EP 13
無限腎臓売買の恐怖と、マグローザ漁船への乗船
「さぁ大地さん! ちょっとだけチクッとしますけど、私の『超回復魔法』で痛みも一瞬で消えますから! さぁ、腎臓を! 私たちのためにッ!」
ギラリと光る医療用メスを構え、完全に瞳のハイライトが消えたルナが、ゾンビのような足取りで俺ににじり寄ってくる。
「ふざけるなァァァッ!!」
俺はリュックから水筒(チタン合金棒)をマッハで引き抜き、カシャッ!と伸ばしてルナの腕をペシィッ!と叩いた。
「あ痛っ!?」
カラン……と、ルナの手からメスが落ちる。
俺は激怒のあまり、般若のような形相で次期女王に説教をかました。
「お前はエルフの次期女王だろうが! 自然を愛する心がどうして臓器密売なんていうブラックマーケットの極致に行き着くんだ! 大体な、倫理的にもプラットフォーム(投稿サイト)の規約的にも完全アウトだ! ランキング1位どころか、作品ごとBANされて消滅するわ!!」
「うぅぅ……だってぇ! 他に金貨3000枚なんてどうやって返せばいいんですのーっ!」
床にへたり込んで号泣するルナ。
そのカオスな光景を、ルナミス金融の豚島くんは、丸メガネの奥の目で冷ややかに見下ろしていた。
「……漫才は終わったか?」
豚島が一歩踏み出すと、床板がギシッと悲鳴を上げた。
「臓器売らんのやったら、残る道は一つだけや。……お前ら、今日から『マグローザ漁船』に乗ってもらうで」
「ま、まぐろーざ……?」
キャルルが震える声でオウム返しする。
豚島はニヤァ……と、まるで獲物をいたぶる肉食獣のような笑みを浮かべた。
「せや。ルナミス帝国の裏社会が仕切っとる遠洋魔獣漁業や。狙うは、大海原の主『伝説のマグローザ』。一匹釣り上げりゃあ、金貨3000枚はくだらん超高級食材や。……ま、生きて陸に帰ってこられた奴は、ほとんどおらんけどな」
「ひぃぃぃぃっ! 遠洋漁業!? 魔獣!? 絶対に死ぬわ!」
「嫌よ! 公爵令嬢の私が、潮風で肌を荒らして魚のハラワタを引っこ抜くなんてェェッ!」
パニックに陥るヒロインたちを尻目に、俺はエプロンを整えて咳払いをした。
「あの、豚島さん。俺は彼女たちの連帯保証人でもなんでもないんで。じゃあ、俺はこれで家の掃除が——」
「あぁん? 何言うとんねん」
豚島が、俺の首根っこを丸太のような腕でガシッと掴んだ。
「お前、こいつらと同居しとる『管理人』やろ? ウチの業界じゃあな、同居人は『連帯責任』なんや。お前も一緒にマグローザ釣ってこんかい!!」
「理不尽すぎるだろォォォォッ!!」
俺の悲痛な叫びも虚しく、屈強な黒服たちに取り囲まれた俺たちは、そのまま港へと強制連行されることとなった。
***
ドォォォォン……ザパァァァン……。
数時間後。
潮の香りと、ツンと鼻を突く魚の生臭い匂いが漂う巨大な港。
そこに停泊していたのは、黒く塗られた巨大な鉄の塊——遠洋魔獣漁船『絶望丸』だった。
「ほな、行ってこい。金貨3000枚分のマグローザ釣るまで、陸には戻れんと思えよ」
豚島に背中を蹴り飛ばされ、俺たちは船の薄暗い底(船倉)へと叩き落とされた。
ギィィィ……ガチャンッ!
重い鉄の扉が閉ざされ、外からの光が完全に遮断される。
「うぅ……くさい、くさいわぁ……。魚の匂いと、汗と、絶望の匂いがするぅ……」
ダイヤが鼻をつまんでうずくまる。
そこは、タコ部屋と呼ばれる劣悪な大部屋だった。二段ベッドがすし詰めに並び、薄汚れた毛布と、生気の抜けた男たち(多重債務者)がゴロゴロと転がっている。
「……最低の環境だな」
俺はオカンとしての潔癖症が発動し、眉間を揉んだ。
換気は最悪、湿度は高く、ダニの温床だ。こんなところで寝起きしていたら、マグローザを釣る前に感染症で死ぬ。
「よう。新入りか」
そこへ、暗がりから一人の男がヌッと姿を現した。
小太りで、人当たりの良さそうな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。
この船底(地下労働施設)の班長らしき男だ。
「絶望丸へようこそ。まぁ、落ち込むな。まずはこれでも飲んで、落ち着けや」
男が懐から取り出したのは、キンキンに冷えた『缶の魔導麦酒』と、香ばしい匂いを放つ『焼き鳥』だった。
「……あぁっ! ビール! 焼き鳥!」
極度のストレスと空腹に苛まれていたキャルルとリーザが、涎を垂らして飛びつこうとする。
だが、班長の男はそれをヒョイと避けた。
「タダじゃねぇぞ。この船底じゃあな、地上の金貨は紙くず同然。……ここでは、この『K』が全てだ」
男が指先で弾いたのは、薄汚れた木札だった。
そこには『100K』と刻印されている。
「K……? なんですか、それ」
「『ケツフキ』のKだ。トイレットペーパー一枚と交換できる最低通貨って意味さ。お前らには、前借りとして『1万K』を支給してやる。これでビールを買うもよし、毛布を借りるもよしだ」
班長はニタニタと笑いながら、俺たちに木札の束を投げ渡した。
どうやら、この船底は完全に独自の経済圏(搾取システム)が構築されているらしい。
「ふぅん……なるほどね」
その時。
絶望の底にいたはずのリーザの目が、ギラリと妖しい光を放った。
「その『K』ってやつ……ギャンブルで増やすことも、できるのよね……?」
「……ほう? 嬢ちゃん、話が早いな。あっちで『チンチロリン』の卓が立ってるぜ。もちろん、自己責任だがな」
「リーザ!? お前、まさか!?」
俺が止める間もなく、リーザ、そしてキャルル、ルナ、ダイヤの四人が、弾かれたように立ち上がった。
「借金3000枚……。マグロなんて釣らなくても、ここで『K』を無限に増やして、班長から地上の通貨を買い叩けば……一発逆転で借金完済できるじゃない!!」
「カイジみたいなこと言うな! お前ら、さっきFXで全財産溶かしたばかりだろうが! ギャンブル依存症の末期だぞ!!」
俺の必死の制止も、すでに脳がチンチロリンのサイコロの音に支配された彼女たちには、一切届いていなかった。
船が大きく揺れ、絶望丸が大海原へ向けて出港の汽笛を鳴らす。
逃げ場のない洋上の密室で、底辺通貨『K』を巡る、仁義なき地下チンチロ勝負が幕を開けようとしていた。




