EP 7
魔の遊技場誘致と、第一産業崩壊の危機
タロウマートの進出により、辺境のド田舎だったポポロ村は空前の好景気に沸いていた。
村人たちの食卓には見慣れぬ惣菜が並び、俺たちの契約農家ビジネスも右肩上がり。まさに我が世の春、順風満帆なスローライフ……となるはずだった。
資本主義の光が強くなれば、当然、そこに落ちる『影』もまた濃くなるのである。
「——そうでっせ、村長はん。この活気あふれるポポロ村に、ぜひとも我が社の『ルナミスパーラー・ポポロ支店』をオープンさせたいと思いましてな」
ある日の午後。
村長宅のリビングで、揉み手でニヤニヤと笑うルナミス帝国の商人が、一枚の企画書をテーブルに滑らせた。
『ルナミスパーラー』。それは、魔導仕掛けの盤面に銀玉を弾き入れて遊ぶ、帝国で大流行中の大衆娯楽施設——つまるところ、『パチンコ屋』である。
「パチンコ、ねぇ……」
キャルルは村長らしく腕を組み、長い兎耳をピクピクと動かした。
「もちろん、建設費用は全額当社で負担させてもらいまっせ! さらに、毎月の売上の一部は税収としてポポロ村にキッチリ納めさせていただきます。どうです、損のない話でしょう?」
「ふ~ん。まぁ、村のみんなが楽しく遊べて幸せになるなら、出店許可を出してもいいわよ」
「ありがとうございます! さすが雷神・キャルル村長、話が早くて助かりますわ!」
キャルルがあっさりとハンコを押そうとした、その時。
「パチンコ……!」
リビングの隅でパンの耳を齧っていたリーザが、ガタッ!と椅子から立ち上がった。
その瞳は、獲物を見つけた飢えた獣のようにギラギラと血走っている。
「パチンコ屋の床には、客が落とした銀玉がいっぱい落ちてる……。つまり、両手にガムテープを巻きつけて四つん這いで這いずり回って銀玉を拾い集めれば、サバ缶と交換し放題……! ぐへへ……ぐへへへへっ!!」
「ストォォォォップ!!」
俺はエプロン姿のまま、たまらずテーブルに身を乗り出した。
「お前はトップアイドルだろうが! ガムテープを手に巻いて床を這いずるハイエナ行為のどこにアイドルの尊厳があるんだ! それにキャルル、安易にハンコを押すな! こんな射幸心を煽る施設を村に作ったらどうなるか分かってるのか!」
「えー? でも大地、タダで村の税収が増えるのよ? タロウマートのお惣菜、もっといっぱい買えるじゃない」
「甘い! ギャンブル施設ってのはな、人間の『労働意欲』を根本から腐らせる魔境なんだよ!」
俺は必死に説得を試みた。
だが、時すでに遅し。ルナミス商人は「では、契約成立ということで!」と、キャルルがサインした書類をひったくるように回収し、逃げるように村長宅を後にした。
***
それから、わずか数日後。
ルナミス帝国の圧倒的な資本力と魔法建築技術により、のどかなポポロ村のど真ん中に『それ』は完成した。
キュインッ! ピロリロリロリィィン!!
「…………」
俺は、鍬を片手に、その禍々しい建造物を見上げて絶句した。
木造平屋の農家が立ち並ぶのどかな風景の中、そこだけが異次元だった。
ケバケバしい原色のネオン管がビカビカと点滅し、巨大なスピーカーからは謎の軍艦マーチ(魔導アレンジ版)が爆音で垂れ流されている。
入り口には『新装開店! グランドオープン!』と書かれた花輪がズラリと並んでいた。
「……終わった。ポポロ村の景観が完全に終わった」
だが、俺を絶望させたのは景観の破壊だけではなかった。
「おい……あれを見ろ」
俺が指差した先。
村の広大な畑に、人影が一つもなかった。
昨日まで、朝から晩まで汗を流して太陽芋を耕し、魔法野菜の収穫に精を出していた農民たちが、誰一人として畑に出ていないのだ。
「開・店・五・分・前ェェェッ!!」
「うおおおおおっ!! オラの鍬を売った金貨で、今日こそ一発当ててやるべェェッ!!」
「新台の角番は俺のもんだァァァッ!!」
ネオン輝くパチンコ屋の入り口に、鍬やトラクターを放り出した農民たちが、血走った目で長蛇の列を作っていた。
完全に脳を焼かれたギャンブラーの顔である。
「……もうカオスだよ……」
俺は頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
「誰も農作業しないじゃないか……! 畑が荒れる! 野菜が腐る! この村の第一産業が、根本から崩壊していく……ッ!!」
農業高校生としての俺の悲痛な叫びは、けたたましい軍艦マーチの爆音にかき消されていく。
そして、時計の針が午前10時を指した瞬間。
「グランドオープンです!!」
ウィィィン!と開いた自動ドアの向こう、パチンコ台が放つ強烈な光の渦の中へ、村人たち——そして、我がシェアハウスのポンコツヒロインたちが、怒涛の勢いで雪崩れ込んでいった。
ポポロ村の終わりの始まり。
地獄の『ルナミスパーラー編』が、今、絶望の産声を上げたのである。




