EP 10
深夜のパンプ!暴落するチャート
深夜2時。
ポポロ村は静寂に包まれていたが、村長宅の女子部屋からだけは、異常な熱気と奇声が漏れ出していた。
「いっけええええっ!! 上がれ上がれ上がれェェェッ!!」
「パンプ! パンプですわキャルル! もっと資金をブチ込みなさい!!」
「全力ロングよぉぉぉっ!! レバレッジ千倍で人生逆転よォォッ!!」
「…………」
自室で寝ていた俺は、隣の部屋から聞こえてくるあまりにも『生々しい怒号』に耐えかねて、チタン棒を片手に女子部屋の扉をガラッと開けた。
「お前ら、夜中に何して……って、うおっ!?」
部屋の中は、魔導水晶モニターの放つ無機質な光に照らされていた。
画面に映っていたのは、剣と魔法のファンタジー世界でも、可愛いキャラクターでもない。
黒い背景に、赤と青の『ローソク足』がチカチカと点滅しながら、右へ右へと不規則な波を描いて進んでいく、狂気の画面。
そして画面の端には、無慈悲なデジタル数字で『含み益:+金貨500枚』と表示されていた。
「これ……『為替のチャート』じゃないか!!」
「あっ、大地さん! 見てください、この『エフエックスドレイセンシ』っていうゲーム、すっごく面白いんですの!」
ルナがモニターの前で、コントローラー(魔導為替取引端末)を握りしめて振り返った。
「最初に『初期ステータス(証拠金)』として、キャルルちゃんのお財布と村の金庫の魔力認証を登録したら、なんか『レバレッジ』っていう魔法の呪文で、手持ちの千倍の資金で冒険ができるようになったんですよ!」
「ゲームじゃない! それはルナミス帝国の金融街と直結した、リアル連動型の『超高レバレッジ魔導為替取引ツール』だ!! お前ら、本当のお金(村の予算)を突っ込んでるんだぞ!!」
俺の絶叫も、完全に脳内麻薬がドバドバに分泌されている彼女たちの耳には届かなかった。
「細かいことはいいのよ大地! 見て、私が『買い(ロング)』を入れた途端、チャートがグングン右肩上がりよ! 私ってば相場の天才かもしれないわ!」
「キャルルちゃんすごーい! このままいけば、タロウマートを村ごと買い取れちゃいますぅ!」
「いいわ……もっとよ……。もっと上がって、私の借金を全部チャラにして……っ!」
キャルル、リーザ、ダイヤの三人が、モニターの赤い線(上昇トレンド)にすがりつくようにして画面を凝視している。
額には脂汗が浮かび、目は血走り、呼吸は荒い。完全に相場の魔物に取り憑かれた『奴隷戦士』の顔だ。
「おい、やめろ! 今すぐ『利確(決済)』ボタンを押せ! FXはそんな甘いもんじゃない、胴元のルナミス金融に刈り取られるぞ!」
「うるさいわねオカンは! ここで降りるなんてチキンよ! まだまだ上がるわ、いけええええっ!!」
キャルルがコントローラーのボタンを連打し、さらに追加で『買い(ロング)』のポジション(建玉)を積み増した。
完全に『天井ロング(一番高いところで買ってしまう最悪の悪手)』である。
その、瞬間だった。
『ピピッ……【臨時ニュース:アバロン皇国、突如としての政策金利引き下げを発表】』
画面上部に、無機質なテロップが流れた。
「……え?」
キャルルの呟きと共に。
今まで順調に右肩上がりだった赤いチャートが、ピタッと止まった。
そして。
ズドォォォォォォォォンッ!!!
まるでナイアガラの滝のように、青い線(大陰線)が、画面の最上部から最下部へと、垂直に突き刺さった。
「あ……」
「えっ……」
一瞬の出来事だった。
含み益がみるみるうちに減少し、ゼロを通り越し、凄まじい勢いでマイナスへと反転していく。
『含み損:-金貨1000枚』『-金貨2000枚』……デジタル数字が、狂ったように回り続ける。
「お、落ちる……! キャルル、早く損切りを……っ!」
「む、無理よ! ボタンが……サーバーが重くて決済ボタンが反応しないわぁぁぁっ!!」
「ギャアァァァァッ! 私のサバ缶がァァァッ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
そして、モニターがひときわ強く赤く発光し、ゲームオーバーを告げる無慈悲な電子音声が部屋に響き渡った。
『ピロリロリロリィィン……【強制ロスカット(証拠金全損)】が執行されました。現在の口座残高:0(追証あり)』
「…………」
「…………」
急激な大暴落と、強制ロスカットの通知。
数秒前まで「天才だ」と豪語していたキャルルは、コントローラーを握りしめたまま、口から一筋の泡を吹いて完全にフリーズしていた。
ダイヤは白目を剥いて床に倒れ伏し、リーザは「あばばばば……」と壊れたおもちゃのように震えている。
「だから言っただろうが……っ!!」
俺は頭を抱え、床に膝をついた。
たった一夜にして。
ポポロ村の村長と、その同居人たちは、魔導ファミコン(FXツール)によって全財産を溶かし、完全に『爆死』を遂げたのである。
「だ、大地ぃ……」
再起動したキャルルが、焦点の合わない目で俺の方を振り向いた。
「ま、負けちゃった……。村の積立金、全部溶けちゃった……えへへ……。でも大丈夫、まだ『追証』ってやつを払えば、また勝負できるみたい……」
「バカヤロウ! 追証ってのは借金のことだぞ! お前ら、今いくら借金背負ったか分かってるのか!?」
「えっとね……金貨3000枚、だって……」
「さんぜん……っ!?」
タロウマートの建設費の三分の一。日本円にして約3000万円の一夜にしての借金。
終わった。ポポロ村の財政が、マジで終わった。
「……仕方ない、わね」
キャルルが、ギラリと闇の深い目を光らせ、ダイヤとルナ、リーザに向かって顎をしゃくった。
「私たちには、まだ『担保』にできる最後の隠し玉があるじゃない……」
「「「あ……(察し)」」」
四人のヒロインたちの視線が、一斉に、入り口で膝をついている『俺(大地)』へと向けられた。
「な、なんだお前ら。俺は連帯保証人になんて絶対ならないからな! ハンコは絶対に押さないぞ!」
「フフフ……大丈夫よ大地。寝ている間に、優しく指を借りるだけだから……っ!」
完全にモラルと理性が崩壊したヒロインたちが、ゾンビのように俺に向かってにじり寄ってくる。
俺の貞操ならぬ『戸籍と信用情報』の危機が、深夜のシェアハウスで静かに幕を開けたのだった。




