目覚め
目が覚めると真っ白な天井があった。
白い見慣れないはずの部屋。
いや、最近はよく見る気がする。
ブレザーブラックの黒条さんにストーカーに間違われた時、警備会社〈アイギス〉の所有するビルを襲撃した時の手術後も起きた時はこんな風に初めに見たのは真っ白な天井だった。
「・・・! ・・・! ・・・!」
目が覚めた俺の隣で誰かが声をあげて何かを叫んでいる。
起きたばかりだからだろうか?
張り上げている声がよく聞き取れない。
(女性・・・?)
辛うじてその声が女性のものだということだけは分かった。
女性が何かを騒いでいる間に、看護婦や医者が集まってきた。
どうやら女性は俺が目覚めたことを看護婦や医者に知らせるために騒いでいたらしい。
(ナースコールで十分だろうに・・・)
俺のことが余程心配だったのか。
女性はかなり慌てていたようだった。
医者は俺の顔を見てその後、服を捲り上げて聴診器を当てて様子を見る。
「・・・・?」
医者が何かを話しかけてくるが、やはり何を言っているのかわからない。
「~~~~~!」
俺は声を出して医者に「何を言っているのか聞こえない」と言ったのだが、うまく声にならなかった。
医者は俺の顔を見て不思議そうにする。
「・・・・!」
医者が何かの指示を出していく。
やがて、看護婦の持ってきた何かの薬が打たれて点滴が外された。
医者は近くにいた女性に何かを伝えてから去って行った。
(そういえば、視界に霞がかかって周りがよく見えないな・・・)
俺は近くにいた女性や医者、看護婦の姿がはっきりしないことに今更ながら気づいた。
どこか聞き覚えのある女性や医者だった気がしたが、声がはっきりと聞こえた訳ではないので正確に誰かは特定できない。
10分ほどすると視界がクリアになってすっきりとした。
周りがよく見える。
「私の声聞こえる?」
俺の顔を覗き込んで先程からいる女性が話しかけてくる。
その女性は俺のよく知る人だった。
「聞こえるよ。秋穂姉さん。」
俺が声をかけると秋穂姉さんは嬉しそうに笑った。
秋穂姉さんは俺の兄である智坂克の奥さんで俺の儀姉にあたる人だ。
「麻酔が効き過ぎていたみたいでね。今さっき麻酔の効果が薄くなる薬を打って貰ったの。」
どうやら、麻酔のせいで脳がしっかり働いていなかった性で先程の様な現象になったそうだ。。
秋穂姉さんはもう一度、医者と看護婦を呼んだ。
今度はちゃんとナースコールをしてだ。
どうやら、先程の一件で看護婦さんに注意されたらしい。
医者はもう一度俺の下に来て意識の確認や記憶に欠損などがないかを確認する。
医者はやはり、警備会社〈アイギス〉襲撃の時にお世話になった悪の組織が裏で経営する病院で出会った先生だった。
「お仕事は?」
医者のこの質問にはものすごくハラハラした。
まさか、儀姉の前で「悪の組織、匿名希望☆の戦闘員です」とは言えない。
「仲河グループ系列の子会社の『子供の希望』で正社員をやっています。」
俺は悪の組織が表で運営している子会社の名前を出した。
実際、匿名希望☆の職員は表向きはこの会社に所属していることになっている。
「ん、特に問題はないみたいだね。一応、今日一日様子を見て大丈夫そうなら退院しようか。」
「え、もう退院できるんですか?」
医者の意見に秋穂姉さんは驚きを隠せないようだった。
「抜糸はもうしてあるからね~。正直、目覚めて意識と記憶がハッキリしているなら問題はないんだよね。ああ、一応、君が目覚めたことを会社に連絡しておこうか。長いこと寝てたから会社の状況も気になるでしょ?」
「あ、はい。お願いします。」
俺は医者の意見を素直に受け入れて頭を下げてお願いする。
この病院は表向きはうちの会社と契約しているのでここに入院した場合は基本的に入院費は会社持ちで、後払いの場合も給料に勝手に追加されている。
