EP 11
連帯保証人の罠と、オカンの寝返り(回避)
「……スゥ……スゥ……」
深夜3時。自室のベッド。
村の財政が崩壊し、金貨3000枚の借金を背負ったという絶望的な事実から現実逃避するため、俺は布団を頭まで被って強引に眠りについていた。
明日の朝飯を作って、タロウマートの品出しをして、それから……。
そんなオカン的ルーチンを夢の中でこなしていた俺の枕元に、四つの怪しい人影が音もなく忍び寄っていた。
「……フフフ。無防備な寝顔ですわね、大地さん」
「今よルナ! 早くあの魔法を!」
「はい。『深き森の微睡み』……♡」
ルナの杖の先から放たれた淡い光の粉が、俺の顔に降り注ぐ。
エルフの次期女王が放つ、対象を昏睡状態に陥れる高位の睡眠魔法だ。これで俺は、ちょっとやそっとの物理的刺激では絶対に起きない『完璧な熟睡状態』となった。
「よし、完全に寝たわ。ダイヤ、リーザ!」
「分かってるわキャルル! はいこれ、『ルナミス金融・連帯保証人同意書』よ! 金額は金貨3000枚!」
闇金まがいの借用書を広げるダイヤ。
「ぐへへ……大地さん、ごめんなさいね。これも私たちの『タダ活(借金踏み倒し)』のため……。はい、朱肉!」
リーザが、真っ赤なインクをたっぷりと含んだ魔導朱肉を取り出し、俺の右手の親指にペタッと擦り付けた。
「さぁ、ここにペタンと拇印を押せば、借金は全部大地のものよ! そりゃあっ!」
キャルルが俺の右手首を掴み、契約書のサイン欄へ向けて、力強く親指を振り下ろした。
ヒロインたちによる、最悪のなすりつけ(裏切り)が成立しようとした、その瞬間。
——クルッ。
「……え?」
キャルルの手が、空を切った。
俺の体は、魔法で完全に熟睡しているはずなのに、まるで魚が跳ねるように滑らかな『寝返り』を打ち、拇印の軌道をミリ単位で回避したのだ。
「な、何よ今の! たまたま寝返り打っただけよね? もう一回!」
キャルルが再び俺の腕を掴み、拇印を押そうとする。
——ゴロンッ。クルルッ。
「ウソッ!?」
「キャルルちゃん! 大地さんの腕が、まるで柳の枝みたいに力を逃がしてますぅ!」
俺は目を閉じて爆睡したまま、無双流・護身棒術の『受け流し』の極意を、無意識の寝相に応用していた。
『無双流・睡眠奥義——寝柳』。
迫り来る不当な契約書(殺気)を、オカンの防衛本能が全自動で完封しているのである。
「ええい、なら四人がかりで押さえつけるわよ! 借金3000枚から逃れるためよォォッ!」
ダイヤが俺の足に馬乗りになり、リーザとルナが両腕をホールドし、キャルルが渾身の力で俺の親指を紙に押し付けようとする。
だが。
「——ん……こら、深夜につまみ食いするな……」
俺が寝言を呟きながら、軽く右手を払った。ただの寝ぼけた動作。
しかし、そこに込められた『オカンの怒気』と『武術の重心移動』は完璧だった。
パァァァンッ!!
「「「ぎゃあぁぁぁっ!?」」」
俺の寝返りの遠心力でヒロイン四人が束になって吹っ飛び、部屋の壁に盛大に激突した。
「い、痛ぁぁ……っ! なんなのよこの男! 寝てても防衛力がカンストしてるじゃない!」
「だ、ダメですわ……! これ以上やったら、大地さんが起きてしまいます……!」
ルナが涙目で頭を抱える。
すると、別室の魔導ファミコンから、無慈悲な警告音が鳴り響いた。
『ピロリロリロリィィン……【警告:追証の支払い期限まで、残り三分です】』
「ひぃぃぃっ! あと三分でルナミス金融の取り立てが確定しちゃうわ!」
「どうしようキャルル! このままじゃ、私たち臓器を売るか、裏社会で一生労働させられるわ!」
パニックに陥る四人。
その時、キャルルの赤い瞳が、ギラリと危険な光を放った。
「……仕方ないわ。アレを使いましょう」
「アレって……まさか!?」
「ルナ、ごめんなさい! あなたが毎月世界樹から仕送りしてもらってる『純金100キロ(金貨数万枚相当)』……地下室に塩漬けにしてたアレを、証拠金(担保)としてFX口座にブチ込むわよ!」
「えええっ!? で、でも、アレは大地さんが『インフレが起きるから絶対使うな』って……」
「背に腹は代えられないわ! 純金100キロを担保にすれば、ロスカットは免れる! さらに莫大な資金でナンピン(追加買い)して、相場が少しでも戻れば大逆転よ!」
完全にギャンブル依存症の思考(悪魔の囁き)である。
ルナもダイヤもリーザも、もはや正常な判断能力を失い、「大逆転」という言葉に脳を焼かれて「それしかない!」と頷いた。
***
「よし! 純金100キロの権利書、担保登録完了! 証拠金維持率が一気に回復したわ!」
モニターの前で、キャルルが歓喜の声を上げた。
「いくわよ! 莫大な資金で、さらにレバレッジ最大で全ツッパ(買い)!!」
ボタンが弾け飛ぶ勢いで連打される。
純金100キロという超巨大な資金力が市場に投入された瞬間、大暴落していたチャートが、ピクッと上を向いた。
「上がった! 上がったわよ!」
「パンプ! パンプですわ! もっと上がれェェッ!」
「私たちの純金パワーで相場を操るのよォォッ!!」
四人が肩を組み、狂喜乱舞する。
チャートはみるみるうちに上昇し、一瞬だけ、含み損が消えてプラスに転じた。
「今よキャルル! 利確して!」
「バカ言わないで! ここで利確したら『ちょっと勝った』だけじゃない! もっとよ、もっと上まで握り倒して、タロウマートの親会社ごと買収してやるわぁぁぁっ!!」
——投資の世界には、格言がある。
『頭と尻尾はくれてやれ(欲張るな)』と。
『ピピッ……【臨時ニュース:ルナミス帝国、謎の巨額資金流入を市場操作とみなし、緊急規制を発表】』
「……へ?」
キャルルの笑顔が、凍りついた。
次の瞬間。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!
先ほどのナイアガラ暴落すら可愛く見えるほどの、奈落の底へ突き抜ける超巨大な『大陰線』が形成された。
純金100キロの資金など、国家レベルの市場の荒波の前では、ちっぽけな砂の城に過ぎなかったのだ。
『ピロリロリロリィィン……【強制ロスカットが執行されました。口座残高:0(純金100キロ全没収)。追証:金貨3000枚】』
「あ」
「あばば……」
「純金が……私のお小遣いが……」
ピーーーーッ。
魔導ファミコンから、心電図が停止したような平坦な音が鳴り響く。
「…………」
「…………」
チュンチュン……。
窓の外から、清々しい小鳥のさえずりが聞こえてきた。
朝日が、部屋の中を白く照らし出す。
そこには、金貨3000枚の借金と、頼みの綱だった純金100キロを完全に溶かし尽くし、『明日のジョー』のラストシーンのように真っ白に燃え尽きた、四人のヒロインたちの姿があった。
ポポロ村の財政は、ここに完全なる『死』を迎えたのである。




