EP 5
地獄の半額もやし争奪戦と、バグ蟲たちの狂宴
「見えたわ……っ! 私の、私の生命線……っ!」
タロウマートの青果コーナー。
朝一番の冷気が漂う冷蔵ショーケースの中で、それは神々しい後光を放っていた。
『赤木農園の朝採れもやし(一袋10円)——さらにオープン記念で【半額】! ※お一人様1パック限定』
輝く黄色の『半額シール(5円)』が貼られたもやしの山。
リーザの瞳孔が限界まで開き、口元に歓喜の笑みが浮かぶ。
陸上選手のようなクラウチングスタートの姿勢から、もやしパックへ向けて最後の一歩を踏み出そうとした、その時だった。
——ボトボトボトォッ!!
「……ッ!?」
突如、天井の空調ダクトから、人間の子供ほどの大きさを持つ半透明の蟲たちが十匹、床へと落下してきた。
魔人ギアンの放った最強の暗殺蟲、『死擬態蟲』たちである。
「な、なんだあいつら!?」
少し離れたバックヤードから様子を窺っていた俺は、ギョッとして『水筒』に手を伸ばした。
明らかに魔物の類だ。しかも、あの光学迷彩のような装甲……ただの魔物じゃない、高度な戦闘訓練を受けた暗殺兵器の動きだ。
(マズい、リーザが狙われてる!)
俺がチタン合金棒を伸ばして飛び出そうとした、その刹那。
『ギ……ギギギ……モヤシ……ハンガク……ッ!!』
「は?」
死擬態蟲たちは、目の前のリーザを完全に無視し、ショーケースの『半額もやし』へ向かって、恐るべき殺気と共に殺到し始めたのだ。
『ワタシノ……モヤシ……! タダ同然ノ、カロリー……ッ!』
『退ケ……! ワタシガ、一番乗リダ……!』
なんと彼らは、リーザの思考を完全コピーした結果、暗殺任務を完全に忘れ去り、『半額もやしを誰よりも早く確保する』という貧乏神のタスクに全OSの処理能力を全振りしてしまっていた。
だが、ショーケースに群がった彼らの特殊な複眼が、そこにある『ポップ(値札)』の文字を読み取った瞬間——彼らの動きが、ピタッと静止した。
『……ギ? オ一人様、1パック……限定……?』
死擬態蟲たちのAIが、ここで致命的な『資本主義の壁』に激突した。
【コピーされたリーザの思考A】
「無料同然のものは、根こそぎ全部奪い取れ!!」
【コピーされたリーザの思考B】
「でも、スーパーの『お一人様1パック』のルールを破ると、出禁になって二度とタダ活できなくなるから絶対守らなきゃ……!」
【コピーされたリーザの思考C】
「私は誇り高き人魚姫! ルールを破るようなはしたない真似はできないわ!」
『ギ、ギガッ……ガガガガガッ!!』
『矛盾! 全部ホシイ……ダガ、1パックシカ取レナイ……! ルールヲ破レバ出禁……ダガ、全部取ラネバ死ヌ……!』
高度な暗殺AIが、『スーパーの特売ルール』と『究極の貧乏性』の間で無限ループに陥り、火花を散らしてフリーズした。
蟲たちが頭を抱えて「ギギギ……」と苦しんでいる、その隙を。
「——邪魔よォォォォォォッ!! ド田舎のデカいカメムシ共ォォォッ!!」
「『ギェェェェッ!?』」
本物のタダ活アイドル(リーザ)の、渾身のヒップアタックが炸裂した。
フリーズしていた死擬態蟲の三匹が、ピンボールのように弾き飛ばされ、青果コーナーの壁に激突する。
リーザは蟲たちの頭上を飛び越え、流れるような動作でショーケースに滑り込み、最も状態の良い『半額もやし』のパックを胸に抱きしめた。
「と、獲ったわ……っ! 今日の夕飯と、私の尊厳……っ!」
リーザが、もやしを天に掲げて勝利のアイドルポーズを決める。
その瞬間。
『ギ、ギチィィィィィッ!!』
『ワタシノモヤシィィィ!! ワタシノ尊厳ヲ返セェェェッ!!』
弾き飛ばされた死擬態蟲たちが、リーザを見て完全に狂乱した。
いや、彼らはリーザを「暗殺対象」として見たのではない。
リーザの思考をコピーしすぎた彼らは、自分自身を『リーザ(本物)』だと思い込んでおり、もやしを持った目の前の少女を『もやしを横取りした憎きライバル(泥棒)』と認識してしまったのだ。
『許サナイ……! ソノモヤシハ、ワタシノモノ……!』
『チガウ、ワタシガ本物ノ人魚姫ダ! オ前コソ泥棒!』
ガシャンッ! バキィィィッ!!
「……えぇ?」
チタン棒を構えたまま飛び出した俺は、目の前で繰り広げられる光景に、ポカンと口を開けて立ち尽くした。
なんと十匹の死擬態蟲たちが、本物のリーザには目もくれず、お互いを「もやしを狙う偽物」と認定し合い、凄まじい勢いで同士討ち(フレンドリー・ファイア)を始めたのだ。
鋭いカマが味方の装甲を切り裂き、光学迷彩の回路がショートして火花を散らす。
『ワタシガ!』『ワタシノ!』『5円ダマハ神ィィ!!』
ドガァァァァァンッ!!
ついに処理能力の限界を迎えた死擬態蟲の一匹が、論理崩壊による自爆プログラムを起動させ、爆発四散した。
それを皮切りに、残りの蟲たちも次々とエラーを吐きながら、花火のようにポンポンと自爆していく。
「あーあ。お店の中で爆発なんて、迷惑な虫さんたちね。ね、大地さん!」
リーザが、自爆する蟲たちを背後に従えながら(爆発をバックに)、アイドルスマイルで俺にウインクをしてきた。
その手には、しっかりと『半額もやし』が握られている。
「……お前、本当にすげぇな」
俺は、構えていたチタン合金棒をそっとリュックにしまい、心からの称賛(とドン引き)の言葉を漏らした。
魔人ギアンが放った、恐るべき完全コピーの暗殺部隊。
彼らは、俺の武術の前に散ったのではない。一人のアイドルの『あまりにも悲惨で強欲なタダ活ルーチン』をコピーしてしまったがゆえに、勝手にバグって自滅したのである。
「よし、開店一番の仕事は『虫の死骸の掃除』からだな……。リーザ、よくやった。今日のお前の夕飯は、そのもやしを使った『特製レバニラ定食』にしてやる」
「やったぁぁぁぁぁっ!! 大地プロデューサー、一生ついていきますぅぅぅ!!」
こうして、タロウマート・ポポロ村店のグランドオープンは、血で血を洗う地獄の争奪戦(同士討ち)を経て、大盛況のうちに幕を開けるのだった。




