EP 4
ロックバイソン暴走事件と、重機免許
俺が作ったハンバーグ定食を平らげ、シェアハウスの面々が食後の満腹感に浸っていたその時。
——ズズンッ! ドドドドォォォォッ!!
突如、村全体を揺るがすような地響きと、獣の荒々しい咆哮が外から響いてきた。
「なんだ!?」
「ああっ! 村の定期バスを引っ張ってる、ロックバイソンのおじちゃんが暴れてる!」
窓の外を見たキャルルが叫ぶ。
外に飛び出すと、体高三メートルはあろうかという巨大な牛型の魔獣——頭部に巨大な岩の角を生やした『ロックバイソン』が、目を血走らせて村の広場を暴れ回っていた。
「ブモォォォォォッ!!」
「ひぃぃっ! あっち行ってーっ!」
巨体が暴れるたびに、柵はへし折れ、土煙が舞う。逃げ惑う村人たち。
いったいなぜ、普段はおとなしいはずの家畜魔獣が急に?
「あわわ……もしかして、私がさっき部屋の中で出した『魔界の甘蜜果実』の匂いが原因かも……。あれ、魔獣の滋養強壮と発情を促す効果があるから……」
「お前という奴は!!」
ルナが悪びれずに(しかし少し申し訳なさそうに)指を突き合わせた。
やっぱり原因は身内にあったか。
「ロックバイソンのお肉、高く売れるかな……!? いや、私が食べる! バーニング・オーラ・ブレイク!!」
空腹を満たし、少し元気になったダイヤが『天魔竜聖剣』を引き抜き、凄まじい炎の闘気を纏わせる。あの一撃が入れば、牛ごと村の広場が消し飛ぶだろう。
「待て馬鹿野郎!!」
俺はダイヤの首根っこを掴んで全力で引き戻した。
「あれは村の貴重な物流インフラ(定期バス)であり、畑の開墾にも欠かせないトラクター代わりだろうが! 斬り捨ててどうする! 村の経済と農業がストップするぞ!!」
「えっ、でも、あの巨体の暴走を止めるなんて……」
「俺に任せろ」
俺はエプロンの紐をキュッと締め直し、ロックバイソンに向かって駆け出した。
「だ、大地!? いくらあなたでも、生身で突っ込むなんて……!」
キャルルの悲鳴を背に受けながら、俺は冷静に眼前の巨大質量を分析する。
ただの巨大な牛ではない。あれは俺にとって、『ちょっと暴れん坊な農業用トラクター』だ。
俺が持つ国家資格——『小型特殊自動車免許』および『車両系建設機械運転技能講習(3t未満)』。
トラクター、コンバイン、小型ショベルカー。あらゆる農業・建設重機の重心とクラッチの感覚、油圧のクセを俺は熟知している。
「ブモォォォォッ!」
俺に気づいたロックバイソンが、巨大な岩の角を振り下げて突進してくる。
「ふっ……!」
俺は香取神道流の足さばきで、岩の角の猛突進を紙一重でスリップ・アウェー(回避)。
すれ違いざまに、筋肉の塊である前脚の肩口を蹴り台にして、一気にその巨体へと跳躍した。
「よい、しょっと!!」
俺の体は宙を舞い、完璧な軌道でロックバイソンの背中——首の後ろの特等席(運転席)にまたがった。
「ブルルルォォォッ!?」
背中に乗られたロックバイソンは激怒し、ロデオさながらに体を激しく跳ね上げ、回転し、俺を振り落とそうとする。
普通の人間なら一秒で空の彼方へ吹き飛ばされて全身の骨を折るだろう。
だが、俺の下半身はチタン合金棒の素振りで鍛え抜かれた完璧な「居着き(重心固定)」を保っていた。
「よし、こいつはクラッチが少し重いタイプだな。なら、こっちのレバー(岩の角の根元)を引いて……」
俺は両手でロックバイソンの岩の角の根元をガシッと掴む。
重機を操作するように、右の角を引き、左の角を絶妙な力加減で押す。
それは馬術のようでもあり、ショベルカーのアームを操作する『油圧コントロール』のようでもあった。
「暴れるな。エンストするぞ」
ドスンッ!
俺が体重移動と武術の「気」を込めて角を制御すると、ロックバイソンの頭部が地面に押し付けられ、サスペンション(前脚)がガクンと沈み込んだ。
「ブ、ブモォ……?」
「よしよし、いい子だ。オーバーヒート気味だっただけだな。あとで美味い飼葉を食わせてやるから、もう落ち着け」
俺が重機を労うように、首筋のツボをポンポンと優しく叩いてやると、あれほど狂乱していた巨大魔獣は、嘘のように大人しくなり「ブモォ……」と鼻を鳴らしてその場に座り込んだ。
完全な、ロデオ・ドライビングの勝利だった。
「……う、嘘でしょ?」
「あんな巨大な魔獣を、魔法も闘気も使わずに、ただの身のこなしと馬術(?)だけで手懐けちゃうなんて……」
ぽかんと口を開けるキャルルとダイヤ。
ルナは目をキラキラさせ、リーザは「これで賠償金払わなくて済むわぁ……」と安堵の息を漏らしている。
俺はロックバイソンの背中からひらりと飛び降り、エプロンの埃を払った。
「ほら、お前らもぼーっとしてないで手伝う! 壊れた柵の修理と、広場の掃除だ! 夕飯までに終わらせないと、明日の朝飯は抜きだからな!」
「「「はいっ!!(絶対服従)」」」
オカンは怒ると怖い。
そして、そのオカンが素手で巨大魔獣をねじ伏せるほどの身体能力を持っているとなれば、もはやこのシェアハウスにおいて俺の命令は絶対的な法律となったのだった。




