晶 対 徳
「風紀委員ですの!」
そう颯爽と叫んで部屋の入り口に立つ少女は『とある魔術と科学の狭間』に登場する風紀委員である白黒子井だった。(通称 黒子)
何処かの学校の制服に身を包み左側に風紀委員の腕章をつけている。
ツインテールになっている髪はタコの足の様に四本ずつに枝分かれしている。
(好都合だな。)
最初の廃工場で数えた人数的に礼言の倒した数と合わせて残りは一人。
その最後の1人は美坂御琴だと思っていたが現れたのは白黒子井。
何故かはわからないが着替えている。
彼女が一人でいることと今まで倒した敵の実力的におそらくは彼女の正体は智坂晶だ。
ここで彼女に勝利すれば今までの戦いで心を折られた彼女の仲間達はヒーローへの道を諦めるだろう。
そうなれば晶も夢を諦めるかもしれない。
姪の夢を潰す結果になるが、兄の様な存在である自分からしても晶を危険な眼からはできるだけ遠ざけたい気持ちがある。
(故に手加減はしない。)
連戦を重ねて体力的に疲弊しているはずの礼言だったがやる気は十分だった。
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戦いが始まってから三十分が経過してから智坂晶は動き出した。
三十分の間にすでに美坂御琴から白黒子井への着替えは終わっている。
他にもコスプレ衣装はあるのだが、彼女の現在の演技力では男性キャラにコスプレしても女性キャラほどの再現率は出ない。
故に今の所、晶のコスプレは女性限定の制限がある。
ならば『とある魔術と科学の学園』に彼女が拘るのはなんなのか?
それは単に彼女の今のブームというだけだった。
(いったい・・・ どこにいますの?!)
彼女は空間転移の能力で訓練範囲内を転移して仮想敵である礼言峰綺を探していた。
最初はただどこに標的がいるか分からないので普通に探していたが、途中から彼女は急いでいた。
なにせ戦闘支援部隊の仲間達が戦闘区域内で何人も倒されているのだ。
そのほとんどは救護部隊によって回収されているが、皆。
一様に怪我を負っていた。
無論、それはもう治らなかったり後遺症にならないものではなかったが、訓練で、たったの30分でこのありさまなのだ。
(これがもし、実戦だったら・・・)
そう思うとゾッとした。
親しく同じ夢に向かって歩んでいる仲間が無残に倒れ伏していたら・・・
一生残る傷を負わされていたら・・・
地面に伏し倒れたところを嬲られていたら・・・
もし、『死』んでいたら・・・
そう思うと急がずにはいられなかった。
心臓の鼓動がいつもより激しく鳴り響き、体が熱く猛っていた。
準備運動など必要ないぐらいに彼女の体は臨戦態勢を整えた。
そして、ついに標的を発見する。
標的の後方には倒れ伏した二人の仲間達。
今さっきまで戦っていたのであろう。
礼言が乱れた服を正しながらこちらに向かっておいた。
その表情と服装からは戦い続けてきたという感じはしない。
疲れも衣服の損傷もない。
きっと、これまでの戦いを圧勝してきたのだろうということは一目でわかった。
(負けない。倒れて行った仲間の為にも・・・ そして、守るべき人達のためにヒーローとして負けられない!)
