EP 8
オカンのインテリヤクザ外交(コストと戦争)
村長宅、客間。
ルナミス帝国の特別査察官ドルトンは、応接用のソファに浅く腰掛け、滝のような冷や汗をハンカチで拭っていた。
窓の外からは、相変わらず村人たちが魔導戦車のエンジンを吹かす「ヴォンッ! ヴォンッ!」という物騒な音が響いてくる。
「……お待たせしました。まぁ、まずは一服して落ち着いてください」
俺はエプロン姿のまま、お盆に乗せた湯呑みをコトリとドルトンの前に置いた。
「ふ、ふん。田舎の村にしては、少しは礼儀を知っているようだな……」
ドルトンは強がりながら湯呑みを手に取り、ズズッと口に含み——そして、絶妙に不快そうな顔で顔をしかめた。
「なんだこの茶は! 絶妙に『ぬるい』ではないか!」
「ええ。お客様が猫舌だと困ると思いまして、わざと**『絶妙にぬるい陽薬茶』**をお出ししました。オカンの気遣いです」
俺はニコリと笑った。
客にわざとぬるい茶を出す。それは前世の日本において、「さっさと帰れ」を意味する最強の無言の圧力(京都式・ぶぶ漬け外交)である。
ドルトンは茶をテーブルに叩きつけるように置き、バンッ!と立ち上がった。
「ふざけるな! いくら強力な魔導兵器を隠し持っていようが、ここはルナミス帝国の国境沿いだ! 我々が本気を出せば、あんな農耕用の改造戦車など、正規軍の物量で一ひねり——」
「あのさぁ。あんた、本当に『計算』できてます?」
俺は笑顔をスッ……と消し、ソファに深く腰掛けながら、ドルトンの言葉を冷たく遮った。
「け、計算だと……?」
「戦争の『コスト』の話ですよ。うちはちゃんと形式上の税金(はした金)は納めてる。それをわざわざ正規軍の騎士団を動員して、この村を潰す。……その遠征費と兵站維持費、回収できると思ってるんですか?」
俺はテーブルの上で、指を一本立てた。
「それに、ここはルナミス、レオンハート、アバロンの三国が交差する『緩衝地帯』だ。もしルナミス軍がこの村を制圧しようと動けば……私共は真っ先に、他の二カ国に『ルナミスが軍事行動を起こした。助けてくれ』と救援要請(大義名分)を出しますよ?」
「なっ……!?」
ドルトンの顔から、さぁっと血の気が引いた。
「ポポロ村の防衛力なら、帝国の一個師団くらい三日は足止めできる。その間に、獣人王国と魔皇国が『緩衝地帯の防衛』を理由に軍を派遣してくる。……おめでとうございます。あなたのその強欲な取り立てのせいで、マンルシア大陸全土を巻き込む『三国の全面戦争』が開幕するわけだ。」
「ば、馬鹿な……! たかが農村一つで、他国が動くわけが……!」
「動くね。この村には、他国が喉から手が出るほど欲しい『月光薬』や『ドワーフの密輸兵器』があるんだから。……で? 一介の財務査察官殿に、世界大戦の引き金を引く『権限と責任』がおありで?」
俺がドルトンの目を見据えて凄むと、彼は「ひっ……!」と短く息を呑み、再びソファにドスンと尻餅をついた。
完全に、地政学と軍事コストのロジックで論破されたのだ。
だが、オカンのインテリヤクザ外交はこれで終わりではない。
「あぁ、そうだ。うちは最近、独自通貨の『PG』ってのを導入しましてね。地下帝国の金塊を裏付けにした、完全独立の経済圏を持ってるんですよ」
「ど、独自通貨……? 何を言っている……帝国の法定通貨を使わずに商売をしているというのか……!?」
「ええ。だから、もしあんたたちが武力じゃなくて『経済制裁』を仕掛けてくるなら、こっちも受けて立ちますよ。ドンガン地下帝国と結託して、ルナミス帝国の通貨を徹底的に空売りして、市場を崩壊させてやりましょうか?」
俺はエプロンのポケットから、ネギオ特製の高級葉巻『ポポロシガー』を一本取り出した。
「経済戦争でも、通貨戦争でもしまっか? あんたらの大事な札束、ただの『ケツフキ紙』にしてもいいんすよ?」
「…………ッ!!」
ドルトンはもはや声も出せず、ガチガチと歯を鳴らして全身を震わせていた。
武力で脅せば世界大戦。経済で脅せば国家破産。
目の前にいるエプロン姿の青年が、ただの農村の代表ではなく、国家を容易く転覆させる力を持った『怪物』に見えているはずだ。
「……いや~、怖い顔してるなぁ。冗談っすよ、冗談♡」
俺は一瞬でオカンの人懐っこい笑顔に戻り、ドルトンの口元にポポロシガーを差し出した。
「ほら、唇が震えてますよ。特産のポポロシガーでも吸って、落ち着いてください♡」
「あ……あぁ……」
ドルトンが震える手で葉巻を受け取ろうとした瞬間。
「あ、ちなみにその葉巻、一本50銀貨(有料)になりますんで。代金はきっちりいただきますよ♡」
「ひ、ひぃぃぃ……っ!」
完璧に心を折られた強欲な役人が、情けない悲鳴を上げた。
だが、彼にとっての本当の『地獄(尊厳破壊)』は、これから始まるのである。
「ちょっと大地~! お客さんいじめてずるーい! 私達にも遊ばせてよ~!」
バタンッ!と客間のドアが開き、最凶のポンコツヒロインたちが、満面の笑み(と悪意)を浮かべてなだれ込んでくるのだった。




