、妙な雰囲気を感じ取ったオリーブは、振り向きながらバスピエを眺める。

 そのままこちらにゆっくりと歩いてくるオリーブに、クロムが語りかける。


「宿は見つかりましたか、オリーブさん」

「ええ、見つかったわ。ところで、今すれ違った……」

「バスピエさんです。あとで一緒に食事をします」

「えっ? 食事? 話が見えないんだけど」

「まあまあ、疲れちゃったので、早く宿に行きましょう」


 状況を把握しきれていないオリーブの背を押すように、クロムたちは宿へと向かった。

 目的の宿に向かう途中にも、大小さまざまな宿が立ち並ぶ。

 職人が多いこの町は、職人に仕事を頼みに訪れる人たちも多く、宿屋はかなり充実していた。

 オリーブがいうには、今回とった宿は、その中でも指折りの大きな宿らしい。


「長旅で疲れちゃったし、お金もいっぱいあるから、ぱあっと贅沢しましょ」


 悪びれることもなく、オリーブはこの宿に決めた理由を語った。

 クロムも、特にその意見に反対するような理由はないので、部屋に備え付けられたベッドに寝転がった時には、いいものを選ぶ目があるんだなあと、オリーブの評価を少し上げていた。

 旅の持ち物を部屋の片隅にまとめて身軽な状態になると、クロムとアンバーは宿の入り口へと向かった。

 入り口の前には、カウンターと待合室が用意されている。

 その待合室で、すでに来ていたラーセンとオリーブが話をしていた。


「お待たせしました」

「大丈夫、私たちも今来たところよ」


 クロムが遅れたことを謝ると、オリーブは大したことないわという感じで答える。

 全員が揃ったのを見て、ラーセンが立ち上がる。


「揃ったようだな。じゃあ出かけるか」

「はい。師匠、バスピエさんに話していた、あの店、っていうのはどんな店なんですか?」

「ん、ただの酒場だぞ」


 クロムの質問にそう答えると、ラーセンは立ち上がって歩き始める。

 クロムたちは、そのままラーセンの後をついていった。

 空はだんだんと暗くなっていくが、ラーセンたちが歩いていく道には、食堂や酒場が立ち並び、まるでこれからが本番というように、明るく騒然としていた。

 ラーセンがいうには、一仕事終えた職人たちが集まってくるこの時間が、いちばん騒がしい時間なのだそうだ。

 迷いなく歩くラーセンの進む先に、エールが注がれたジョッキを模した看板を掲げる店が見えてきた。


「ここだ」


 そういうと、ラーセンは店の扉を開けて中に入る。

 いらっしゃいませ、と元気に挨拶をした店員に対して、ラーセンは待ち合わせであることを伝える。

 店員に案内されて店の奥に入ると、先ほどあったバスピエと、もう一人若い女性が丸テーブルに並んで座っていた。

 歳はクロムと同じか、少し上に見える。

 背は高そうだが、自信なさげに背を丸めているので、それほど圧迫感はない。

 度の強そうな丸い眼鏡をかけていて、視線がどこに向いているか、少しわかりにくい。

 短く刈りそろえた赤毛の髪は、ややボーイッシュな印象を与えていた。

 ラーセンたちを見つけたバスピエは、手招きをする。


「遅かったな。あと少ししたら、勝手に始めているところだった」

「むしろ、すでに始まっていると思っていたので、まだ酒を頼んでいなかったことに驚いてる」

「ぬかせ」


 たわいもない挨拶を交わすと、バスピエは隣の女性に声をかける。


「おい、自己紹介だ」


 突然話を振られた女性は、背筋を不自然にピンと伸ばすと、自己紹介を始めた。


「わ、私、ミュゼット。杖職人見習いです。バスピエ親方のところで、修行中です。よろしくお願いします!」


 ミュゼットと名乗った女性は、そういうと勢いよく頭を下げる。

 しかし、勢いよく下げすぎてしまい、頭を机に打ちつけて思わずのけぞってしまう。

 おいおいという目でミュゼットを見ると、バスピエは、はあ、とため息をつく。

 そしてクロムを見ると、こう告げた。


「嬢ちゃんの杖は、ミュゼットに作らせる」


 そういうと、バンとミュゼットの背中を叩く。

 ゴホゴホと咳き込むミュゼットを見て、クロムは苦労していそうだなあと、ミュゼットを思いやっていた。


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