今、熱い思いを秘めた少女の戦いが始まる。
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モニタールームでは佐部さんが画面に映し出された智坂徳に取り付けられたセンサーの情報を見て驚いていた。
「今までの戦闘でかなり疲弊しているのかと思いましたが、すごいですね。心拍、脈拍、呼吸。全てにおいて異常は見受けられません。これが実際の戦場で戦った兵士の力ですか・・・」
「それだけではない。」
佐部の言葉を上伊集院が否定する。
そう、彼女の言う通り徳の今までの連勝には理由があった。
それは・・・
「再現率が異常に高い。」
徳の再現率は他の人達と比べて異常に高かった。
晶と比べればその差は圧倒的に開いているが、彼女達の仲間である戦闘要員の誰よりも高かった。
「身長と体格がフェイト/0の礼言に似ていたからの選択だったが、実はそれだけではない。それは、声だ。」
地声が声優さんに似ていた。
たったそれだけのことだった。
だが、それだけで再現率は大きく変わってくるのだ。
そして、再現率の上昇はそのまま能力値の上昇を意味する。
徳の持つ元々の戦闘能力の高さに高い再現率のコスプレをすることによる能力値の上昇。
これにより徳の能力は格段に上がっていた。
コスプレした後に徳は声優さんの声を一瞬真似しようと思ってやめている。
それは自分にそんな声は出せないだろうと思ったからだったが、実は彼の地声はよく似ていた。
人間は自分の声を正確に把握していない。
それ故に自分の声を録音したレコーダーを聞いた大抵の人はそれが自分の声だとは思わない。(作者が実際にやって驚いただけなのでそうとも限らないかもしれない。気になる人は自分で録音して聞いてみてください。)
「晶は変身の能力で声さえも自在に変えることができるが、普通の人間はそうはいかない。それに声が似ていても再現率が低い者はいる。キャラになりきれなかったりキャラの選択が悪かったりな」
上伊集院はそう言って戦って倒れて言った仲間達を見つめる。
(やはり、隊員の好みではなく声と身体的特徴からキャラを選んだ方がいいか・・・)
趣味でやるコスプレと実際に戦闘で戦うコスプレは分けるべきだ。
上伊集院の考えがそんな風に傾いた時。
徳と晶の最終決戦が始まった。
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両者が向かい合ってから数十秒が経過した。
お互いに相手の出方を待っているのか動こうとはしない。
静かに流れる静寂な時間。
そんな静寂とは裏腹に二人の間には激しい火花が散っていた。
(く・・・ 面倒ですわね・・・)
先程から先手を打とうとしている黒子だったが、そのための動作を起こそうとする度に礼言の威圧感が上昇する。
礼言が相手の機微を察して威嚇することにより機先を制しているのだ。
下手に動けば確実にやられる。
そんな直観に似た感覚のせいで黒子は動けなくなっていた。
逆に礼言は経験と勘により相手の攻撃を事前に潰したことで精神的な余裕が生まれていた。
(まだまだ子供だな・・・)
戦いの中で思わず笑みを浮かべて姪である晶を見つめる。
その笑みは晶には余裕の笑みに映り、闘争心に火をつけた。
(ニタリ顔で笑っているだなんて・・・ 私なんて余裕ということですの?!)
黒子がそんなことを思い怒気を顕わにした瞬間、礼言は一気に黒子との距離を詰めて襲い掛かった。
理由は単純、怒気を顕わにした瞬間の黒子の注意力が落ちたからだ。
落ちたといってもほんのわずかなものでしかなく、常人にはその程度の変化ではつけいっても勝算があるかないかわからないものだ。
しかし、コスプレによって身体能力を強化しオリジナルの礼言並みの身体的な能力を手にしている今は違う。
その隙を突いての奇襲に黒子の行動が一瞬だけ遅れた。
振り上げられた拳が突進の推進力を纏って振り下ろされる。
防御も回避もできるタイミングではない。
(この一撃で決める。)
そう思っての渾身の一撃だった。
ヒュン
だが、繰り出した拳は空を切り風切音がするのみ。
先程まで目の前にいた黒子の姿はいつの間にか消えていた。
黒子の能力である空間転移を使用したのだ。
(どこに行った?!)
全方位警戒を即座に行いつつ両足を地面につけてその場に立ち止まる。
そんな礼言の頭上後方から黒子が自由落下による全体重を乗せた両足蹴りを放つ。
ゲシ!
礼言の後頭部と首の付け根に蹴りはヒットした。
攻撃を受けたのは礼言でしたのは黒子だったが、この瞬間驚いたのは黒子の方だった。
蹴った瞬間に足から伝わる衝撃が礼言がノーダメージであることを教えてくれたのだ。
後頭部に放った蹴りは首を前に倒すことで回避され、首の付け根にはなった蹴りは硬く鍛え抜かれた筋肉によって阻まれた。
攻撃を避けられた瞬間に両足を地面にシッカリとつけて立っているからだろうか。
礼言はビクともしなかった。
ギュルン
礼言は蹴りを躱す為に振った頭をすぐに黒子に向ける。
その眼は獲物を見つけた狩人のものだった。
(逃げなければ!!)
咄嗟にそんなことを思い浮かべてまたテレポートを使用した。
礼言は黒子を捕まえようと伸ばしかけた手をすぐに止める。
テレポートによって黒子が視界から消えたからだ。
礼言はまたも全方位警戒と共に神父服に忍ばせてある黒剣を引き抜いた。
両手に三本ずつ指の間に挟んで持つ。
そして、標的である黒子を発見した。
黒子は先程入ってきた扉の場所にいた。
それを見て礼言はまたしても襲いかかろうと突進する。
礼言の突進に合わせて黒子もスカートの中に隠した金属の矢に手をかける。
黒子が見つめるのは足。
左右平等に等間隔で伸びてくる足元にタイミングを見計らってから金属の矢を飛ばした。
だが、そんな黒子の次の一手に気づいたのか礼言は大きく飛び上がる様に地面を蹴った。
ヒュン ガ!