そんなわけで、会社への連絡もしてもらえるのだ。
「うむ。君、食事を持ってきてあげて。君も目覚めたばかりだから病院食しか今日は食べないでね。」
医者は看護婦の方にそう言った後で、俺を見て釘を刺した。
医者に食事の話をされて俺もようやく自分の腹の虫が泣いていることに気づいた。
「それじゃ、私は実家に連絡入れてくるね。お義母さんたちも安心するわ。」
秋穂姉さんはそう言って部屋を後にした。
皆が出払った室内は少し物寂しいものがあった。
「・・・!」
扉の向こうから俺は誰かの気配を感じ取った。
誰かが俺を見ている。
戦場帰りの俺の勘がそうささやいていた。
(まさか、目覚めたばかりの俺を誰かが襲撃?! 俺が悪の組織の一員だとばれたのか?! いや、そうだとしたら目覚めるのを待つ必要なんてないはず・・・)
俺は思考を巡らせながらもドアを睨みつけた。
ドアにはわずかばかりの隙間が空いており、そこから複数の視線を感じた。
(敵意はないか・・・)
俺は視線から敵意を感じないことに安堵して声をかけることにした。
「そんなところにいないで入っておいでよ。」
「「「「「・・・・!」」」」」
5人の少女たちはいきなり話しかけられたことに少しだけ驚きながらもゆっくりとドアを開けて中に入ってきた。
「ど・・・どうも、こんにちは。」
その五人は俺のよく知るブレザーハートの面々だった。
見つかったことに驚いているのか余所余所しくも橙子ちゃんが挨拶をしてくれる。
それに続いて他の子達も挨拶をする。
「こんにちは。皆は紫原さんのお見舞い・・・かな?」
俺は全員の挨拶が終わったところで挨拶をして紫原さんを見た。
紫原さんは俺と同じように変な男にいきなり襲われてその時に同じような怪我をしたはずだが、彼女はすでに退院したのか私服姿でみんなと同じように普通にそこにいた。
「ああ、いや。私達はもう退院してます。智坂さんが別の病院に移って再手術って聞いたので心配になって皆で来たんですよ。」
紫原さんはそう言って俺を見て笑った。
その笑顔は安堵からきているのだろう。
俺を見る目はとても優しいものだった。
「そうか。心配をかけたようですまなかったね。もう大丈夫だよ。」
俺は彼女たちの顔を見ながら「元気だよ」と言う様に腕をあげてみせる。
5人は安堵したように胸を撫で下ろした。
「・・・ん? 私達ってことは他にも誰か入院してたのかい?」
俺は紫原さんの先程の言葉に違和感を覚えて質問を投げかける。
「ええ、碧と麗もあの場に急行してくれて戦ってくれたんですよ。」
紫原さんはそう言って2人に視線を向ける。
俺もそれにつられて2人を見る。
2人はバツが悪そうにこちらの視線から逃れたいのかモジモジしていた。
「いえ、私は何のお役にも立てませんでしたから・・・」
藍波さんは俺がお礼の言葉をかける前に手を振って少し沈んだ顔をする。
その表情には何もできなかった自分への不満と情けなさがにじみ出ていた。
「右に同じく。結局はリリカルハニーに助けられましたし・・・」
碧ちゃんの方は表情はあまり変化していないが、やはりどこか暗いものがあった。
「そんなことないさ。正義の味方として駆けつけてくれたんだろう?ありがとう。君たちが来てくれなかったら俺と紫原さんはどうなっていたか・・・」
俺は不安気に紫原さんに視線を送る。
紫原さんは俺の視線に気づいて二人を見て頷いた。
紫原さんも彼女たちの登場には感謝しているのだ。
藍波さんと碧ちゃんは俺達の顔を見て少しだけ笑顔になった。
だが、逆に今度は黒条さんと橙子ちゃんが暗い顔になる。
2人はその場から離れた場所にいたために駆けつけることができなかったのだ。
「ええっと・・・・ いくらヒーローでも四六時中市民を守るのは難しいよね。だからこそ、複数のヒーローが一つの街を守っているんだし・・・!」
俺は黒条さんと橙子ちゃんの2人を何とか元気づけようと声をかけたのだが、2人は余計に沈んでしまった。
