EP 4
開店一番乗り!タダ活のプロフェッショナル
ウィィィンッ!
午前7時。タロウマート・ポポロ村店の自動ドアが開いた瞬間、リーザの姿はブレて消えた。
「シャァァァァァッ!!」
陸上選手も青ざめるほどのロケットスタート。
特売の半額もやしコーナーへの一直線——かと思いきや、彼女は入り口からわずか数メートルで急ブレーキをかけ、直角にターンした。
向かった先は、生鮮コーナーではない。
「……トイレ!?」
店員用エプロンを着て入り口に立っていた俺は、思わず目を疑った。
リーザは店の奥にある『お客様用化粧室』へと猛スピードで滑り込んでいったのだ。
何事かと俺が後を追うと、わずか十秒後、化粧室から出てきたリーザのジャージのポケットは、不自然にパンパンに膨れ上がっていた。
「ふぅ……よし。これで今週のお尻の平和は保たれたわね」
彼女は満足げに呟きながら、手洗場の備え付けの固形石鹸を、誰にも見えない神速の手さばきでポーチへと滑り込ませた。
(……こ、こいつ! 開店一番乗りで、トイレットペーパーと石鹸を回収しやがった……!)
タダ活の基本中の基本、日用品の無料調達(※窃盗スレスレのグレーゾーン)。
だが、リーザの行動はそれだけでは終わらない。
タタタンッ!と軽快なステップで次に彼女が向かったのは、『化粧品・日用雑貨コーナー』。
彼女はズラリと並んだテスター(お試し用)の化粧水、乳液、美容液、さらには高級ファンデーションを手に取った。
パシャパシャッ! ポンポンポンッ!
プロのメイクアップアーティストも裸足で逃げ出すほどの、超高速かつ無駄のないハンド・プレス。
わずか数十秒で、野暮ったいジャージ姿の少女は、完璧なスキンケアとフルメイクを施された『キラキラの絶世のアイドル』へと変貌を遂げていた。
「完璧。タダで手に入れた潤い……最高ねっ!」
(……信じられねぇ。化粧品のテスターだけで朝のメイクを完結させやがった……!)
俺の戦慄をよそに、フルメイクで輝きを増したリーザは、次なる目的地——『試食コーナー』へと縮地の如き歩法で移動した。
そこでは、パートのおばちゃんがホットプレートで特売の『粗挽きウィンナー』を焼いていた。ジュージューと肉汁が弾け、香ばしい匂いが漂っている。
「あら、一番乗りのお嬢ちゃん。一口食べるかい?」
「まぁ! なんて美味しそうな匂い! お言葉に甘えて、いただきますわ!」
リーザはアイドルスマイルを全開にし、爪楊枝に刺さったウィンナーを優雅にパクリと食べた。
「んんん〜っ! パリッとした皮の中から、ジューシーな肉汁が溢れ出して……! このウィンナーがあれば、毎日の食卓が三ツ星レストランになっちゃいますぅ!」
「あらやだ、お嬢ちゃん食レポ上手ねぇ! ほら、もう一個食べなさい!」
「えっ、いいんですか!? じゃあ……あぁっ、やっぱり美味しい! これ、五袋買っちゃおうかなぁ!(※絶対に買わない)」
「嬉しいこと言ってくれるわねぇ、ほら、これも食べな!」
次々とウィンナーを供給されるリーザ。
乞食のようにがっつくのではない。食レポという『アイドルとしてのサービス(労働)』を提供することで、パートのおばちゃんの承認欲求を満たし、対価として大量のカロリー(試食品)を合法的に荒稼ぎしているのだ。
(……こ、こいつ……動きに一切の無駄がねぇ……ッ!!)
俺はバックヤードの陰から、冷や汗を流しながらその光景を見つめていた。
武術の達人が型を極めるように、彼女は『無料で生き抜く』というタダ活の極致に達している。
だが、この恐るべきリーザのタダ活ルーチンを、光学迷彩で姿を消しながら『完全コピー』してしまった哀れな存在がいた。
***
『……スキャン・コンプリート。対象ノ「思考ルーチン」オヨビ「身体能力」ノ完全模倣ヲ完了』
店舗の天井裏に潜んでいた十匹の『死擬態蟲』たち。
彼らの生体CPUには、ポポロ村で最強のオーラを放っていたリーザの全データがダウンロードされていた。
『コレヨリ、対象ノ思考ニ基ヅキ、最適ナ殲滅行動ニ移行ス——ガガッ……?』
突如、死擬態蟲のリーダー機の複眼が、バグったように激しく明滅し始めた。
『……? エラー……エラー発生……』
彼らの優れたAIは、ダウンロードしたリーザの思考データを処理しようとして、致命的な『論理的矛盾』に直面していたのだ。
【リーザの思考データ・深層A】
『私は海中国家の女王の娘、誇り高き人魚姫! そして皆に愛を届けるトップアイドル! 気高く、美しく、誰の施し(あわれみ)も受けないわ!』
【リーザの思考データ・深層B】
『パンの耳ィィィ!! あの野良犬のクソ野郎、私の廃棄弁当を取りやがって殺す! 5円玉は神! 公園の雑草はサラダバー! 無料のものは便所の紙でも根こそぎ奪い取れェェェ!!』
『…………ギ、ギガッ……?』
死擬態蟲たちのAIが、悲鳴を上げた。
気高き王族のプライドと、野良犬と殺し合う極貧のサバイバル精神。
この二つが、一人の少女の脳内で完璧に同居しているという異常事態を、純粋な機械知性である蟲たちが理解できるはずがなかった。
『ワタシハ、誇リ高キ……王族……! ユエニ、便所ノ紙ヲ……盗ム……!?』
『アイドルハ、施シヲウケナイ……ダガ、試食コーナーノ肉ハ、根コソギ喰ウ……!?』
ガガガガガガッ!!
キュィィィィン……!!
『理解不能! 理解不能! 王族ト乞食ノ深刻ナ矛盾ヲ検出!』
『自我崩壊ノ危機!』
「ギ、ギギギギギギィィィィィッ!!」
完璧な暗殺者であったはずの死擬態蟲たちが、天井裏で痙攣し、口から白い泡(冷却液)を吹き始めた。
貧乏神のあまりに生々しい底辺の思考回路が、魔人ギアンの誇る最高傑作のAIを、いとも容易く焼き切ろうとしていたのである。
「ふぅ。前菜はこれくらいにしておいてあげるわ」
一方、試食コーナーをあらかた食い尽くした本物のリーザは、優雅に口元を拭い、ついに本命の売り場へとその鋭い視線を向けた。
「さぁ……いざ、決戦の地(半額もやしコーナー)へ……っ!」
リーザの足が、再びロケットのように床を蹴る。
彼女の背後に、自我崩壊寸前のバグ蟲たちがフラフラと引き寄せられていることなど、誰も——オカンである俺ですら、まだ気づいていなかった。




