EP 14
地下チンチロリンと、狂気の全ツッパ
カラコロ……カラコロッ……。
波に揺れる薄暗い船倉(タコ部屋)の片隅に、どんぶりにサイコロを投げ入れる小気味良い音が響いていた。
「さぁて、張った張った! ここは地獄の底だが、サイコロの目は平等だぜ!」
どんぶりの前にあぐらをかいているのは、先ほどの小太りの班長だ。
その周囲を、血走った目をした多重債務者の船員たちと……完全にギャンブルの沼に脳まで浸かった四人のヒロインたちが取り囲んでいる。
「チンチロリン……。どんぶりに三個のサイコロを振って、二つ揃った目以外の『一つ』が自分の点数になる。シンプルで美しいルールね」
キャルルが、手元にある前借りの木札(1万K)を握りしめながら、ゴクリと唾を呑んだ。
「お前ら、マジでやめとけ! 数時間前にFXで3000万円溶かした記憶、もう脳から消去されたのか!?」
俺は少し離れた場所で、自分の分の前借り『1万K』をエプロンのポケットに死守しながら叫んだ。
この1万Kがあれば、過酷な船底生活でも、綺麗な水と最低限のトイレットペーパーを買って衛生的な生活(オカンの絶対防衛線)が維持できるのだ。ギャンブルに使うなど言語道断である。
「うるさいわね大地! FXはルナミス帝国の陰謀で負けたけど、こういうアナログな勝負なら、私たちの実力で勝てるのよ!」
「そうですわ! 私の念動力があれば、サイコロの目なんて……」
「あ? 嬢ちゃん。この船底で『魔法』を使ったり、イカサマをした奴は……そのままマグローザの撒き餌になってもらうルールだぜ。念動力なんて使ったら、即刻海へドボンだ」
班長が、丸メガネの奥の目をギラリと光らせて凄んだ。
ルナが「ひぃっ」と肩をすくめる。
魔法という最強のチートを封じられた純粋な運否天賦の勝負。だが、彼女たちは止まらない。
「魔法がなくたって、私のこの『愛と富のオーラ』でサイコロを支配してみせますぅ! まずは私から! 1000K張りよッ!」
リーザがどんぶりにサイコロを投げ入れた。
カラコロッ……ピタッ。
「おっ、『5』と『5』と『4』。嬢ちゃんの目は『4』だ。なかなかやるな」
「ぐへへへっ! 見たことか!」
続いて班長がサイコロを振る。
カラコロッ……。
「ちっ。『1』と『1』と『2』。俺の負けだ」
「やったぁぁっ!! 時給1000K! 楽勝ですぅ!」
リーザが木札をかき集め、狂喜乱舞する。
それを見たキャルル、ダイヤ、ルナの脳内でも、パチンコ屋で聞いた『キュイン!』という確定音が完全に鳴り響いていた。
「よし、私もいくわ! 3000K!」
「私は5000K張りますわ!」
「クリムゾン・フルベット・ブレイク!!(全額張り)」
ヒロインたちが次々とKを張り、そして……勝った。
班長が連続して『目なし(役なし)』や『1』といった弱い目を出し続けたことで、彼女たちの手元のKは、わずか数十分で数倍に膨れ上がった。
「あーっはっはっは!! ちょろい、ちょろすぎるわ船底カジノ! このまま班長のKを全部巻き上げて、地上の通貨と交換させてやるわ!」
キャルルが木札の山を抱きしめながら、完全に『天狗』になっていた。
だが、少し離れて見ていた俺は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
おかしい。
班長の奴、負け続けているのに、全く焦った様子がない。むしろ、彼女たちが勝って喜ぶ姿を、ニタニタと『豚が太っていくのを眺めるような目』で観察している。
(……泳がされてる。完全に、沼に引きずり込むための『撒き餌』だ……!)
俺がそれに気づいた時、ついに勝負が動いた。
「いやぁ、嬢ちゃんたち強いな。俺もここらで本気を出させてもらうぜ。……どうだい、次は上限なしの『青天井』で勝負してみねぇか?」
班長の提案に、四人のヒロインたちは不敵な笑みを浮かべた。
「いいわよ! 四人合わせて『10万K』! 全額ツッパよ!!」
「これで借金完済して、地上に帰りますわ!!」
四人が、手元の木札を全てどんぶりの前にドンッ!と積み上げた。
船底の男たちが「おおおおっ!」とどよめく。
「……お前ら、やめろ!! そいつ、サイコロをすり替えたぞ!!」
俺の『オカンの動体視力』が、班長の手元で一瞬だけサイコロが別のものにすり替わったのを捉え、思わず絶叫した。
「大地さん、嫉妬はみっともないですわよ! さぁ班長、振って!!」
俺の警告は遅かった。
班長が、ニヤリと口角を吊り上げ、手の中のサイコロをどんぶりへと放り投げた。
カラコロッ……!!
俺には分かっていた。
あのサイコロは、イカサマの代名詞。どの面が出ても『4』か『5』か『6』しか出ないように細工された、悪魔の『シゴロ賽』だ。
そして、どんぶりの中で止まった三つの目は——。
「……シゴロ(4・5・6)」
班長が、低く、ねっとりとした声で宣言した。
チンチロリンにおける、二倍払いの最強役『4・5・6(シゴロ)』。
「…………」
「…………」
ヒロイン四人の顔から、一瞬にして表情が抜け落ちた。
「おっしゃあ!! 班長のシゴロだァァァッ!!」
「嬢ちゃんたち、全額没収!! さらに二倍払いだから、お前ら全員『借金(追加)』だァァッ!!」
周囲の多重債務者たちが狂ったように歓声を上げ、四人が積み上げた10万Kの木札が、無慈悲に班長の手元へと回収されていく。
「あ……」
「私、の……トイレットペーパー……」
キャルルが震える手を伸ばすが、そこにはもう何もない。
前借りのKすら失い、さらに船底での借金まで背負った。完全なる、身ぐるみ剥がされた『大爆死』である。
「だから言っただろうがァァァァァッ!!」
俺は両手で顔を覆い、船底の天井に向かって絶叫した。
FXの暴落からわずか半日。この異世界最高峰のポンコツたちは、船底の地下カジノで、またしても全ての財産(ケツフキ紙)を溶かしてしまったのである。