礼言が次に踏み出したであろう足元に金属の矢が突き刺さる。
足に刺そうとしたのではなく靴と地面を縫いつけようと思っての一撃だったが黒子の狙いは外れた。
大きく飛び上がった礼言はそのまま一直線に黒子の下に向かう。
右手と共に振り下ろされる黒剣を黒子はまたもテレポートで躱した。
礼言の前から三度目も目の前から姿を消した黒子。
次も攻撃を受けないための全方位警戒を今度はしなかった。
攻撃の外れた右手に持つ黒剣をそのまま上半身を回転させた勢いで後方上部に投げつけた。
ヒュン
そこにテレポートした黒子がピンポイントで現れる。
「馬鹿な!テレポート先を予知したのか?!」
その光景を見ていたいた犬田がまるで予知したかのような攻撃に眼を見開いて驚きの声を上げる。
犬田の言葉に攻撃が来ていることに気づいた黒子はまたすぐにテレポートを使用して攻撃を躱した。
ヒュン
「視界内にしか飛ばないのでは行先を先読みするのは容易い。」
テレポート先の背後から聞こえてくる声に黒子は冷や汗を流した。
そう先程から黒子は視界が捉えている方向にしか飛んでいない。
それは空間把握能力をまだ使いこなせていない故に視覚による目算で飛ばなければうまくてレポートできないというコスプレしている晶の訓練不足からくるものだった。
「フン!」
攻撃から逃れようとテレポート仕掛けた黒子の足元が一瞬だけぐらつく。
礼言が震脚によって地面をわずかに揺らしたのだ。
ほんの一秒にも満たない視界の揺らぎが黒子を襲う。
その一瞬をついて礼言は黒剣を突き刺した。
「カ・! あアッHA・・・!」
黒剣が突き刺さり黒子の体を電流が駆け抜ける。
((終わった・・・))
礼言は勝利を確信し、犬田は晶と夢見ていた正義のヒーローへの道を諦めた。
訓練とはいえヒーローになる者が元軍人如きに負けるなどあってはいけないのだ。
そんなことでは6日後に控えた試験もパスできないだろう。
勝利を確信してか礼言が黒子の所に歩いていく。
止めを刺しに行くのではない。
戦いが終わったから倒れた負傷者を運ぶのだろう。
まずは姪からということなのだろう。
礼言はそっと彼女の横に座り込んだ。
「だ・・・」
ガシリ
礼言が手を差し伸べて声をかけるとその手を黒子がしっかりと掴んだ。
「待ってて下さいまし・・・」
ヒュン
小さく呟くような声を黒子が発し、それを犬田が聞いた瞬間に礼言と黒子の2人が消えた。
テレポートを使用したのだとすぐに分かった。
(いったいどこに・・・?)
