EP 3
魔人の誤算と、恐怖の暗殺蟲
世界で最も深い闇の底、天魔窟の最深部。
魔人ギアンは、自身の展開した魔法陣のモニターを前に、戦慄と歓喜に打ち震えていた。
「おお……おおおおおおおっ!!」
ギアンの細い体が、カタカタと痙攣するように揺れている。
モニターには、魔力や闘気の波長を視覚化する『ソナー』が映し出されていた。そして今、ポポロ村の方角から、計器を振り切るほどの凄まじい『気迫』が立ち昇っているのだ。
「なんて……なんて恐ろしいプレッシャーだ! 飢え、渇望、そして一切の妥協を許さぬ絶対的な生存本能……っ!」
ギアンは両手で顔を覆い、恍惚の声を上げた。
彼の脳裏には、先日、中型死蟲王機をたった一撃で粉砕した少年の姿——赤木大地の『無名・昇龍』の幻影が焼き付いている。
「間違いない、あの龍の少年だ! 奴は私が再び村を襲撃することを予測し、あえて己の闘気を限界まで解放して『警告』を発しているのだ! 『来るなら来い、全て喰い尽くしてやる』と!」
(※実際は、リーザが「明日の半額もやしは誰にも渡さない」と息巻いているだけである)
「ふふふ、ははははっ! いいだろう、その挑戦受けて立つ! これほどの極上の魂、もはや一刻の猶予もならない!」
ギアンは虚空に向かって大鎌を振りかざし、高らかに叫んだ。
「出でよ、我が最高傑作たち! 姿なき暗殺蟲の小隊よ!」
ギアンの影から、ヌチャリ……と這い出してきたのは、人間の子供ほどの大きさを持つ、半透明の蟲たちだった。
カメレオン族のように風景に溶け込む光学迷彩装甲と、相手の脳波・筋繊維・魔力構造の全てを瞬時に読み取る特殊な複眼を備えた、暗殺特化型の『死擬態蟲』。
「お前たちの任務は一つ。あの村に潜入し、最も強いオーラを放つ者——あの龍の少年を完全に『コピー』しろ。奴の思考、奴の技、奴の強さを100%模倣し、奴自身の力で、あの憎き少年を八つ裂きにするのだ!!」
『ギチッ……ギチチチチッ……!』
半透明の暗殺蟲たちは、主の命令に不気味な鳴き声で応えると、一瞬にしてその姿を闇へと溶け込ませた。
「さぁ、絶望の朝を迎えようじゃないか、赤木大地!」
ギアンの狂気に満ちた高笑いが、天魔窟に木霊した。
***
そして、翌朝。
タロウマート・ポポロ村店のグランドオープン、二時間前。
「……ふわぁ」
俺はあくびをしながら、村長宅のキッチンで朝食の仕込みを始めていた。
今日はスーパーの開店日。警備員として、客の誘導や品出しの手伝いをする予定だ。
「ん? なんだ……?」
窓の外、まだ薄暗い広場の方に目を向けた俺は、思わず動きを止めた。
真新しいタロウマートのガラス扉の前。まだ誰もいないはずのそこに、ポツンと置かれたパイプ椅子。
そして、毛布にくるまりながら、微動だにせず入り口の自動ドアを睨みつけている人影があった。
「リーザ……お前、まさか徹夜で並んだのか?」
俺が呆れて店に近づくと、リーザは毛布をバサッと脱ぎ捨てた。
その下には、空気抵抗を極限まで減らしたスポーツウェア(お下がり)を着込み、足元は入念にストレッチを済ませた陸上選手のような構えを取っていた。
「おはよう大地さん。……フッ、勝負はもう始まってるのよ」
リーザの目は完全に血走っていた。
「私の計算によれば、ドアが開いてから生鮮コーナーの『半額もやし』までの最短距離は12.5メートル。コンマ1秒のスタートダッシュの遅れが、もやしを奪われる命取りになるわ」
「いや、一人1パック限定だし、俺がいっぱい納品したから急がなくても買えるぞ……」
「甘い! 大地さんはタダ活の世界を分かってない! こういうのは『一番に取る』ことに意味があるのよ!」
(……こ、こいつ。貧乏くさい執念に、一切の無駄がねぇ……!)
俺は、リーザから放たれる歴戦の武人のような『タダ活の覇気』に、思わずゴクリと唾を呑んだ。
その時である。
『……ターゲット、捕捉』
村の広場の片隅、朝靄に紛れて、半透明の蟲たち——『死擬態蟲』の小隊が音もなく飛来していた。
彼らの特殊な複眼が、村全体をスキャンする。
『ギチッ……(命令確認。村デ最モ高イ「気迫」ヲ放ツ者ヲ探知シ、能力ト思考ヲ100%コピーセヨ)』
暗殺蟲たちのレーダーは、厨房で呑気にネギを刻んでいる俺(非戦闘モード)を完全にスルーした。
そして、計器をブッチ切るほどの凄まじいオーラ(半額もやしへの殺意)を放つ、タロウマート前の少女——リーザへと、その照準を完全にロックオンした。
『……最強ノ個体、確認』
『コレヨリ、思考ルーチン・並ビニ身体能力ノ「完全模倣」ヲ開始スル』
シュィィィィィン……!
暗殺蟲たちの複眼が赤く発光し、リーザの脳波と筋肉の動きを、寸分の狂いもなく自らのAIと生体回路へと流し込み始めた。
魔人ギアンの誤算。
それは、ポポロ村における『真の最強(最凶)』が、その日の朝に限っては、赤木大地ではなく『もやしに命を懸けたタダ活アイドル』であったことだ。
そして——。
「さぁ……来るわよ……っ!」
時計の針が、午前7時ジャストを指した。
ウィィィン、とタロウマートの自動ドアが開いた瞬間。
「シャァァァァァァァッ!!」
リーザが、俺の『流星脚』をも凌駕するスタートダッシュで、店内へと弾丸のように飛び込んでいった。
同時に、完全なコピーを完了した『死擬態蟲』たちが、最強の暗殺者として覚醒の時を迎える。
ポポロ村を舞台にした、前代未聞の『地獄のタダ活争奪戦』が、今まさに幕を開けようとしていた。




