EP 14
決着!奥義『無名・昇龍』
ズズンッ! ズズズズズンッ!!
体長十メートルにも及ぶ『中型・死蟲王機』の突進は、まるでブレーキの壊れたダンプカーだった。
赤黒い装甲が月明かりを反射し、大顎から滴る強酸の粘液が、地面をジュウジュウと溶かしながら迫ってくる。
「だ、大地ッ!!」
キャルルがマッハの速度で飛び出そうとするが、間に合わない。
ボスの狙いは、群れを壊滅に追いやった『司令塔』たる俺ただ一人。その奇襲はあまりに唐突で、殺意のベクトルが完全に俺へと固定されていた。
逃げれば、背後にある村長宅が消し飛ぶ。
躱せば、後ろにいるヒロインたちが巻き込まれる。
(……なら、真っ向から叩き潰すしかねぇな)
俺の意識が、極限まで研ぎ澄まされ、周囲の音がフッと消え去った。
『大地。棒は刃を持たん。だが、大地と天を繋ぐ柱となることはできる』
脳裏に、今は亡き祖父ちゃんの声が響く。
『自らの命を捨ててでも、守らねばならんものができた時。その時初めて、お前の棒は天に昇る龍となる』
俺はチタン合金棒を握る両手にギリッと力を込め、膝を極限まで曲げた。
地を這うような、異常なまでの低い構え。全身の筋肉、骨格、腱。その全てを、限界まで圧縮した一本の『バネ』へと変える。
「ギチィィィィィィッ!!」
ボスの巨大な大顎が、俺の頭上から、まるでギロチンのように振り下ろされた。
巨大な影が俺を完全に呑み込み、死の匂いが鼻先を掠める。
その、刹那。
「——無双流・護身棒術 奥義」
限界まで圧縮された俺のバネが、解放された。
大地の反発力、腰の捻り、背筋の伸び。全身から生み出された全ての運動エネルギーを、チタン合金棒の切っ先『一点』へと集中させる。
「『無名・昇龍』!!」
地を這う構えから、一気に垂直への突き上げ(アッパー・スラスト)。
放たれたチタン棒が、迫り来るボスの大顎の下——装甲の継ぎ目である一点の死角へと、寸分の狂いもなく激突した。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
大気が、爆発した。
魔法でも闘気でもない。純粋な物理エネルギーと、俺の『絶対に守り抜く』という極限の気迫が、空間に物理的な衝撃波を生み出したのだ。
「ギ、ギ……ギャアァァァァァァッ!?」
ボスの巨体が、空中でビタッと停止した。
いや、その複眼に映っていたのは、下から突き上げてくる一本のチタン棒ではない。
——大地を割って現れた、眼前の巨虫すら丸呑みにするほどの『巨大な龍の顎』。
俺の気迫が生み出したその圧倒的な幻影(死の恐怖)に、機械であるはずの死蟲王機が、本能的な恐怖に竦み上がったのだ。
バキィィィィンッ!!
チタン棒から伝わる凄まじい衝撃力が、ボスの強固な大顎を根元から粉砕し、赤黒い装甲に巨大な亀裂を走らせた。
「吹き飛べェェェッ!!」
俺が最後の一押しを込めると、十メートル・数十トンはあるはずのボスの巨体が、まるでピンポン玉のように夜空高くへと打ち上げられた。
ズゥゥゥゥンッ……!!
空中で完全に機能停止したボス蟲は、広場の端へと墜落し、大量の土煙を上げて二度と動かなくなった。
***
「——ははっ。はははははははっ!!」
遠く離れた天魔窟の最深部。
魔人ギアンは、空中に展開していた魔法陣のモニターが、凄まじい気迫の余波でヒビ割れるのを見て、狂ったように笑い声を上げた。
「素晴らしい……! なんて素晴らしいんだ! 魔法も闘気も持たないただの人間が、己の意志と技だけで龍を生み出した! あの少年……赤木大地と言ったか。あんな極上の魂、見たことがない……!」
ギアンは震える手で仮面を抑え、恍惚とした表情を浮かべた。
「今は引こう。あんな美味そうな果実、青いうちに摘むのは勿体ない。……せいぜい、ポポロ村の英雄として肥え太るがいい。いずれ絶望の淵に突き落とし、その魂をサルバロス様に捧げてやるからね……ふふっ、あははははっ!」
闇の中に、魔人の歓喜の声が溶けていった。
***
「……ふぅ」
土煙が晴れる中、俺はチタン合金棒をカシャッと縮めて水筒の姿に戻した。
手がビリビリと痺れ、息が少し上がっている。
さすがに奥義を使うと、体力の消耗が激しい。だが、村への被害は最小限に抑えられたはずだ。
「おい、お前ら。怪我はないか?」
俺は振り返り、呆然と立ち尽くしている四人のヒロインたちに声をかけた。
「…………」
「…………」
キャルル、ダイヤ、ルナ、リーザ。
四人は、言葉を発することなく、ただじっと俺を見つめていた。
月明かりに照らされた俺の背中。いつもエプロンをつけて、小言ばかり言っている『オカン』の背中ではない。
強大な絶望の前に一人で立ち塞がり、一歩も引かずにそれを打ち砕いた、無双の武人の背中。
「あ、の……大地……っ」
キャルルの兎耳がペタンと伏せられ、顔が林檎のように真っ赤に染まっていた。
ダイヤは両手で顔を覆いながらも、指の隙間から熱っぽい視線を送ってくる。
ルナは両手を胸の前で組み、祈るような乙女の瞳になり、リーザに至っては腰を抜かしたまま、ポォッと頬を染めて俺を見上げている。
(……なんだ? なんで全員、顔を赤くして固まってるんだ?)
農業高校生の俺には、乙女心という名の『フラグ』の重さは全く分かっていなかった。
「あー……怖い思いさせたな。とりあえず、片付けは明日にして、今日はもう寝るぞ」
俺がそう言って手を差し出すと、四人はビクゥッ!と肩を揺らし、
「「「は、はいぃぃぃぃっ♡♡♡」」」
先ほどまでの威勢はどこへやら、最高潮の黄色い悲鳴を上げて、俺の元へとすっ飛んできたのだった。
村の危機は去った。だが、俺の貞操の危機は、ここから本格的に幕を開けることになるのである。