犬田がそう思うとほぼ同時に礼言も同じことを考えていた。
テレポートをくらい地面より数センチほど浮いた場所に飛ばされたことに驚きつつ地面に着地すると掴まれていた手が離れたと思うと目の前にいた黒子が消えた。
周囲を警戒して観察するとビルの柱に身を寄せて何とか立っているという状態の黒子が息を切らせてこちらを見ていた。
窓の外を見れば先程と同じ景色だが見えている物の高さが低い。
恐らく先程の部屋の真上の階に飛ばされたのだろう。
(それにしても、解せんな・・・)
投げた黒剣の数は三本。
片手で持てる最大数を同時に投げて命中させた。
スタンガンを三本同時にくらった様なものだ。
なのに倒れない。
気絶しない。
その理由が礼言には分からなかった。
(アニメで黒子は御琴の電撃を良く受けてるから電撃に対する耐性があるのか?だとしても能力を使えるようになるまでの時間が早すぎる。)
理解できない不測の事態に礼言が距離を取って体勢を立て直すとそれを見て攻撃が来ると思ったのか黒子がテレポートをして距離を取り逃げる。
先程のテレポートもそうだが、今度のテレポートも飛ぶ先を事前に見ていない。
礼言の放った、たった一言の助言でそれを可能にしたセンスは目を見張るものがある。
(回復されると厄介だな・・・)
目線での転移先の予測が困難になることを恐れた礼言は回復の時間を与えまいと黒子に向かって全力で駆けるが黒子はテレポートをして逃げていく。
すぐにでも追いかけたい礼言だが、目の前から瞬間的に消えて移動する黒子は視線が途切れる故に一回一回黒子を探さなければならない。
そのためテレポートの度に一度足を止める必要があった。
逃がすまいと追いかける礼言と回復する時間を稼ぐために逃げる黒子。
そんな追いかけっこが始まるのだった。
実を言えば礼言が黒子を追いかける理由はない。
なぜなら、先程2人同時のテレポートで黒子がルール上の反則負けをしているからだ。
だが、黒子には戦う意思がありまだ心が折れていない。
徳としては晶にヒーローになることを諦めて欲しいのでこの場できっちりと勝利を収めてその夢を終わらせたかった。
そして、状況を監視する上伊集院や佐部さん、他のメンバーも晶のヒーローとしての資質を知るために譲許を見守る。
そして、ビル内のあちらこちらを逃げ回った二人はスタート地点である憐や犬田がいる部屋へと帰ってきた。
先程と違うのは礼言がドアのある場所を塞ぎ黒子が追い詰められるかのように窓の傍に立っていることだろう。
黒子はまだ回復していないのか窓に手をついて立っていた。
(逃げられると厄介だな・・・)
礼言は未だ黒子がダメージから回復していないと判断して逃げを潰すことにした。
「テレポートを使って逃げればそこの2人に追撃をかける。」
礼言はそういうと床に倒れている犬田と憐の2人を指さした。
ルール違反なことは分かっているがそれは相手が先にやったことだ。
それにこれは訓練だ。
街中で一般人がこのように倒れていた場合はヒーローはどんな不利な状況でも逃げてはいけない。
そのための脅しだ。
これで黒子は逃げることはできなくなった。
(これで室内での狭い戦闘範囲内であれば容易に方はつく。今までのテレポートから次の移動先の予測はつく・・・)
勝利条件を揃え礼言が一歩踏み出した。
ヒュッ シュン ガシャン
黒子が手を当てていた窓ガラスを飛ばした音だった。
飛ばした先は今いる室内にあるビルの柱だ。
窓ガラスは鉄筋コンクリートの下にてレポートし、柱を両断するとコンクリートの重さに耐えきれずに割れた。
「まさか・・・!」
礼言が目を見開き黒子を見つめて問いを投げる。
「空間転移は『移動する物体』が『移動先にある物体』を押し退けて転移しますの。双方の硬度に関係なく。ですから、ご覧のように窓ガラスで鉄筋コンクリートの柱を切る事もできますのよ。」
淡々と言葉を放つ黒子に対して礼言には焦りが募る。
表情には出さないが握り締めた拳にも背中にも汗が流れる。
「これが最後通告です。」
そう言って黒子は別の窓ガラスに手をやった。
「武器を捨てて投降なさい。拒否したら安全は保障できませんわよ。」
黒子の発した力強い言葉に礼言は言葉を失う。
アニメも漫画も見た。
だから、ここから先の結末を知っていた。
だからこそ、その先の状況に対する理解と対応を即座に検討することができた。
(ビルを支える柱全てに窓ガラスを飛ばされればビルは崩壊する。全力でここから黒子の位置まで駆け抜けてもそれを止めることはできない。おそらくは、それよりも早くビルの崩壊が始まり足場が崩れるか。そうでなくとも振動で身動きはできない。助かるのは黒子とその傍で倒れている犬田と憐の三人。黒子は自分を含めて三人までしか同時にテレポートできない。完敗だな・・・)
無論、黒子を演じている晶がビルの柱の位置を正確に把握してテレポートを行えるとは限らない。
しかし、ただの訓練でそれを試す価値はない。
そうこれは命と信念をかけた戦いではなく、ただの訓練なのだ。
カラカラカラン
礼言は手に持っていた黒剣を手放すと両手を開いてあげて万歳した様な格好を取る。
「完敗だ。私の負けだよ。」
礼言のその言葉に黒子は安堵したのかその場にへたり込んだ。
「全く無茶を言い出すものだ。」
礼言はハンカチを取り出して手の汗を拭いさると黒子に手を差し伸べる。
「ありがとうございますの。」
黒子はその手を取って起き上った。
こうして、第一回想定訓練は幕を閉じた。




