EP 6
勝利のレバニラ定食と、魔人の大いなる勘違い
ジュァァァァァァッ!!
タロウマートのグランドオープンから数時間後。
村長宅のキッチンには、食欲を暴力的に刺激するニンニクと醤油の香りが充満していた。
「レバーは下処理が命だ。牛乳でしっかり血抜きして臭みを消し、片栗粉をまぶして旨味を閉じ込める。そこに、リーザが命がけで勝ち取った『半額もやし』とニラを、強火で一気に炒める!」
俺は中華鍋をリズミカルに煽りながら、家庭科のエプロンを翻した。
シャキッとしたもやしの食感を残すため、炒める時間は数十秒の勝負。特製のオイスターソースだれを回し入れ、香ばしい焦がし醤油の匂いが立ち昇ったところで、火を止める。
「完成だ。タダ活アイドルの戦利品で作った、究極の『スタミナ・レバニラ炒め定食』だ」
「「「わぁぁぁぁぁっ!!」」」
食卓で待機していた四人のヒロインたちから、歓声が上がった。
特に、今日の主役(?)であるリーザは、目の前に置かれた大盛りのレバニラを見て、ボロボロと滝のような涙を流している。
「あぁっ……私のもやし……っ! ショーケースの中で冷たくなっていたあの子たちが、大地さんの魔法(調理)で、こんなにツヤツヤと輝いて……っ!」
「泣いてないで冷めないうちに食え。もやしはビタミンCとアスパラギン酸が豊富だ。お前の荒れたタダ活生活の疲労回復に一番効くんだぞ」
「いただきますぅぅっ!」
リーザが箸を震わせながら、レバニラを口に運ぶ。
「……ッ!! シャキシャキ……シャキシャキですぅ! レバーのコクとニラのパンチが、もやしの瑞々しさと合わさって……! 美味しい……パンの耳なんか目じゃないくらい、美味しいよぉぉっ!」
「おい馬鹿、泣きながら食うと喉に詰まらせるぞ」
「私もいただくわ! ……んんっ!? レバー特有のパサパサ感が全くない! それにこのタレ、白ご飯が無限にいけちゃうわ!」
「キャルルちゃんズルい! 私も食べる! ……はふっ、魔界の果実よりずっと元気が出る味ね!」
「くっ……この鉄分とスタミナ……。これでまた三日徹夜で鍛冶仕事ができるわ……!」
キャルル、ルナ、ダイヤも猛烈な勢いでレバニラと白飯を掻き込んでいる。
相変わらずダイヤは労働基準法を無視したブラックな発言をしているが、美味そうに食べてくれているならオカンとしては本望だ。
俺は自分用の定食とお茶を用意し、平和な食卓を眺めながらふと息をついた。
あの『死擬態蟲』たちの残骸は、開店前に俺とキャルルでササッと片付けた(ダイヤが「装甲の破片は最高の研磨剤になるわ!」と喜んで回収していった)。
結局、あの虫たちが何だったのかは謎のままだが、村に被害が出なかったのだから良しとしよう。
俺は、平和な日常の味を噛み締めながら、温かい麦茶をすすった。
***
——だが。
その頃、大陸の深淵『天魔窟』の最深部では、魔人ギアンが恐怖に顔を引き攣らせていた。
「ば、馬鹿な……。あり得ない……っ!!」
ギアンは、モニターに映し出されたエラーコードの羅列を見て、ガタガタと震えていた。
彼が放った最高傑作、十匹の『死擬態蟲』。彼らとの通信が、完全にロストしたのだ。
それも、剣で斬られたわけでも、魔法で焼かれたわけでもない。
「送られてきた最後のログデータ……これはなんだ!? 『無料のトイレットペーパー』? 『お一人様1パック限定の矛盾』? 『パンの耳を巡る野良犬との死闘』……!?」
ギアンの優れた頭脳をもってしても、ドッペルバグたちが最後に読み取った『リーザの底辺タダ活思考』のデータは、全く意味不明なノイズでしかなかった。
「高度なAIを持つ私の可愛い蟲たちが……この『意味不明な狂気の概念』を処理しきれず、論理崩壊を起こして自爆したというのか……!?」
ギアンの脳裏に、あの『巨大な龍の幻影』を放った少年(大地)の顔が浮かぶ。
「……まさか。あの少年、私のドッペルバグの特性(思考コピー)を見抜き、あえて己の精神の奥底に『理解不能な混沌の狂気(パンの耳と半額もやしへの執念)』を隠し持っていたとでも言うのか……ッ!」
(※違います。ただの居候アイドルの思考です)
「おぞましい……! 一滴の血も流さず、相手に自らの精神を覗き込ませることで、内側から『自爆』へと追い込む……! 物理的な暴力など比較にならない、完全なる精神の蹂躙!!」
ギアンは抱えていた大鎌を取り落とし、床にへたり込んだ。
死蟲軍の指揮官として、これまで数多の人間を絶望させてきた彼であったが、今回ばかりは完全に「格の違い」を見せつけられたと錯覚していた。
「……あ、あの村には手を出してはいけない。あの赤木大地という少年は、深淵そのものだ……。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを……いや、奴は深淵の底で『半額もやし』を貪り食う化け物なのだ……ッ!!」
魔人ギアンは、タダ活のプロフェッショナル(リーザ)の貧乏神思考を、大地の恐るべき精神攻撃(クトゥルフ神話的な狂気)だと完全に勘違いし、ポポロ村を『絶対不可侵領域(ヤバすぎる隔離施設)』として死蟲軍のブラックリストに登録した。
***
「はっくしょん!!」
ポポロ村の村長宅。
レバニラ定食を平らげ、食後の緑茶を飲んでいた俺は、特大のくしゃみをした。
「どうしたの、大地? 風邪?」
「いや……誰かに凄まじい誤解をされてるような、嫌な悪寒がした」
俺が鼻をすすると、リーザが「大地さんのご飯のおかげで、もやしパワー全開です!」と元気いっぱいにガッツポーズをした。
タロウマートの誘致に成功し、村の経済は潤い、俺たちの食卓はかつてないほど豊かになった。
魔人の大いなる勘違いにより、天魔窟からの刺客もしばらくは来ないだろう。
だが、大企業の進出と、このポポロ村の異常な発展が、周辺の大国——特にルナミス帝国の要人たちの目を引かないはずがなかった。
「……まぁいいか。明日の朝飯は、あっさりと鮭の塩焼きと大根おろしにするか」
「「「やったぁぁぁっ!!」」」
俺のオカンとしての戦いは、まだまだ続くのである。