(慰めるのって難しいな・・・)
俺は自分の人生経験の無さを悔やみつつ、なんとか場を盛り上げようと他の話を振ることにした。
「そ、そういえば、今日は何月の何日なのかな? 紫原さん達が退院してるってことは結構長い間寝てたんだよね?」
俺は何かいい話はないかと思いつつ、ふと感じた疑問を口にする。
「今日は8月13日です。智坂さんは10日間ほど意識を失っていたんです。」
黒条さんがカレンダーの日にちを指さしながらそう言った。
俺はカレンダーを見て「もうそんなに経ったのか」と思いつつ彼女たちの足元に大きな鞄があることに気づいた。
「何処かに出かけるのかい?」
俺は鞄を指さして彼女たちにそう尋ねた。
「あ、はい。これから皆で旅行に出かけるんです。」
橙子ちゃんが鞄を持って嬉しそうに笑顔を向けてそう言った。
正義の味方とはいえ休息は必要なのだろう。
おまけに、彼女たちはまだ学生だ。
そういったことに時間を費やすのも青春だろうと思い「気をつけてね。いってらっしゃい」と俺は声をかけると5人は笑顔で「いってきます」と元気よく返してくれた。
(嘘・・・ ついちゃったな・・・)
笑顔とは裏腹に5人の心には少しだけ後ろめたい気持ちがあった。
ヒーローとしての能力向上のために合宿に行くなどと言ったらきっと心優しい智坂さんは自分たちを止めると思ったのだ。
だから、もし聞かれたらこう答えようと彼女たちは決めていた。
智坂さんは『学業の重要性』と『学生時代は今しかない』と言って自分たちを引き留めるかもしれない。
そして、それはある意味間違ってはいない。
彼女たちはヒーローとしての力と能力を持っているが学生の身分なのだ。
それはまだ、普通の生活と正義の味方のどちらにでもなれる分岐点にいるということだ。
正義の味方として一生やっていくかどうかはこれからの彼女たち次第なのだ。
そして、普通の生活を望むのならば『学業を優先するべき』だし正義の味方として一生生きていくとしても『学生らしい青春』は長い人生を生きる中で最も心に残る重要なものだ。
それを、正義の味方としての『訓練』と『怪人との死闘』のみで彩る様な行為は決して良い物ではないだろう。
だが彼女たちの想いは今、一つになっていた。
(ヒーローとして人々を守るためにもっと力を・・・!)
彼女たちの心にはそんな決意の炎が宿っているのだった。
「では、私たちはこれで・・・」
黒条さんはそう言って頭を下げると病室を後にした。
「お体に気をつけて・・・」
「じゃ、また夏休み明けにでも会おうな。」
「じゃ。」
「失礼します。」
皆思い思いの言葉を残して去って行った。
「それじゃ、またね」と言って俺は手を振って彼女たちを見送った。
(皆、嘘が下手だなぁ~・・・)
5人が去った後に俺は窓の外を見ながらそんなことを思っていた。
ただ、俺にわかったのは『嘘を言っている』ことだけでその内容までは分からないが彼女たちの瞳の中にある決意の炎からして・・・
(正義の味方としての特訓か何かかな?)
という予測はできていた。
ブレザーハートの5人がいなくなった後で、秋穂姉さんが支部長を伴って帰ってきた。
「徳君。会社の人がお見えになったわよ。」
秋穂姉さんは支部長を部屋に招き入れながら俺を見る。
「智坂君。こんにちは。調子はどうだね?」
支部長は片手をあげてハンサムな笑顔を向けくる。
「支部長!こんにちは。この度は御迷惑をおかけしまして・・・」
俺はベッドの上で正座して頭を下げた。
「いや、君は何も悪くないさ。」
支部長はそう言って秋穂姉さんが出した椅子に腰かける。
「今日は君に重要なお知らせがあってね。」
「重要なお知らせですか?」
支部長の話に俺は唾を飲んだ。
もしかしたら、ヒーローに素性がばれた可能性があるから解雇になったりするのだろうか?
