EP 15
俺たちのオカン(家事)はこれからだ!
チュンチュン……ピヨピヨ……。
小鳥のさえずりと、窓から差し込む朝の陽光。
激動の夜が明け、ポポロ村に清々しい朝がやってきた。
(……ん、朝か。それにしても……なんだ、この重さは)
俺は布団の中で目を覚ましたものの、体が金縛りにでも遭ったかのようにピクリとも動かなかった。
右腕にズシリとした重み。足元にも何か重石のようなものが乗っている。さらに、頭上からは微かな寝息が降り注ぎ、ドアの方からは何故か金属の擦れる音がする。
俺は嫌な予感を抱きながら、ゆっくりと目を開けた。
「んふふぅ……大地……私のオカン……胃袋も遺伝子も独占よぉ……むにゃむにゃ……」
俺の右腕にコアラのようにしがみつき、幸せそうに涎を垂らしているのは、村長にして雷神・キャルルだった。ウサギ耳が俺の顔にペシペシと当たってくすぐったい。
「あはは……スパチャが止まらないわぁ……大地さんのブラックカード、使い放題……ふふふ……」
俺の足元で、丸まって猫のように寝ているのは、タダ活アイドルのリーザ。どんな夢を見ているのか、完全に金に目が眩んだ寝言を垂れ流している。
「スゥ……スゥ……大丈夫よ、世界樹さま……大地君となら、自然農法で村ごと森にできるわ……」
俺の頭上——天井の梁から、魔界植物のツルで作った特製ハンモックに包まり、ミノムシ状態で逆さ吊りになっているのはエルフのルナ。善意とヤンデレがブレンドされた恐ろしい寝言だ。
そして。
「……スゥ……。大地の寝室は、この第一夫人(予定)たるダイヤ・マーキスが死守する……何人たりとも、通さな、い……Zzz……」
自室のドアの前で、フル装備の『クリムゾンアーマー』を着込んだまま正座し、マジックバックラーを構えて熟睡しているダイヤの姿があった。番犬かお前は。
俺は、静かに天井を見上げた。
「……昨夜、村は救ったはずなのに、俺の貞操の危機は全く救われていない気がする」
呆れを通り越して、もはや感心すら覚える。
古代兵器を倒した無双の武人であろうが、この四人の規格外なポンコツヒロインたちの前では、俺のプライベートなど無に等しいらしい。
俺は深いため息をつき、気合いを入れて上半身を起こした。
「おい、起きろ」
返事はない。
俺は枕元に置いてあった『家庭科』のエプロンを手に取り、腰に巻きつけて、キュッ!と力強く紐を締めた。
オカン・スイッチ、オンである。
俺はリュックから水筒(チタン合金棒)を引き抜くと、半分の長さに伸ばし、床のフローリングをカンッ!と叩いた。
「起きろォォォォッ!! いつまで寝てやがる!!」
ビクゥッ!!
俺の怒声とチタン棒の澄んだ音に、四人の美女が一斉に跳ね起きた。
「ひゃうっ!? だ、大地!? ち、違うの、これは夜這いとかじゃなくて、添い寝による回復魔法の提供で——」
「うにゃっ!? パチンコの開店時間!? ……あ、プロデューサー!?」
「あわわっ! ツルが絡まって降りられないわぁ!」
「ハッ!? 敵襲!? 安心しなさい大地、私が斬り捨テ——って、ここはどこ!?」
寝ぼけて大パニックに陥る四人を、俺は腕組みをして冷ややかに見下ろした。
「お前ら、自分の部屋が壊れたからって、勝手に俺の部屋に上がり込むな。ここはシェアハウスだぞ、規律を守れ」
「「「ご、ごめんなさぁぁぁい……っ」」」
俺の凄みに圧され、キャルル、リーザ、ルナ(逆さ吊りのまま)、ダイヤの四人が、シュンとして平伏した。
本当に、どいつもこいつも手がかかる。だが、その反省している姿を見ると、毒気を抜かれてしまうのも事実だった。
「……まぁいい」
俺はチタン棒をカシャッと縮め、エプロンのポケットから『お玉』を取り出して肩で叩いた。
「朝は農家にとって一番大事な時間だ。太陽と共に起き、土の匂いを嗅ぐ。それが命を育む基本だぞ」
「だ、大地……」
「今日の朝飯は、俺の特製『出汁巻き玉子』と、昨日お前らが収穫した大根で作った『熱々の味噌汁』、それに炊きたての白ご飯だ」
そのメニューを聞いた瞬間、四人の顔がパァァァッ!と輝いた。
「でもな。タダで食わせるわけじゃないぞ」
俺はニヤリと笑い、ビシッとお玉を扉の向こう——村の畑の方角へと向けた。
「朝飯が食いたきゃ、全員顔を洗って、村の畑の草むしりをしてこい! ノルマを終わらせるまで、お預けだからな!」
俺の厳しい(だが、どこか温かい)号令に、四人のヒロインたちは弾かれたように立ち上がった。
「ラジャァァァッ!! マッハでむしってくるわ!!」
「朝ご飯のために、アイドルスマイルで雑草を駆逐しますぅぅ!」
「肥料は任せて! 全部お花に変えちゃうわ!」
「草の一本も残さない! バーニング・草むしり・ブレイク!!」
「だから大技と魔法は使うなと言ってるだろうがァァッ!!」
ドタバタと騒がしい足音を立てて、四人が畑へとすっ飛んでいく。
俺はその背中を見送りながら、やれやれと首を振って、キッチンへと向かった。
窓の外では、今日もポポロ村の平和な青空が広がっている。
大国間の陰謀も、古代の厄災の影も、今はまだ遠い。
「……さて。出汁を取るか」
農業高校生にして、大陸最強の武術使い。
そして、この世界で一番口うるさくて、料理の美味い『オカン』。
赤木大地と、カオスすぎる四人のヒロインが織りなす、異世界シェアハウス生活。
俺たちのオカン(家事)と農業の道は、まだ始まったばかりだ。
【第一章 便所から始まるオカン無双と、世界大戦回避の日常】——完