「実は君には少しばかり休暇を取ってもらうことになった。」
支部長は鞄から何かの資料を出してそう言った。
「休暇ですか?」
俺は支部長の出した資料を受け取って尋ねる。
「実は今回の襲撃で協会の方から君が狙われている可能性を示唆されてね。君を襲った犯人の素性は分かっていないが、とにかくいきなり人を襲う危険人物なのは確かだ。そこで、君には数日間ほど協会の方で何かしらの対策を講じるまでの間、この町の外で生活して欲しいそうだ。その間の会社の損失は協会の方で補ってくれるらしい。詳しくはその資料を読んでくれ。ああ、外部秘だから他人には見せないようにね。」
支部長はそう言って資料を覗き込もうとした秋穂姉さんに釘を刺した。
「あ、すいません。じゃ、私は何か飲み物を買ってきます。」
秋穂姉さんはそう言って席を外した。
「まぁ実家にでも一時帰ってくれたまえ、その後のことは協会話し合ったり本部や他の支部と話し合って君の処遇を決定するよ。」
「そ、そうですか。」
俺は不安を感じながらも支部長の前で資料を開けて軽く目を通した。
資料には俺が何者かの襲撃を受けた際の入院費を協会が負担することや俺が休職中の給料が協会が代わりに払うことが記載されていた。
「ああ、クビにはならないから安心してくれ。ただ他の支部への転属はあるかもしれないからそのつもりでいてくれ。」
支部長は俺の不安を感じ取ったのかそう声をかけてくれる。
「クビにはならない」の一言に俺の心は飛び跳ねる様なうれしさが湧きたった。
「そうですか。支部長やネイル先輩にはお世話になったので残念です。」
無論、これも俺の本心だ。
支部長やネイルさんには仮入社当時からお世話になっている。
まぁ俺が本部のマクシャールさんに気に入られていたからなのだろうが、それでもお二人にはいろいろとお世話になった。
「こちらとしても、君のような有能な人材が抜けて残念だよ。君の能力は上位戦闘員クラスだからね。これで我が支部の戦力はダウンだよ。君は入社したばかりだから上位認定試験までの3年間は安い給料で扱えたのに・・・」
支部長は少し残念そうだった。
俺が本当に上位戦闘員クラスなのかはわからないのでこれが冗談か事実なのかはよくわからない。
俺の知っている上位戦闘員の浜田はかなり強かったしバイパーさん達の部下の達も上位戦闘員の方たちは俺などより優秀だったのできっと冗談だろう。
俺は支部長の言葉に苦笑いだけして返した。
「それじゃ、悪いが退院してから2日以内に別の別の場所に移ってくれ。それ以上は協会も面倒見きれないそうだ。」
「2日以内にですか・・・」
俺は支部長の言葉に頭を悩ませる。
2日以内に別の町のどこかに引っ越しとは、いくらなんでも急すぎるだろう。
「なら、実家に帰ってらっしゃいよ。」
俺が頭を悩ませていると秋穂姉さんが缶ジュースを持って帰ってきた。
それと同時に看護婦さんが「遅くなりました」と言って食事を持ってきてくれた。
「ああ、目覚めたばかりでまだ何も口にしていなかったのか。食事しながら話を進めようか。」
支部長は俺の今までの経緯を聞いて食事しながらの会話を許してくれた。
俺は看護婦さんが用意してくれた料理を食べながら以降の話をすることになった。
病院食とはいえ10日間も何も食べていなかったのでかなりおいしく感じた。
「智坂君のお義姉さん。実家でと言いますが大丈夫なんですか?どこからこの間の男が襲って来るかわからないんですよ?」
支部長は秋穂姉さんにそう言って実家へ戻らせるのはどうなのかと話をする。
確かに、危険人物に狙われている俺が実家に戻るのは実家に住む家族にも危険が及ぶだろう。
本来ならばそれは避けるべきだろう。
そう、俺が普通の家系に生まれた人間ならば・・・
「大丈夫ですわ。夫は引退していますが、あの正義のヒーロー、フレイムバサラですもの。」
「・・・!」
秋穂姉さんの言葉に支部長は言葉を失った。
そう俺の兄は正義のヒーローなのだ。
支部長は俺と秋穂姉さんの顔を交互に見てどうしていいかわからない状態だった。
「実はそうでして・・・」
「!!」
支部長は驚きのあまり卒倒してしまった。
まぁそれはそうだろう。
俺がもし兄であるヒーローのフレイムバサラが送り込んだスパイだった場合、第8支部は即壊滅だ。
何せ、フレイムバサラのヒーローランクは『S』なのだから・・・
「ソ、ソレナラアンシンデスネ・・・・」
支部長は怯えたように震えながらそう答えた。
そして、帰るまで支部長の眼の焦点は合うことはなかった。
「はい♪」
それとは対照的に秋穂姉さんは笑顔で頷いた。
この後、正義の味方派遣協会の人が来て俺は実家に戻る様に説得された。
正義の味方派遣協会の方でも兄であるフレイムバサラの存在を知って実家の方に打診したそうだ。
実家の方は「いいよ」の一言で済ませたらしい。
こうして、俺は翌日。
実家に戻ることになるのだった。




